恋も病も患うモノ5
「プリンセス!」
人工知能に執務を引き継いで私は七糸と図書館を出た。
終業式自体は午前で終わり、後は放課後。
昼食時も過ぎており、一学期最後の部活動が今日の残滓だろう。
「美術部ね」
ホケッという。
七糸の夢は画家らしい。
サラリーマンに身を落としている私にはあまり理解は出来ないが、
「世界を美しく感じる人種」
というのは居る。
人それぞれに感性も十色であるため何が正解かは決めつけられないけど、
「羨ましい」
そうは思う。
綺麗を綺麗と捉えられる人間にとって世界とは耽美で感動的なのだろう。
基本的にそっち方面の理解がまるで無いため、これは想像に頼るしかないのだけど。
で、放課後の学園を歩いている所に、先述した言葉が被せられた。
プリンセス。
学年ごとに一番綺麗な生徒に付けられる二つ名。
今私が座っているベッドのへり。
そのベッドで寝ているケイオスがそうなのだが、言葉として聞いたのはアバターの方である。
「?」
クエスチョンマーク。
私と七糸の分。
声のした方に視線をやると、
「プリンセス」
中々愛らしい生徒が居た。
顔が赤い。
緊張の色も見える。
戒律厳しいお嬢様学校であるためデザイナーチルドレンでもないかぎり日本人の髪は黒い。
ついでに瞳も。
典型的な日本少女だった。
大和撫子……とはまた違うけれど。
「私の事ですか?」
七糸が確認を取る。
「はい」
生徒は頷く。
「もうプリンセスではありませんよ」
事実だ。
ケイオスの転入と同時にプリンセスの座は七糸からケイオスへと譲渡されている。
「譲った」
という意識が七糸にあるかは知らないけど。
「いえ」
とは生徒の言。
「あんな新参にプリンセスの称号は相応しくありません」
恋慕の情で七糸を見つめ生徒は言う。
「六菱お姉様こそプリンセスです」
「ありがと」
苦笑……というより苦笑いだね。
困惑と感謝のない交ぜになった感情が表情に表れる。
多分だけど対処に困っている。
私は素知らぬ顔でコーヒーを飲んだ。
「入学式からお慕い申しておりました」
まぁ一般的に美少女の部類に入る。
そもケイオスが居るから曇っているけど、元々プリンセスは七糸の称号だ。
黒いポニーテールに一切の不備はないし、彩を失った双眸は気品を湛えている。
なお六菱の御令嬢とも為ればあらゆる面で超の付く一流だ。
恋心自体は残念としても。
「プリンセス……」
恋慕の炎。
「六菱お姉様。一目見てからお慕い申しておりました」
「光栄です」
「是非私とお付き合いください」
「謹んでごめんなさい」
それが七糸の答えだった。
「好きな人がいますので」
「…………」
私の画面には青空。
天を十分割して雲の面積が一割未満を快晴と呼ぶ。
可視光に於ける青色が大気で散り散りに反射を起こし、昼は空が青く染まる。
いい蒼穹である。
「現実逃避しないでください須磨先生」
「すんません」
とはいえ私が口を出す問題でも無いと思うのだけど。
別に恋愛に杓子定規を当てはめるつもりはない。
乙女の園で絶世の美少女こと六菱七糸に幻想を抱く生徒の存在は必然だ。
ただまぁ、
「勝手にやってくれ」
が本音ではある。
言葉にこそしないけど。
「好きな人とは?」
「…………」
無言で七糸は私を指差した。
巻き込んでくれるなよ……。
「不潔です!」
「同感ですね」
「須磨先生の事です!」
「同感ですね」
まぁあまり面白い像には映らないだろう。
類感呪術で呪われても致し方なし。
「というわけで」
と七糸。
「私は須磨先生にぞっこんなので諦めてください」
乙女の幻想を紙破りにする七糸だった。
南無三宝。




