百億円の恋3
とりあえずケイオスとの面会は終わった。
一生徒となって授業に臨む姿勢のケイオス。
それを木綿のハンカチーフでヒラヒラ見送る。
「……で」
「はい」
「何故にこのような暴挙に?」
私は残った自身と学園長の間で威圧するように言葉を紡いだ。
「ブルーハート氏には逆らいようがないでしょう?」
「マサチューセッツで研究してれば良いのに……」
「あなたが言いますか……」
「…………」
それはその通りですけども。
「何故か私に惚れているように聞こえましたけども?」
「事実その通りです」
聞きたくなかった。
まぁキスまでされては諦めざるを得ない所だけど。
「そっちの趣味がない」
そんな私の感想。
「ていうか何処で私を知ったのか……?」
それも疑問だ。
ブルーハートなら特定は不可能では無いだろうけど、前提として、
「須磨凜の一部の情報を持っていること」
が必要となる。
名前さえ分かれば特定の容易い類ではあるが、
「その根幹にある興味が何に根を下ろしているのか?」
については不明のまま。
後で当人に聞きましょうか。
嘆息。
「この百億円はどうしましょう?」
渡されたままだった。
「受け取れば良いのでは?」
「いやぁ。怖いです」
手をつければ相手の論拠の拠り所になりそうで。
ケイオスのワンコのような表情を思い出す。
愛らしい生徒ではあるけど……。
「はぁ」
まだ裏も表も分からない。
急ぐ必要はないと承ってはいるが、正直精神の消耗は浅くない。
いっそ隠しカメラの存在を疑いたいくらいだ。
何せ私は、
「自称モブ眼鏡」
である。
顔も不細工だし、もっさりした眼鏡をかけてるし、あまりオシャレも化粧も興味ないし、服はスーツかジャージだし……、
「何か首吊りたくなってきたなぁ」
我ながらよくコレで生きているものだ。
いっそ感心してしまう。
そしてそのモブ眼鏡に、
「惚れた」
とケイオスは言った。
正気の沙汰では無いが、赤い瞳に宿った光は中々蠱惑的だ。
盛大なドッキリをかますために太平洋を渡るというのもおかしな話ではある。
財閥令嬢の暇潰しと思えば少しは納得もしようが。
こと財閥の話は置いておくとしても、量コン関係者には神のような存在だ。
カオス値の開発でサイバー犯罪は多少なりとも抑制された。
別にそのために開発したわけでもなかろうけど、科学の前進には相違ない。
普通ならMITに残って量コン研究を続けるのが常だろう。
「普通……ね」
我知らずぼんやり呟いていた。
まぁ天才は気紛れな所もある。
別にソレは責められるべき事では無いが、ある種の
「非常の財産」
ではあろう。
先に言われたとおり私が論評する立場には無いけど。
「須磨先生?」
「何でしょう?」
「どういった背景かは聞いていますか?」
「まさか」
ハンズアップして不理解を示す。
「学園長も何も聞いていらっしゃらないので?」
「残念ながら」
「しかしブルーハート財閥の令嬢が何を以て……」
今更だ。
要するに、
「私と恋をしたい」
と宣言されたのだから。
「はぁ……」
嘆息。
「とりあえず執務に励みます」
私はそれだけ言った。
「はい。よろしく御願いします」
学園長の顔も少し引きつっていた。
さもありなん。
体は違えど心境は同じ。
先述したけど、
「途方に暮れる」
という奴だ。
「しっかしこれはなぁ」
視線ポインタでデータを照会する。
「この百億円をどうしたものか……」
使うも危険だが持っているだけでも危険だ。
速やかに当人に押し返すべきだが、私の仕事は古書館の司書。
「授業の邪魔はもっての外……と」
古書館にのろのろと向かう私だった。
仕事は仕事。
基本的に私の世界はそうやって回っている。




