御剣誾千代4
「忍。起きて忍」
声が聞こえてくる。
優しげな声だ。
「ん……ん……?」
聞こえてくる声を検証して聞き覚えと照らし合わせる。
「くあ……」
と欠伸。
「おはよ誾千代」
「おはよう忍」
誾千代と朝の挨拶をした。
そういえばコイツは無条件で家に入れるようにしたままだったな。
別段困ることが有るわけでもないので構いやしないんだが。
「朝食を作ったよ」
誾千代が言う。
「寮でか?」
「うん。まぁ。キッチンを借りてね」
銀髪を弄りながら照れる仕草さえも完璧だ。
愛らしいとか可愛いを超越して超然とした完璧さ。
息も出来ない静謐がそこには有った。
「とりあえず食べてくれたまえ」
量子変換器から朝食を具現化。
並べられた料理は中華粥と春巻き……それから中華スープだった。
「さすが」
褒める俺。
「そういうのは食べてから言うものだ」
「いただきます」
中華粥をすくって口に含む。
米特有の甘さと誾千代による味付けの差配が完璧だった。
本当に此奴は。
感嘆とさせられる。
「美味しいかい?」
「存分にな」
「なら良かったよ」
「ていうか何で飯作ったんだ?」
「それを私の口から言わせるのかい?」
「あー……」
さいでっか。
それ以上は言えなかった。
「ま、いいんだがな」
春巻きを食べる。
ジワッと中身の野菜が甘みを伝えてくる。
これもまた完璧な一品。
気づけば箸は進んでいた。
最後に中華スープを飲み干して、
「ご馳走様でした」
満足げにそう言ってしまう。
「ふふ」
誾千代が笑った。
「何か?」
「いやいや」
両の手の平を見せる。
「君が幸せなら私も幸せでね」
こういうことを素で言うのだから始末が悪い。
「さて、では午前中はどうする?」
「ん~……」
俺は茶を飲みながら唸った。
「ダラダラする」
「らしいね」
苦笑する誾千代。
ちなみに今日は日曜日。
そうである以上、自由時間ではあるのだが、
「外に出る気は無い」
引き籠りですから。
「人間不信かい?」
「まぁ端的に言えばな」
中学の頃から人の悪意に敏感になっていた。
スクールカーストの底辺。
それでも中学を乗り切れたのは誾千代のおかげだ。
が、なんやかんやがあって誾千代とは同じ高校には行かなかった。
凡人の俺と違って誾千代の頭の良さはずば抜けている。
超名門のお嬢様学校に誾千代は進んだ。
何でも全寮制で、誾千代の美貌と相まって、女子に好意を向けられること多数だとか。
「苦労しているな」
とは思うが、
「完璧」
をテーゼとしている誾千代であれば当然の帰結だ。
「じゃあデートしないかい?」
「だから引き籠りだっての」
「アバターでさ」
「ん~……」
「別段ゴッドアイを使わなくてもセカンドアースなら妥協できるでしょ?」
「…………」
お見通しらしい。
だからこそ誾千代なのだが。
「まぁいいけど……」
結局そう言った。
「じゃあ出かけよう」
「少し待て」
「なして?」
「シャワーを浴びたい」
それからトイレ。
「構わないけどね」
この辺りの察しの良さも誾千代特有だ。
そんなわけで暗鬱な気分に浸りながら、俺は部屋を出た。