量子と涼子5
一応のところ秋子との待ち合わせは量子のライブが行なわれる天空舞台近くの喫茶店とした。
いつもの場所だ。
本来なら夏美もいるんだけど今はコミケに参加中。
まぁ居てどうなるもんでもないからいいんだけどさ。
「アイスコーヒーを」
「アールグレイを」
僕と秋子は喫茶店でそう注文して何気ない会話をした。
しばし歓談した後、
「じゃあ僕は行くから」
そう言った。
既に精算は済ませている。
ネットマネーで引き落とし。
「頑張ってね」
「それほどのことじゃないけどね」
苦笑してしまう。
それから指定のアドレスに飛んで楽屋に顔を出す。
「おはようございま~す」
ガチャリと楽屋の扉を開く。
「雉ちゃん!」
ジャンピングハグを敢行した量子に上段回し蹴り。
綺麗に決まった。
まぁ電子世界でなら格闘技チャンピオンにもなれる僕である。
現実世界ではもやしっ子だけど。
「さて」
僕は言う。
「じゃあ最終調整を始めましょっか」
「どの口が」
むぅ。
と唸る量子であった。
「よろしくお願いします」
スタッフに頭を下げられ、
「任されました」
僕は言う。
それから今日のライブのコンセプトを認識しながら量子に適性を合わせていく。
イメージキーボードをカタカタと叩きながら量子のデザインをする。
「…………」
無心で挑んでいると、
「良くこんなことが出来るね」
量子が感心したように言った。
「今更でしょ?」
「そうなんだけどね」
苦笑する量子である。
「ま、おかげで稼がせて貰ってるんだけど……」
「雉ちゃんが私には必要な人」
「光栄だね」
僕も苦笑した。
「本当に雉ちゃんにならいいんだよ?」
「僕が却下……と」
カタッと最後のエンターキーを押す。
「はい。調整完了」
そう云ってイメージコンテンツを消していくと、
「ん」
量子が身振りをして、
「良い感じ」
感想を述べた。
「なら良かったよ」
サックリそう言って僕はスタッフの人たちと挨拶をして、秋子との喫茶店に戻る。
秋子は目を丸くしていた。
「おや。早かったね」
「まぁ毎度言ってるけど最終調整だけだから」
僕はコーヒーを飲んだ。
「じゃあ行こっか」
僕は秋子を引き連れて天空舞台に誘う。
しばし熱に浮かされた空気を感じ取りながら特等席でライブの開始を待つ。
会場に闇が落ちる。
それからスポットライトが舞台の量子を映し出す。
「「「「「――――っ!」」」」」
ワァッとファンたちが歓声を上げる。
「今日は私のライブに来てくれてありがとーっ!」
マイク片手に良く通る声で量子が愛想を振りまいた。
「「「「「量子ちゃーん!」」」」」
ファンの熱気も相当なものだ。
何がそこまで彼らを駆り立てるのか。
僕には良くわからなかった。
と云うと語弊だけど。
大日本量子ちゃんと一緒に暮らしている者の傲慢だろうか?
そんなことを思う。
「ま、いいか」
「何が?」
とペンライトを振っている秋子が問う。
「量子は遠い存在だなって……」
「そうしたのは雉ちゃんでしょ」
ジト目の秋子。
「そうなんだけどね」
反論の余地は微塵もない。
少なくとも、
「大日本量子ちゃんは国民的アイドルだ」
と言える。
その原因を作ったのは僕である。
それでも……。
それでもさ。
「涼子を生かしたかった」
その気持ちだけは嘘をつけない。
だから僕もペンライトを振るう。
「じゃあこの曲から行こっかな! 『あなたはまるで』……聞いてください!」
溌剌と量子は歌い出した。
それは僕の調整通りの歌声だった。
とは言っても本人の資質通りの歌声なのだけど。