絵心人知らず3
「駄目?」
意味は分かる。
夢を否定されたのだろう。
「誰から?」
「婚約者……です」
六菱の社長令嬢とも為れば世界が違うなぁ。
う、羨ましくなんてないんだからねっ!
「絵を描く事を否定されたの?」
「はい」
頷く彼女。
飲み干した緑茶のお代わりを使用人は自然に用意してくれた。
また緑茶を飲みながら七糸は続ける。
「画家なんてくだらないって。自分たちはただパトロンとして飼い慣らせば良いって。自ら畜生に成り果てるなって」
「反論しなかったの?」
「出来ませんでした……」
「何故?」
「幾ら私が良い絵を描いても……家名が邪魔をするって……言われて」
「まぁソレはあるかもね」
「わかんなくなっちゃいました」
自嘲。
そんな表情。
「自分の実力で画家になれるのかどうか」
それほど六菱の名前を重いのだろう。
一般庶民にしてみればあまり感覚が掴みにくい所だけど。
「夏に賞があるんじゃなかった?」
「実家で仕上げをしていると燃やされました」
はは、と気迫無く笑う。
基本的にコピーの氾濫する電子世界であるから、芸術作品はハードの方に価値が依存する。
別にコピーを軽んじるわけでは無いが、物理的に仕上げた絵画という物はどうしてもデータの絵画より上位に位置するのだ。
私個人の意見を言うなら、
「どっちでもいいんじゃない?」
に終始するけど。
すでにコピー技術はその卓越した乱造技術でオリジナルにかなり近似している。
それこそ絵画レベルなら遜色ないほど。
「夏の賞は諦めるしかありません」
「ですか」
データ応募はさすがにやっていないのだろう。
その程度は察せる。
「で、家を飛び出したと」
「です」
頷いて湯飲みを傾ける。
「須磨先生」
「はいはい」
「私は……画家になってはいけないのでしょうか?」
「夢がある事は良い事だわ」
「でも現実は……」
「諦めるのも一つの手ではあるけどね」
「諦める……」
「そ」
頷いてコーヒーを飲む。
苦みが心地よい。
「人は何時だって不幸と隣り合わせに存在する」
あくまで持論だけど。
「そこを言及すればキリが無い」
残酷なのも分かってはいるけど。
「大なり小なり人は不幸に苦悩してるから珍しいやりとりでもないのよね」
「悲劇のヒロインぶるな……と?」
「ヒロインではあるよ。悲劇でもあるし。ついでにその悩みは貴方固有の物。希少性で言うなら普通に珍しいんだけどね」
人の感情は十人十色。
よく、
「自分だけが不幸と思うな」
なんてプロパガンダが提示されるけど、私にしてみれば、
「他者が偉そうに干渉する事では無いだろう」
とも云える。
ただ、
「――そう簡単に諦められる事?」
とりあえずそこは七糸の言葉を聞いておきたかった。
「諦めたく……ありません」
「なら結論は出てるわね」
「え……?」
「諦めなければいい」
「夢を?」
「夢を」
サックリ言ってのける。
「いいんですか?」
「それは私の決める事じゃない」
コーヒーを一口。
「七糸が何を思って何を為すか?」
「何を……為すか……」
「御家の都合を優先するならソレも良し。婚約者の言葉に従うならソレも良し。それでも尚描き続けたいのならソレも良し」
「描きたいです」
「絵を?」
「はい」
ぐしぐしと目元を擦る。
「ならそうしなさい」
「でもそれは私の我が儘では……?」
「擦れてるわね」
嘆息。
「子どもは我が儘を言うのが正常よ」
「あう……」
「学生時代なんて人生に於いては前座みたいな物だから、別に何をやっても取り返しは付くわよ。六菱の家系なら尚のこと」
「綺麗と思える絵を描きたいです」
「ならそうすればいいでしょう。問題が発生するのなら私に言えばいいのよ。フォローくらいはするから」
「出来るんですか?」
「ケイオス=ブルーハートがいるからね」
「ふにゃ~」
嬉しそうに鳴くケイオスだった。




