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オーバードライブオンライン  作者: 揚羽常時
外伝:秋子の場合
147/318

きっと始まりが間違っていた5


 未だセカンドアース。


 日は完全に沈んでおり街灯が街を闇から救っている。


 かかっている橋から偉大なるセーヌ川を眺めながら、


「たまには贅沢もいいでしょ?」


 秋子と二人だけの時間を僕は堪能していた。


「私、雉ちゃんに頼ってばかりだね」


 こっちのセリフだ。


 男女がセーヌ川を眺めながら話す内容でもないと思うけど。


「雉ちゃん」


「なに?」


「私を抱いて?」


「無理」


「好きだよ」


「そう」


「愛してる」


「へえ」


 返答までコンマ単位。


 橋の手すりに体重を預けて月を見上げながら僕は言った。


 月を見上げたのは秋子と視線を合わせたくなかったからだ。


「それはやっぱり……」


 とそこまで言って一息。




「私が男だから?」




 秋子は決定的な一言を放った。


 僕は視線の先を月から秋子に変えた。


 秋子はドレスのスカートをクシャッと握りしめて俯いていた。


 言ってしまった。


 取り返しのつかないことを。


 僕の答えは一つしかない。




「ごめん」




 ただ……それだけ。


 秋子の出生は少しややこしい。


 現在ではデザイナーチルドレンという技術が発達している。


 頭脳明晰な子ども。


 運動快適な子ども。


 容姿端麗な子ども。


 我が子を優秀にしようと親が躍起になる時代だ。


 そして紺青さん家では第一子を生む際に男女産み分け施術を執り行った。


 男女産み分け施術。


 生まれてくる子供の性別を選べる技術だ。


 別段珍しくもない。


 デザイナーチルドレンとは少し毛色が違うけど一応の範疇には入るだろう。


 成功率は九分九厘。


 つまりニアリーイコール百パーセント。


 紺青さん家のご両親は女の子の誕生を願って男女産み分け施術を行った。


 結果、九分九厘成功する施術で残り一厘の可能性を秋子はツモった。


 ほぼ百パーセント女の子が生まれるはずの予定だったところに男として生まれたのである。


 元から男が生まれる可能性を除外していた両親は女の子の名前……即ち『秋子』しか用意しておらず男でありながら秋子と名付けられた望まれざる男の子だった。


 肉体こそ男ではあったものの女性脳を持って生まれた秋子は性同一性障害(とは少し違うのだけど)に苦しみ、


「男の癖に女の恰好をするなんて」


「男の癖に男が好きだなんて」


 と虐めっ子たちに囃し立てられた。


 庇うのはいつも僕の役目。


 幼馴染の縁で同情していたのもある。


 けどそれ以上に何となく、


「慰めなきゃなぁ」


 なんて思って秋子に優しい言葉をかけ続けた。


 結果として懐かれてしまったわけだけど。


 で、秋子は性転換手術をして女性の体を手に入れた。


 そりゃ巨乳にもなる。


 体弄り放題なんだから。


 けどその時にはもう僕にとって秋子は友達以上のものではなくなっていた。


 現在の性転換技術は高高度の技術だ。


 例え元々が男であっても子どもも産める様になるし母乳をあげられるようにもなる。


 完全な性転換が可能ではあるのだ。


 今の秋子は立派な女の子。


 そんなことはわかっている。


 それでも僕にとって秋子は、


「いつもメソメソ泣いている可哀想な男の娘」


 以上のものじゃない。


「だから……ごめん」


 セーヌ川を眺めながら他に言い様がなかった。


「好きぃ……! 好きだよ雉ちゃん……! 愛してる……!」


「うん。知ってる」


 十全にね。


「私が悪いの? 男に生まれたから悪いの? 私の存在が――」


「――違うよ」


 それ以上聞いてられず僕は秋子の呪詛を封殺した。


「秋子が自分を呪わなくていいんだ。秋子が呪いを向けるべき相手は僕でしょ?」


「嫌だよ……! 雉ちゃんを嫌いになんてなりたくない……!」


「なっていいんだ。僕が悪者で秋子が正義なんだから」


 大義名分は秋子にこそある。


 少なくとも器の小さい僕の姑息さこそ罪過の対象だ。


 ギロチン刑でもおかしくない。


 かと言って、


「ならどうするのがベストだったのか?」


 と問われても僕にはわからなかった。


 秋子を虐めからかばわなければ良かったのだろうか?


 秋子の性転換を止めればよかったのだろうか?


 女の子になった秋子に惚れてしまえばよかったのだろうか?


 どれも不可能事だったためこんな結末になったのだけど。


 僕は片腕で秋子の頭部を囲うと、秋子を抱き寄せた。


「ごめん……ね」


「うえええ……うえええええええええええええ」


 やっぱり僕は悪者だ。


 こんなに可愛い子を泣かせたんだから。


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