オドにおいて1
「この場合のグラフの接点に対する解は……」
人工知能が丁寧に高等教育相当の授業を行なう。
俺はソレをソファに寝そべったまま、白雪は(一応電子上とはいえ)懸命に筆記して、それぞれ講義を解釈していた。
一応場合が場合なので教諭もツッコむことはしなかった。
不登校で象牙の塔に籠もられるより見聞きするだけでも授業を受けたほうがまだしも有益と判断した結果だ。
基本的に俺は凡人だが、ことデータの解釈面においては人よりほんの少しだけ先に行っている。
電子上のメモに筆記して脳に刻み込むのが昨今の授業風景ではあるが、俺は虐められる前も特に筆記で記憶面の補強をするということに意義を感じていなかったのだ。
成績自体は上の下といったところだが、特に向上心があるわけでもないため、授業の内容はほとんど暇潰し程度に耳と脳を楽しませる行為。
その程度である。
「鬼灯教諭~」
オブジェクトのソファに寝っ転がって俺は教諭を呼んだ。
「先生って呼んでよ~」
このやりとりもお約束になってきたな。
精進なさってください。
「コーヒー淹れて」
キャピッと言ってのける。
「まぁいいけど……」
疲労の吐息をついてコーヒーを淹れる。
ご苦労様だ。
「地祇さんは?」
白雪に問う。
「では私も……」
「コーヒーで良い?」
「構いません……。えと……ブラックは飲めませんが……」
「知ってるわ」
そして三者三様に保健室でコーヒーを飲む。
人工知能が講義をする横で。
ちなみに実体を持っている鬼灯教諭は仕事に忙しいらしかった。
イメージコンソールとイメージキーボードを展開して高速で打鍵している。
「鬼の字教諭」
「どういう意味よ!」
うがー!
そう吠える教諭だった。
「親密度を上げてみたんだが」
「そりゃどうも」
「ヅッキー教諭の方が良いか?」
「…………」
ジト目を受けた。
ゾクゾクするな。
「教諭は何で養護教諭に?」
「憧れ……かな?」
「憧れとな」
ちょっと意外だった。
見ている分にはあまり楽しそうなご職業には捉えられないのだが。
「私も学生の頃はイジメに遭っててね」
わかっちゃったな。
「保健の先生がいなかったら自殺してたかも」
緋色の瞳が虚空に何かを見つめていた。
おそらくセピア色だろう。
「それで今度は自分が……と?」
「うん。虐められっ子の支えになってあげたくて」
「立派ですね」
「君が丁寧な言葉を使うと皮肉られているように思えるんですけど?」
「少なくとも俺には真似できない所行ではございます」
「あんまり大人を必要としないのも問題よ」
「元より人間があまり好きじゃないからな」
だいたい中学生くらいから人の悪意に嘔吐感と蟻走感を覚えてしまう少年だった。
それまではゲームやアニメが好きな邪気のない子どもだったと自負しているのだが。
いったい何処でねじれてしまったのか?
それでこんな有様ですよ。
「神鳴くんの心の支えは何?」
「秘密です」
というか言っても意味が無い。
御剣誾千代なぞ知らんだろう。
「忍くんは……授業受けなくて……いいの……?」
教諭と駄弁っていると白雪が口を挟んできた。
「大丈夫。ちゃんと聞いてるから」
誓って本当だ。
元より量コン化しているので情報処理も正確である。
「凄いね……」
と白雪。
「自慢できることでもないが」
と俺。
「じゃあこの授業が終わったら小テストをしましょうか」
「あう……」
「どうぞ」
白雪が躊躇って、俺が素っ気なく。
コーヒーを飲む。
苦みが口に広がった。
仮想体験ではあるのだが。
それでもカフェインに左右されないというメリットもある。
そんなわけで授業は続く。
「この三次関数においては……」
講師が丁寧に教えていく。
「いっそ並列化できればなぁ」
「おい」
さすがに聞きかねたらしい。
半眼で睨む鬼灯教諭。
「どうした? 誘ってんのか?」
「何でもありません」
とりあえず煙に巻くことには成功した。
あくまで、
「とりあえず」
だが。