大日本量子登場2
「おはよ。忍ちゃん」
「…………」
朝の挨拶はスルーして、俺は新聞から声の主に視線をやった。
黒髪黒眼。
これは現実世界の俺と同じ。
ただし美少女という枠に当てはめるのも畏れ多い美少女で、セミロングのツインテール。
日本人なら誰もが知っている。
大日本量子ちゃんだ。
先述した電子犯罪のカウンターパワー。
「何か用か?」
「というほどでもないけど」
サクッと言ってのける。
「なんだか忍ちゃんが私に興味持ってるみたいだから」
「ご苦労様ってだけだ」
「ニューシングル買ってよね?」
「気が向いたらな」
「ツンデレだね。忍ちゃんは」
そんなご大層なモノか?
「うん」
心を読まないで欲しい。
「ていうか私のニューシングルに興味持って新聞読んでんじゃないの?」
「それは既にニュースで見た」
「にゃるほど」
「ついでに新聞にまで載るほどのことかってな」
肩をすくめる。
「すごいでしょ」
エヘンと胸を張る量子。
はいはいすごいすごい。
「こんなところでサボってて良いのか?」
「一応監視はしているよ? ついでにアングラエリアネットワークの探索も並行して」
「器用な奴め」
「そうでもしなきゃ日本中くまなくは無理だから」
だろうよ。
「で? 俺は何か電子犯罪をやらかしたのか?」
「んにゃ? 単に暇してたから顔見に来ただけ」
でしょうよ。
「まぁそうでなくとも重点監視対象ではあるけどね」
それも、でしょうよ。
「エネルギー保存則は突破したのに質量保存則が突破できないじゃあ順序が逆だけど」
「反物質」
「そ~だけどさ~」
まぁ、
「そういうことを言いたいわけじゃない」
ことは重々承知しているが。
「実際そこんところどうなのミスターアルケミスト?」
「俺に聞かれてもなぁ」
頭を掻く。
だいたい俺の《技術》はあまり褒められたものではない。
錬金術ではあるが。
「その気になれば豪遊も出来るでしょうに」
「趣味じゃないな」
肩をすくめる。
「どういう頭したらあんな技術が……」
知らねえよ。
俺はコーヒーをポップして飲んだ。
「図書館では」
「生憎此処はセカンドアースだ」
俺のアバターは白い髪に赤い目をしている。
「そゆところばっかり雉ちゃんに似ちゃってさ」
「またソイツか」
雉ちゃん。
なんでも量子の片想いの相手らしい。
最初はどこぞの電子アイドルかとも思ったが、聞くに実在の人物らしい。
正気か?
最初はそうも思ったが、今では慣れたモノである。
さて、
「電子ドラッグに手を出していいかね?」
「ダメです」
そう言うよな。
「取引も所持も不法だからね?」
ピッと人差し指を立てて迫ってくる量子だった。
「へぇへ」
無論、俺にその気は無い。
この世には絶対がないため断言は出来んが。
「とりあえずダメ」
「わかってるさ。手を煩わせたりはしない」
「今の私はこうしてるけど他の私はこれでも忙しいんだから」
「さいでっか」
「まったく……自前で衛星持ってアングラネットを構築する輩までいるんだよ?」
「スケールが大きすぎていまいちピンとこんな」
どんなお大臣様だ。
「そんなわけで電子犯罪ダメ、ぜったい」
「はいはい」
「はいは一回!」
「はいはい」
「そゆところ可愛くないよぅ」
「俺の良いところだろ?」
「忍ちゃんの欠点だね」
そこまで言うか。
そんなことを言っていると、
「お」
「あ」
ウェストミンスターチャイムが鳴った。
「そんなわけで」
俺はコーヒーを飲み干して新聞を閉じる。
「ここからは学生の時間だ」
「頑張ってね忍ちゃん」
「保健室登校だがな」
「知ってる」
だろうよ。