百億円の恋2
ケイオス=ブルーハート。
コンピュータ関連の大学や研究所にいれば誰でも聞く名だ。
「完全なる乱数」
こと、
「カオス値」
を設計したプログラマー。
幼いながらの天才であり、革命家でもある。
デザイナーチルドレン凄い。
私もそんな風に生まれれば少しは卑屈にならずに済んだかも知れない。
そんな事を思っていると、
「ミス凜からも自己紹介を御願いしたく存じます」
「失敬」
コホンと咳払い。
「この学園で司書をしている須磨凜です。どうぞよろしく」
微笑んで自己紹介をすると何が嬉しいのかケイオスの顔がほころんだ。
「よろしく凜先生」
破顔する。
何故そんな目を私に向ける。
「で?」
と私は学園長に視線をやった。
「ドクターカオスが何故うちの学園に?」
「転校してきたそうです」
学園長は完全に萎縮している。
さもありなん。
多分ケイオスの偉業ではなく家名の方を畏れているのだろう。
ブルーハート。
欧米財閥の一角。
くしゃみをすれば大恐慌が起こると言われる大財閥だ。
ケイオスはそこの血統。
日本ではあまり高名では無いが、まぁ日本の介入外資の何割かがブルーハート財閥の紐付きではある。
基本的に日本の開発した第一種永久機関が世界特許を取っているため、経済は安定しているのだけど、だからこそ欧米財閥は日本に影響を持とうと躍起になる時代ではある。
それと目の前のケイオスに何か関連があるとは思えないけど。
とりあえず閑話休題。
「転校生?」
「はい」
ニコッと笑うケイオス。
金髪が輝いて赤い瞳はルビーを想起させる。
中々に金のかかった美貌だ。
なお態度は懐いたワンコを想起させる。
「生徒ブルーハートが直接須磨先生に挨拶したいと申し出まして」
「何か用?」
ぶっきらぼうにケイオスに視線を戻して言う。
「須磨先生……! それは……!」
慌てる学園長をケイオスが手で制し、
「むしろ恐縮される方が哀しいですから万事良しです」
そんな風に喜んだ。
それも何だかな。
「MITに居なかったっけ?」
「六月に卒業しました」
「で、何故うちの学園へ?」
あまり楽しい所でもないのだけど。
「無論のこと凜先生に逢いに……です」
「冗談抜きで?」
「まぁあまりに唐突ですから吟味する時間は差し上げます」
「ふむ」
とりあえず少し考えて、
「こりゃ無理だ」
とゴミ箱フォルダへ。
そこに、
「ピコン」
と音がなる。
メッセだ。
相手はケイオス=ブルーハート。
「何故私のパーソナルキーを?」
「まぁ権力って素敵ですよね」
財閥と罪悪って似てると思いませんか?
とりあえずメッセを開く。
視線ポインタを活用。
現われたのは日本の銀行口座。
「?」
中には百億円が入っていた。
あんまり執務的数字に強くないけど、あまりに膨大な零の数が圧倒的かつ形而上的な破壊力を秘めたソレとなった。
形のない弾丸だ。
「これは何でしょう?」
「差し上げます」
「ワイ?」
「まぁ結婚資金の様な物ですね」
言っている意味が分からない。
誰か代わって。
とりあえず口座を相手に返そうとすると、現実のケイオスが私の黒ネクタイを掴んだ。
グイと引っ張られる。
私は急激に前につんのめって、
「――っ!」
「――――」
ネクタイを引っ張ったケイオスの唇に唇を重ねていた。
いわゆる一つのキスという奴。
「念願叶って此処に居ます」
それは宣言だった。
「愛しています凜先生」
率直で無垢な言葉でもあった。
「凜先生。僕はあなたと恋をします」
……えーと、
「何の悪夢だろう?」
途方に暮れるとはまさにこの事である。




