絵心人知らず1
「あー」
大雨だった。
夏だから当然。
そんなわけで古書館に籠もってひたすら駄弁る。
「凜先生。頭を撫でてください」
「はいはい」
頷いて優しく頭を撫でる。
愛らしい。
まさか同性にそんな感情を抱くとは思わなかったけど。
兵藤さんに聞かされた話については黙っていた。
あまり後ろめたい感情を持たれるのはどちらにとってもうまくない。
「暇ですね~」
「だね」
心地よさそうに目を細めて、私の腕の中でぼんやりとケイオス。
私もまた同意した。
「地下二階に行きませんか?」
「却下」
「先生はお堅いです」
「それが私の美徳でしょ?」
「どうでしょう?」
冗談のつもりが深刻に考えられてしまった。
「外は雨なのに教師は働かなくちゃいけないんですか?」
「色々とね」
ホケーッとしながら私は言う。
教習から補習の指導。
資料作りに書類捌き。
やることは山積している。
私にはあまり関係の無い案件ではあるけれども。
「あ、また」
ぼんやりとケイオス。
「乙女の園に……」
何時もの事である。
「せっかくの夏休みだから外で男でも作ればいいのに」
「教師がそんな事言っていいんですか?」
「最終的に自己責任だし」
「じゃあ自己責任で先生とエッチします!」
「いや、社会から袋だたきにされるから」
「その時はマサチューセッツに逃げましょう」
「ついでに同性婚を?」
「です」
「魅力的ね」
「では是非とも」
「厚意だけ受け取っておくわ」
「むぅ。少し優しくなったと思ったのに……」
そういうことは当人のいない所で呟いて欲しかった。
「とりあえずコーヒーコーヒー」
量子変換で用意する。
「僕はチョコレートで」
あいあい。
そして二人揃って飲む。
「ゲームはしないんですか?」
「まぁやってもいいけど気分の問題」
「?」
「たまにはサボるのも一興というか」
「よくわかんないです」
「わからせようとの努力もしていないしね」
それは確かだ。
しばし閑談。
中略。
「先生。お昼休み」
「だぁねぇ」
そんなわけで仕事の引き継ぎを済ませて食堂へ。
積乱雲が大雨を降らせていた。
ちなみに積乱雲ってウルト○マンより重いらしいですね。
よくもまぁ空を浮遊できるという物。
そんなわけで傘を差して学園を横断していると、
「…………」
ずぶ濡れの生徒が雨を浴びながら立っていた。
濡れ羽色の髪とアルビノの瞳。
個性とも云えるポニーテールはしていない。
六菱七糸。
学園の生徒だった。
「七糸?」
私が声をかける。
「…………」
名を呼ばれたからそちらを見た。
そんな思念が透けて見えるほどうらさびれた表情。
その真珠の瞳がこちらを認識し、
「須磨凜」
という概念と記憶とを対比させて決定づける。
「先生!」
雨の中。
七糸は私に抱きついてきた。
豪雨にうたれてびしょ濡れの七糸であったから、私のスーツも濡れてしまう。
別にいいんだけど。
「どうかした?」
問わざるを得ない。
生徒の悩みを聞くのも教師の務め。
「消えて……しまいたい……」
「そっか」
何やら追い詰められているのは分かった。
クシャッと七糸の頭を撫でる。
――どうしようコレ?




