人工天才6
「みゃ~」
ケイオスは私に体を重ねた。
好きにさせる。
「…………」
ホケーッと私は意識を遊離させていた。
ケイオスが死ぬ。
一秒後か。
あるいは一年後か。
自律神経失調に関しては(機密との事だったが)処置はしてある。
それでも絶対ではないし、脳機能そのものについても問題は発生する。
今までの事を顧みる。
私を好きだと言ったケイオス。
その笑顔を。
その好意を。
その慈愛を。
まるで健常人のように振る舞っていた。
私は兵藤さんの言葉を聞かされるまでケイオスの業を知り得なかった。
今にして思えば、
「伝えたくなかった」
のだろう。
さすがにその程度は覚れる。
「自分という重しを肩代わりさせない」
「凜先生が事情を知れば同情される」
そんなことを思ったのだろう。
既に女子高生の思考では無い。
不幸に酔うでも無く。
悲劇を演じるでも無く。
ただ、
「自身を導いたミスインタフェースと記録を重ねたい」
そんな純情。
尊いと思った。
儚いと思った。
憎らしくて、好ましくて、悪意と善意がない交ぜになっている。
何せケイオスは泣かないのだ。
自身の身を知りながら……今も、
「みゃ~」
とベッドで私にすり寄って幸せそうに笑うのだ。
私と居るのが幸せなのは分かる。
もしかしたら私には分かってないかも知れないけど想像は出来る。
が、自分の明日が不確定で在りながら、大人に頼る事をしない少女。
教師である私の精神をかかずらって生徒であるはずのケイオスは笑顔を絶やさない。
もはや精神性に於いては私の認識の埒外。
寿命に爆弾を持っていながら、気にするのは第一義に須磨凜。
自身の死は二の次、三の次。
「…………」
私は抱きついてくるケイオスを抱きしめ返した。
「先生?」
意味不明ではあろう。
ある意味でこちらから意図的に優しくするのは初めてかもしれない。
ギュッとケイオスを抱きしめる。
「先生……」
ケイオスは優しく抱きしめてくる。
「何かありましたか?」
聡い。
「何もありません」
私は否定した。
「では」
ケイオスは言の葉を綴った。
「何で先生は震えているんですか?」
「何でもありません」
「それならいいのですけど……」
キョトン。
オノマトペにするならそんな声質。
「ケイオス」
「はい」
「私の何処が好き?」
「第一にインタフェースへの理解。第二に人間としての優しさ。第三にお綺麗なご尊顔。第四と第五も言いましょうか?」
「必要ありません」
私は強くケイオスを抱きしめた。
「痛いです。先生……」
漸く自覚した。
確かに私は震えている。
ケイオスが世界からいなくなるのがとても恐ろしい。
恐畏怖。
恐ろしい。
畏ろしい。
怖ろしい。
「先生? 変ですよ? 僕は何かしましたか?」
「何もしていません」
あまりに尊すぎて畏れ入る。
命を賭けて想ってくれるその純情に……私は何も出来ない。
「私は……最低だ……」
「その理屈が通るのなら全人類が最低になるんですけど……」
ケイオスはぼんやりとそう云った。
恨んでいないのか?
呪う事をしないのか?
背を向け逃げ出す事は?
無条件に当たり散らす事は?
何処までも純粋に、
「須磨凜を好きだ」
とケイオスは言う。
「助けて」
の一言すらも口の端に上らない。
強い……というより人工天才としては悟っているのだろう。
私に出来る事は何も無い。
それがより一層私の胸を締め付ける。
熱情が換気されずに心で渦を逆巻く。
それは恋と呼ばれる感情だった。




