充足と虚無の境界線1
「もうすぐですね」
我が家(賃貸だけど)で食事を取っている最中の言葉だ。
「何がでしょう?」
とは七糸の言葉。
一応のところ家出中だ。
親御さんには話は通してある。
夏休みの間はこちらで預かる事になった。
ブルーハート財閥の口添えもしてもらったけど。
「お盆!」
ケイオスが言う。
「ですね」
納得する七糸。
が、二人の認識にはズレがある。
そもそもケイオスが死者に干渉を覚える風習を持ち合わせているかは少し不安だ。
「アメリカに帰るんですか?」
「いえ。お台場に行きます」
「何故?」
ま、そうなるわね。
私は昼食をとりながら黙して二人の会話に耳を傾ける。
「コミマです」
「コミマ……」
しばし吟味。
「オタクの祭典ですよね? ニュースにもなる……」
「それ」
その通り。
「この暑い最中に足を運ぶんですか?」
「ううん。家からログインして飛ぶんです」
「会場に?」
「まぁその通りではありますね」
ほろ苦笑い。
コミマへの参加は三種類ある。
実際に足を運ぶ。
アバターで会場に投影する。
セカンドアースで行なわれるデータとしてのコミマに参加する。
私とケイオスは三番目。
データとしての同人誌を買い漁るセカンドアースでの参加だ。
世界中からログインされるため混みはするけど其処はソレ。
結局現地に足で向かってもさほど変わらない。
「それでコミマとは何をするんですか?」
「同人誌を買います」
「同人誌……」
顔を赤らめる七糸だった。
「あの、やっぱり、それって……」
恥じらう姿はただただ可愛い。
「エロ以外もありますよ?」
フォローするケイオス。
朝の内に七糸への記憶を確かなモノにしたため、とりあえず明日になるまでは覚えている事だろう。
「そうなんですか?」
「まぁエロいのを買いはするんですが」
台無しだった。
「先生も?」
「まぁね」
昼食をとりながら答える。
「本に頼らずとも」
データだけどね。
「私なら……構いませんよ?」
「却下」
「僕も!」
「却下」
「何ゆえ?」
「さぁてねぇ」
真摯の答えるのも面倒くさい。
「百合の本とかも?」
「あります」
「そっちがメインですか?」
「んにゃ?」
「そうなんですか?」
「です」
コックリとケイオス。
「まぁ多分百合本もあるだろうけども」
私とケイオスが狙っているのはミラクルひじり本だ。
主人公のひじりが合意の上でチョメチョメしたり無理矢理な感じで色々されたりライバルキャラと濃密な百合を咲かせたりといった本の収集がメイン。
最後者もカタログには載っていたため一応、
「百合本を買うつもりか?」
という問いにはハンパな肯定を必要とする。
別にそれがメインじゃ無いけど。
つい先日劇場アニメになったばかりだから結構ホットな話題だ。
当然同人誌の的としても居られてはいる。
食事を終えてコーヒーを飲む。
落ち着く。
ケイオスに目をつけられてからこっち……些事を使用人に任せているのだがコレがまた痒い所に手が届く。
食事に洗濯に掃除に喫茶に。
尚コーヒーを手ずから淹れてくれるのも高評価。
別に味の機微に聡いわけでも無いけど、美味しいコーヒーであるのもまた確か。
幸福に属するテリトリーだろう。
錯覚かも知れないけど。
「先生やケイオスさんは同人誌を読む方なんですか?」
「それは」
「まぁ」
重ね重ねデータだけど。
「読んでみる?」
昨年の冬の同人誌のデータを可視化して渡す。
「拝見します」
おずおずと受け取る七糸だった。




