この手に握る物5
「少し……気疲れ……しちゃいました……」
ライブ後、ライブ前の喫茶店でまた俺たちはお茶をしていた。
俺がコーヒーで白雪がジュース。
「じゃあ今日は解散するか。セカンドアースでプレゼントもクソもないしな」
「あの……っ」
白雪が縋るような目で俺を見た。
「どした?」
「我が儘……云っても……いいですか……?」
「構わんぞ」
「せっかくのクリスマスですから……」
「ですから?」
「キス……したいです……」
「その程度なら」
「その……リアルで……」
「あー……」
「いえ……強制するつもりは……ありません……。単なる……我が儘です……。聞き流して貰えれば……」
「じゃあ会うか」
「いいん……ですか……?」
「俺は構わんがお前は? 外出られるか?」
「頑張ります……!」
「なら俺も頑張らないとな」
まぁせっかくクリスマスだ。
恋に恋する気持ちもわからないではない。
「待ち合わせ場所はどうする?」
「じゃあ……瀬野四の……校門で……」
「妥当だな」
そして俺はセカンドアースをログアウト。
シャワーを浴びてサッパリすると一般的な冬用の服に厚手のコートを纏って玄関に立った。
扉を見た瞬間、ゾクリと悪寒が背中に奔る。
ドアノブを回せば他人の世界。
有象無象が待っている。
俺が恐怖する他人が。
けど……白雪だって待っている。
アイツも今頃俺と同じ試練を乗り越えようとしているだろう。
なら負けるわけにはいかない。
心臓が早鐘を打つ。
プレッシャーが重力に便乗して押しつぶそうとしてくる。
そこに、
「出かけるの忍ちゃん?」
母親が意外そうな声で背後から話しかけてきた。
「ん」
と頷く。
「恋人が待ってるんでね」
「まぁ」
と声が弾んだ。
そりゃ子どもの恋愛事情は大人の酒の肴ではあろうが。
「行ってらっしゃい!」
「行ってきます」
母親に背中を押されて俺はドアノブを捻った。
外に出る。
量子のライブが終わって少し。
時間的には夕方だが、空は曇天だった。
久しぶりに外に出た。
誰も彼もが敵に見える。
自意識過剰だとは分かっちゃいるんだが。
けどせっかくのクリスマス。
始めて白雪と物理的接触をする機会。
逃すわけには行かなかった。
恐怖を誤魔化すために俺は走った。
引き籠りが祟って体力は無い。
が、足は止まらなかった。
少しでも足を止めてしまえば家に逃げ帰りたくなる衝動に抗えそうもなかったから。
一応半年は通った通学路。
瀬野四までの道のりを忘れるには早すぎる。
走って……走って……走った。
気づけば瀬野四の正門前。
そこに一人の少女が立っていた。
ブラックシルクのようにきめ細やかな光を反射するロングヘアー。
同色の瞳は光を受けた黒曜石のように輝く。
着ている服はコートにスカート。
長めの靴下は絶対領域を作っていた。
寒いだろうに……。
俺のためか?
「白雪」
その少女の名前を呼ぶ。
すると少女はニコリと笑って涙を流した。
「ど、どした?」
いきなり泣かれて焦る俺。
「初めて……忍くんの……声を聞けたから……」
「俺も初めてだ」
「えへへ……」
「はは」
どうやら気持ちは同じらしい。
緊張の度合いが違うだけで。
「ごめんね……? 無茶言って……」
「構わんよ。お前が俺を見限らない限りにおいてはな」
「あのぅ……あのぅ……それで……」
「ああ。いいのか?」
「は、初めてだから……優しくしてください……」
「俺は初めてじゃないんだが」
「あう……」
「詫びの言葉もない」
「気にしない……代わりに……手を握ってから……してほしい……」
少し前に考えたこと。
俺のこの手に握る物。
俺は差し出された白雪の手を握って引き寄せると……データでもアシストでもない本物のキスをした。
応えたのは白雪と……それから曇天。
クリスマスの奇蹟……シンシンと白雪が降ってきた。
まるでその名の通りの白雪を祝福するように。
「わぁ……! 雪ですよ……忍くん……!」
「そうだな」
キスを終えても……俺は白雪の手を離さなかった。




