零と一の間の初恋2
「ぐじゅぐじゅ」
家に帰った後もお邪魔している秋子がぐじゅぐじゅと泣きながら夕餉の準備をしていた。
理由は言わずもがな。
僕が病院の美少女に惚れたからだ。
秋子には天変地異にも等しい現実だろう。
しかしてあまりに完成された美貌に一目惚れした僕にはこの恋心は止められなかった。
勢い余って、
「僕と付き合ってください」
などと言ってしまったのだから。
三者三様に青天の霹靂だったろう。
僕自身、自分の口から出た言葉に戸惑っていた部分もある。
ともあれ、
「ごめんなさい」
が返事だった。
つまりフラれたのだ。
まぁいきなり告白されて、
「はい」
と返事できる人間がそう居るとは思えないけど。
それでも僕は食い下がった。
「何で?」
と。
「知ったこっちゃないから」
それが女子の返事だった。
「名前だけでも教えてくれない? 僕は土井春雉。こっちは紺青秋子」
「……志濃涼子」
問われたから答えた。
それ以上の感情を見つけ出せなかった。
黒真珠に例えられる瞳はしかし淀みきっていたのである。
綺麗ではあるけど映す光が深淵の底からの怨嗟のようだ。
おそらくだけど、
「自身の命に絶望している」
そんな瞳。
僕には見覚えがあった。
アリス。
死を身近に感じている人間特有の瞳だ。
もっともアリスはもう一人の自分と出会う事で瞳に光を取り戻したんだけど。
なにがしかの理由があるのだろう。
だからといって僕の心に咲いた恋心はオーバーヒート。
オーバーデビルだって倒してみせる!
という冗談はともあれ、
「とりあえず涼子にアプローチしよう」
と心に決めた。
そして夕餉となる。
「…………」
「…………」
カチャカチャと食器の音が鳴る。
僕らは無言で夕餉を片付けた。
「ご馳走様でした」
「お粗末様でした」
そして、
「秋子」
「何?」
「お茶」
「うん」
梅こぶ茶を出してくれる秋子。
視界モニタでニュースを見ながらダラダラしていると、
「雉ちゃん……」
と気負いがちに秋子が問うてくる。
「何でしょう?」
「雉ちゃんは志濃さんが好きなの?」
「うん」
即答。
またぐじゅぐじゅと泣く秋子。
「元から君に目は無いでしょ」
「あぅぅぅっ」
どうしても泣くのね……。
「でもフラれたじゃん……」
「そうだね」
「私ならフラないよ……?」
「…………」
そう言う問題でも無いような……。
「とりあえずこの恋は本物だ。一度や二度フラれたくらいじゃ諦めないよ僕は」
「そうなの?」
「そうなの」
コックリと。
またぐじゅぐじゅ泣き出す秋子。
「雉ちゃんは私を見捨てるの?」
「友情は無償だよ。永遠に友達さ」
「あうぅ」
さめざめ泣く秋子だった。
だから僕は、
「いい子いい子」
と秋子の頭を撫でて慰める。
慰めになっているかは知らないけど。
秋子はいい子だ。
気が利くしお世話してくれる。
子犬のような愛らしさもある。
顔立ちも整っていて、容姿だけなら十二分に綺麗な女子と言える。
もっとも肉体の方がソレを盛大に裏切っているのだけど。
神様も皮肉な事をする。
もっともより皮肉なのは僕の方だろうけど。
何だかなぁ。
「袖擦り合うも……」
とは言うけど前世で僕は何をした?
転生論者じゃ無いんだけど。