人の夢と書いて4
ケイオスの葬式は世界財閥の御令嬢の葬式としてはしめやかに執り行われた。
参加したのは家族と他財閥の知り合い。
私にとってはアウェイの場だ。
喪服で神父の弔いの言を聞きながら、今日の夕食について考える。
ところで手をつけてない百億円はどうすべきだろうか?
ブルーハート財閥に返すのが筋かもしれない。
「あなたがミスインタフェース?」
葬式後。
喪服を着た少女が私に声をかけた。
金髪碧眼。
金色の髪はケイオスと同じ。
ただしルビーではなくサファイアの瞳。
「そうですが?」
私が肯定すると、
「っ!」
少女にビンタをされた。
中々強烈な挨拶だ。
「人殺し!」
人殺しは非難に値するが心当たりは無い。
「誰が人殺し?」
「あなたです」
「誰を殺したって?」
「ケイオスを」
ほほう。
「何の根拠が?」
「あなたがケイオスの記憶野を圧迫したおかげで死期が早まったでしょう!」
赫怒。
そう呼んでいい非難だった。
「記憶野の圧迫……」
たしかにケイオスの死因ではあるけど。
「私がソレを促進させたと?」
「ええ」
少女曰く、
『ケイオスは須磨凜の記憶だけは圧縮する事無く脳に保存して何度も何度も反芻した』
とのこと。
私と出会ってから会話の一片、一挙手一投足に至るまでを忘れる事無く覚え込む。
結果としてパンク寸前だった記憶野の負担を加速度的に悪化させた。
私と一緒に居なければもう少し寿命が延びたかも知れない。
そういうことらしい。
「そっか」
首肯する。
「私が死期を早めたのね」
「凜先生!」
そう呼んでくるケイオスを私はすぐにでも想起できる。
辛いだろうに。
痛いだろうに。
何より生きたいだろうに。
辛さも痛さも……寿命の削減すら恐れずに私に愛を囁いたケイオス。
その業を私は聞かされるまで気付く事が無かった。
ケイオスを想う。
それは、
「ただ好きだと囁くだけの底の浅い認識」
に相違ない。
結局何もわかっていなかったのだろう。
私自身がケイオスの寿命を削っていたという罪も。
私のインタフェースが結果としてケイオスの妄念を作り出したという事も。
人工天才の業まで背負うつもりは無いけど、
「崖への投身自殺の背中を押した」
程度の罪はある。
自殺幇助。
そう呼ばれる行為だ。
そっか。
そうだったのか。
人はいずれ死ぬ。
そう云う意味では遅いか早いかの違いでしか無い。
が、逆説的に、
「遅いか早いかの違いでしか死をはかれないなら遅い方が良い」
に決まっている。
例えば殺人事件に巻き込まれて死ねば不幸だが、巻き込まれなくても人には寿命がある。
死ぬ事に変わりは無い。
だからこそ、
「死期を早めた」
という意味では、通り魔殺人も私の記憶容量の圧迫も然程の違いは無い事になる。
苦笑。
笑うしかないとはこのことだ。
「あなたのせいで……!」
少女は責める。
実感としては然程でも無いけど。
少女は私を、
「人殺し」
と先述した。
その通りだ。
死期を早める行為は殺人。
殺人は『死なせる事』に罪があるのではなく『寿命を削る事』に罪がある。
「私が殺したんだね……」
ケイオスを。
「そっか」
息苦しくなってネクタイを緩める。
もしかして私が喪服を選んで着ていたのは……、
「……まさかね」
あまり人のせいにするのも良くない。
個人の趣味と言う事で。
ジーザスクライスト。
せめて夢の中では幸福を。




