この手に握る物3
「ん~……」
オドをログアウトして意識を部屋に移した。
肉体に信号が行き渡り俺は俺を取り戻す。
とりあえず、
「風呂入るか」
そういうことになった。
風呂に入りながら『雨に唄えば』を唄う。
復讐されたりはしないんだが。
さっぱりしてパジャマを纏うと脱衣所を出る。
家の廊下。
その延長線上を見る。
玄関があった。
ゾッ。
悪寒が襲ってきた。
「遠いな」
嘆息。
誾千代をふった。
量子のライブに行く。
白雪と恋人同士。
なのにどれもこれも直接的な接触では無い。
肉体は常に部屋にあって。
だから全ては電子文明の所産。
心と体の乖離。
乙女を泣かせたときも喜ばせたときも……実は寝転がっているだけで何もしていない。
元より世界はシミュレーテッドリアリティ万歳。
決して幻想ではないが……同時に誠意もない。
感じられるが手に握れない。
まるで空気を掴むような不安感。
右手を見つめる。
ギュッと握る。
握ったはずだ。
空気を。
けれど心は寂しさの寒風を覚えた。
やせっぽっちのもやし野郎。
本当に俺で良いのだろうか?
白雪然り。
誾千代然り。
ダイニングに顔を出す。
親は仕事でいない。
俺は冷蔵庫から牛乳を取り出して飲む。
風呂で火照った体を冷ます。
季節は冬であるため冷やしすぎるのも問題だが。
それから姿見で自分を確認。
貧相な女顔が映った。
「何やってるんだろうな俺は……」
人間が嫌いだ。
自分が嫌いだ。
他人が嫌いだ。
誰も彼もが俺を否定する。
生まれ持った業は人それぞれとはいえ。
おかげで他人という物に興味や期待を持てなくなって数年。
俺を肯定してくれる希少な理解者と、面白い本と、オーバードライブオンラインがあれば良い。
量子については錬金術の巡り合わせだ。
仲は良くなったが基本的に監視の対象。
俺は量コンを操作してリビングの投影機を操作した。
オドを解散した後、量子は深夜ニュースのコメンテーターに顔を出していた。
「よくやるよ……」
心底そう思う。
国も何考えてんだか。
あるいは何も考えていないのか。
数年前に流星の如く唐突に現れた電子アイドル。
茶目っ気な性格と毒を含んだ喋り回し。
電子アイドルの常道であるはずの髪や瞳の色の自由自在に反抗するように、狙いすぎていない黒髪セミロングの大和美少女。
ピンクやグリーンと云った髪や眼を持つ電子アイドルの氾濫の中にあって、あえて日本人らしいアイドルとしてお茶の間を席巻。
人懐っこい愛嬌もある。
誰が作ったんだか。
そんなことを思った。
「まぁた政治家から脱税問題! いい加減にしてよ、もう!」
ニュースの中で量子が憤慨していた。
政治家が醜聞から逃れられないのは業だと思うが。
量子を前にしては、
「秘書がやった」
は言い訳にならない。
「そんなに留置所でクリスマス迎えたいの?」
そういう問題でも無いような。
「あと! 電子ドラッグ駄目ゼッタイ! 年越しの朝日見たくないの?」
ピントがずれてる。
だから万人に愛されるのだろうが。
「まぁ世話にはなっているんだがな……」
そうぼやいて投影機を落とす。
自室に戻った。
ベッドに寝っ転がって電子読書。
今日読んでいるのは『海底二万マイル』。
「…………」
パラパラとめくる。
読書は良い。
心が静まる。
興奮するオドとは対照的だ。
もうすぐクリスマス。
予定は決まっている。
が、
「それでいいのか?」
何処かで誰かが俺に問う。
多分ソイツは俺によく似た奴だろう。
冒険譚を読むのは代償行為なのだろうか?
何となく自虐してページをめくった。




