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夏美のぼっち事情2


 それから朝食をとった後、僕は身だしなみを整えて瀬野三の制服を着る。


 ブレインユビキタスネットワークに接続。


 節税対策に買っている高級車の一台を呼び寄せる。


 アーティフィシャルインテリジェンスが普及するこの時代。


 当然車にも人工知能が宿っている。


 であればこそ運転免許を持たなくとも人は車に乗れるのだ。


 人に限りなく近いアーティフィシャルインテリジェンスによる安全運転はプロの運転手を雇うよりなお安全な世の中なのである。


 一軒家の施錠を確認して、玄関にも施錠をかけると、


「行ってきます」


 と誰もいない家に呟く。


「ふわ。フェラーリの最新型……っ」


「公爵の伝手を辿ってね」


 人の縁の有難さよ。


「今日は車で行くの?」


「歩くの怠いし」


「隣に座っていい?」


「秋子は幸せ者だね」


「はいな!」


 躊躇いなく言い切られた。


 こうなるとこっちが困惑する。


 何だかなぁ。


 嘆息。


「雉ちゃん」


 何さ?


「私の雉ちゃん」


 まぁ否定するほどのこっても無いけど。


「夏美ちゃんにも雉ちゃんは渡さないから」


 さいでっか。


 爛々と燃える情熱を瞳に宿す秋子だったけど、


「あまりのめり込まないようにね」


 僕は水を差した。


 空気を読まなかったとも言える。


「雉ちゃんの意地悪……」


 秋子が悲しげな表情になる。


 見ていられず、


「大丈夫」


 クシャッと秋子の髪を撫ぜる。


 こういうところで僕は自身を裁いている。


「僕という存在は秋子から離れないから」


「本当?」


「インディアン嘘つかない。良い子になれる」


「うさんくささ百パーセントだよぅ!」


 はっはっは。


「まるで逃げ水みたい」


「何がでっしゃろ?」


「雉ちゃんの気持ち。雉ちゃんの想い。雉ちゃんの選択」


「まぁね」


 否定は出来ない。


 秋子が僕に尽くしてくれているのに僕からは何も返せない。


 秋子の援護がなければ生きてもいけないのに秋子と云う存在を遠ざけようとしている。


 どう考えても真っ赤っか。


 懲罰の対象になっても不思議ではない。


 乙女の心を傷つけて実刑判決が出るのなら僕は絞首台目掛けて十三階段を一段飛ばしで駆け上がるしかないだろう。


 もっとも仮にそうなったとしたら秋子が黙っちゃいないだろうけど。


 僕に尽くして、


「嬉しい」


 僕に対して、


「愛しい」


 そんな秋子であるから僕とて邪険には出来ないんだ。


「秋子なら男子なんてよりどりみどり五月みどりだと思うけど」


「知らない人に好かれたって別に何とも思えないよぅ」


 業の深い……。


 いいんだけどさ。


 別に。


 それから僕は車内でイメージウィンドウを呼び出して映画を観賞することにした。


 今日はブレードランナー。


 SF作品の金字塔だ。


 僕はこの映画が大好きだ。


 レプリカントの懊悩。


 ブレードランナーの生き様。


 原作……『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』も傑作だ。


 僕自身アーティフィシャルインテリジェンスに関わっている手前、自己同一性について幾度も問うているところがある。


 シミュレーテッドリアリティや世界五分前仮説は僕の懊悩の最たるところだ。


 一番頭を悩ませているのは秋子の愛情なんだけど……。


「秋子は友達作らなくていいの? 秋子なら女子グループの中心に成れると思うんだけど……」


 ブレードランナーを視聴しながら僕は車の隣に座っている秋子に声をかける。


「他人と付き合うくらいなら雉ちゃんに付き纏うよぅ」


 らしいっちゃらしいけどさ。


「友達が要らないと?」


「どうだろ?」


 クスリと秋子は笑う。


 怖いんですけど……その表情。


 決定的な言葉を聞く前に僕は話題を転換した。


「そういえば今日は体育ないね」


「? だね……」


 ちょっと会話に無理があったか。


「僕は寝るから後で並列化よろしく」


「もう! 雉ちゃん!」


「わかってるよ」


 秋子の善意を弄んでることぐらいはさ。


 そして秋子がそんなつもりで言っているわけでもないことも。


 ちなみに何度見てもブレードランナーは傑作だった。


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