恋も病も患うモノ6
「お疲れ様です」
七糸は美術室の扉を開いて中に入った。
続く私。
とは言っても廊下の投影機から美術室の投影機に切り替えただけなんだけど。
既に部活動は始まっているらしく、部員はデッサンに励んでいた。
テーブルにフルーツバスケットが置かれており、周囲を部員が取り囲んでいる。
「これは須磨先生」
顧問が私を見て少し驚く。
「お邪魔します」
丁寧に言葉を綴る。
「六菱さんとご一緒……ですか」
「勘ぐる事では無いので悪しからず」
七糸の前でぬけぬけと。
まぁ基本的に性格が破滅的なのは自認している。
ケイオスは、
「優しい凜先生」
と言ってくれるが、
「何処が?」
が私の命題。
別に痛烈な性格を目指しているわけでもないけど、聖人になるつもりも一切無い。
「遅れて申し訳ありません先生」
七糸は顧問に頭を下げる。
「いえ。事情は把握しました」
中々懐が深い顧問らしい。
それからデッサンの講義に七糸も加わる。
事前に用意していたカンバスを安置して鉛筆で黒く塗っていく。
浅く何度も。
ちなみにカンバスは紙を濡らして表面積を広げ、渇かないうちにカンバスに固定して、時間を掛けて水分を除去するという手間が必要らしい。
当然、事前の準備が必要となる。
椅子に座ってカンバスに向かうと、
「…………」
七糸の瞳はスッと細められた。
色惚けの光が無くなり、完全な観察眼へと変貌する。
ササッと切る様に鉛筆を使い、浅く浅く鉛筆の芯を紙に擦りつける。
色の濃い部分は何度も。
色の薄い部分は少なく。
最初はただの炭だったけど濃淡がハッキリしてくるとフルーツバスケットの再現へと昇華された。
とりあえずデッサンの講義には時間指定があったらしい。
終了の時間になると緊張の空間に緩みが入る。
特別力んでいるわけでもなかろうが、空気としての弛緩が手に取れた。
それから顧問の教師が一人一人のカンバスを見分して黒板に並べていく。
上手いデッサンほど上に位置され下手なデッサンほど下に位置される。
途中から参加した七糸のデッサンは、しかし上の方に位置していた。
もっとも絵画に詳しくないため、私としては評価の低いデッサンも、
「凄いと思うんだけどなぁ」
という感じだ。
顧問曰く、
「絵画の評価は絶対的ではなく相対的に評価すべきですから」
とのこと。
中々厳しい世界である。
競争社会の縮図。
それからデッサンについての論評が始まり、顧問と部員で意見交換して講義が終わる。
夏休みの間にある種の絵のイベントがあるらしく参加を募って部活は終わる。
その瞬間から夏休みだ。
「どうでした先生?」
「すごい」
非個性的だが他に言い様が無い。
「よくもまぁあれだけ精緻に出力できるわね」
「まだまだ至りませんけど」
「夏のイベントには出るの?」
「そのつもりです」
「帰省は?」
「一応家でも作業は出来ます」
「自分の世界を出力ね……」
あまり偉そうな事を言えた義理じゃ無いけど、
「そんな七糸は素敵よ」
頭を撫でる。
「はい。須磨先生」
ニッコリと七糸は破顔した。
「他に描いた絵は残ってないの?」
「ありますよ?」
美術部の隣の倉庫に移動する。
「最近の傑作はコレです」
水彩画が提示された。
描かれているのはハナカマキリ。
ランを背景とした煌びやかなソレだ。
「綺麗ね」
率直な感想。
白い色のカマキリなのだが、白一色では無く光彩の表現で赤や青や紫の色が氾濫しており目で見て楽しい。
所謂絵画に於ける、
「雪は白色じゃ無い」
に通じる美しさだ。
さすがは美術部。
「昆虫が好きなの?」
別に意図した質問でも無かったが、
「はい!」
元気よく返答された。
「何て言うか……昆虫って機能美に溢れているんですよ。先生は虫はお嫌いですか?」
「んにゃ? 家屋的害虫の類は苦手だけど昆虫そのものは否定しないかな。最近は見なくなったけどハエトリグモなんか瞳がクリクリしていて可愛らしいわね」
「わかります。可愛いですよねハエトリグモ」
「あの人間に対して不遜なのか臆病なのか分からない態度とか」
「投影機でハエを映して遊んだり」
色々と昆虫談義が出来てしまった。
そんな感じで夏休みに突入する私たち。
まぁ教師に休みも無いものだけど。
ジーザスクライスト。




