人の夢と書いて3
スッと目が覚める。
「おはよ」
「…………」
大日本量子ちゃんがいた。
夢の反芻をしながら私は現状の認識。
ケイオスは私の学園の生徒。
決して結婚していないしヤってもいない。
そして現実は非情なるかな。
ガラスを挟んで通路側に私。
対称にケイオス。
呼吸器を付けられ『なんとかかんとか生きている』という状況。
私は通路のソファで眠っていたらしい。
「夢か……」
残念。
楽しい夢ではあったけど。
「大丈夫?」
量子ちゃんが尋ねてくる。
「何が?」
私はどう見えているだろう?
「残酷な事をした負い目があるので」
本当に、
「何が?」
だ。
「良い夢だったでしょ?」
「認識の共有?」
「んにゃ。脳のクラッキング」
「電子犯罪……」
「まぁね」
「私とケイオスが結婚した夢……ソレを見せたのが量子ちゃん?」
「手引きしたのは私だけど実際の演出はケイオスちゃん」
「…………」
毛布を掛けられていた。
看護師がかけてくれたのだろうか?
少なくともケイオスや量子には無理だ。
「気分を害した?」
「いや。良い体験でした」
「良し」
せめて夢の中だけは。
量子ちゃんが何をしたかはこの際勘案しないとして、
「ケイオスの様子は?」
頭をガシガシ掻きながら問いかける。
「もう無理ね」
軽やかに言われた。
別に深刻ぶられても益は無いのでこれも良し。
「そっか」
記憶容量のオーバーフロー。
シナプスによるデータの演算に支障が出る。
元よりその様にケイオスは出来ている。
人工天才。
その弊害だ。
代わりに得たのは人類の改革。
カオス値と呼ばれる真なるランダムの存在。
ある種、私が手引きしたも同然だが。
仮に私がいなければ……もしかするとケイオスも幸せに暮らせたのかもしれない。
殺人幇助の類か。
「量子ちゃんはどう思う?」
「ケイオスちゃんに失礼だと思う」
結果論だけどね。
ピコンと電子音。
ブレインアドミニストレータ……そによるブレインユビキタスネットワークの通信。
相手は云わずともケイオスだ。
「凜先生。起きましたか?」
「ええ」
「楽しい夢でしたね」
「ええ」
「僕と先生の結婚……」
「ケイオスの夢?」
「人の夢だと思います」
「良い演出だったわ」
「なら良かったです」
残酷にも過ぎるけど。
「先生……僕の死にはあまり気にかけないでください」
また無茶を……。
「無理よ」
「大丈夫です。僕は死にませんよ」
「せめて自分の足で立って、自分の肺で呼吸して、自分の声を私の間近で発してくれると尚のこと安心できるんだけど……」
「あは」
何ゆえ笑う?
「凜先生はどこまでも優しいですね」
「他に取り柄が無くてね」
「楽しかった。本当に楽しかったです。先生……」
「過去形で語るしか無いのが残念ね」
いっそぐれてしまいたい。
私を恋に落としまま、死ぬケイオスが無性に憎たらしい。
同時に灼熱の業火の様に狂おしく愛しい。
「思考するのも辛いんじゃないの?」
「でも勿体なくて」
気持ちは分かる。
「無理する必要は無いわよ」
「最後くらいは……無理してでも凜先生と語らいたく存じます」
光栄に思う所だろうか?
「何か言い残す事は?」
「ありがとうございます。ただそれだけ」
何処までもケイオスはケイオスだった。
「キラキラ光る……凜先生との記憶……」
ミスインタフェースがいたからドクターカオスが生まれた。
苛烈な想いの……その根幹。
「凜先生の事……絶対……絶対……忘れ……な……」
ブツン。
通信が途絶えた。
心臓は動いているが呼びかけには答えない。
「死なないんじゃなかったの?」
ガラス越しのケイオスに……私は希望を吐き捨てた。




