意外と馴染む生活1
僕は疾駆していた。
止まることは許されない。
一対多において防衛線は自殺行為だ。
故に疾駆する。
一瞬たりとも止まれない。
相対固有時間が引き延ばされる感覚。
ドクンと心臓が脈打った。
早く。
速く。
疾く。
迅速に翔けて敵を撃ち滅ぼす。
手に持つは短刀グラム。
そのフォトンブレードは両手剣並みの長さだ。
この場合、射程より威力を取った形になる。
そうでもしないと此度の敵は滅ぼせない。
オド。
オーバードライブオンライン。
その推奨レベル七百のフィールドだ。
フォース北欧神話。
戦乙女。
ワルキューレが此度の雑魚キャラだ。
「うわぁ……」
とコキアがだれる。
「すごいですね」
ミツナは感嘆。
「にゃはは。さすがに私でも無理だしにゃ」
シリョーは快活に笑っていた。
「ていうかどんだけやり込んでんだ?」
スミスは開いた口が塞がらないと云った様子だ。
ちなみに意思疎通はしているけど僕以外のアバターは別フィールドの喫茶店でお茶の最中だ。
僕一人だけ高レベルクエストに挑んでいた。
フレンド登録すれば同じ場に居なくとも状況を共有できるのである。
ていうかこんなクエストに他の連中連れてきても即死するだけだろうけど。
一人の首を切り裂いてポリゴン崩壊させた後、周囲から襲ってくるワルキューレを疾駆で逃れ、正面の敵だけを討ち滅ぼしていく。
一々雑魚に構ってもしょうがない。
故に一点突破だ。
斬って斬って斬り滅ぼす。
血は流れない。
それが唯一僕を修羅から救っていた。
殺害ではあっても殺人ではない。
無論、現実世界で再現しようとも思っていない。
現実は現実。
ゲームはゲーム。
まぁたまにいるけどね。
現実とVRをごっちゃにして凶行に及ぶ人もさ。
幾人斬り滅ぼしたろう。
到達点にはオーディンが居た。
ボスキャラ。
曰く、全能神。
曰く、ルーンの大家。
曰く、スレイプニルを駆って伝説の槍グングニルを振るう者。
レベル七百台のクエストフィールドに相応しいボスキャラだ。
超過疾走システムの恩恵は十倍。
即ち僕と同等の速度だ。
フッとオーディンの残像が消える。
僕は背後へとグラムを振るっていた。
「……っ」
キィンと澄み切った音が鳴る。
グラムとグングニルの打ち鳴る音だ。
「速っ!」
コキアが驚愕する。
「まさか超過疾走最大値ですか?」
ミツナは今更なことを言う。
「だよだよ」
シリョーがコクコク頷いていた。
「変態だ~」
スミスは不本意なことを言ってのけた。
わからないじゃないけどね。
「しっ!」
僕は呼気一つ。
短刀グラムを合気の要領で動かしグングニルの威力を受け流すと、
「オンリーハートストライク!」
スキルを執行する。
グラムがオーディンの心臓に突き刺さり、ごっそりとヒットポイントを持っていく。
とはいえ一撃で死ぬほど生易しいボスキャラでもない。
神速の槍が振るわれる。
跳躍でそれを避ける。
助走もつけずに棒高跳びでもなく、十メートルほどの高みに身を置く。
「フォトンブレード!」
グラムに搭載されているスキルの一つを展開する。
射程十メートル。
そして僕はオーディンの頭上。
ザクザクとクリティカルポイントの一つである頭部を切り裂き蹂躙する。
「ギア……ッ!」
オーディンが猛る。
が、遅い。
「シィ……ッ!」
僕はズタズタに斬って斬って斬りまくる。
ヒットポイントがガリガリ削られて、
「これで終わりだ!」
最終接近によってフォトンブレードを解除したグラムで頭部から心臓にかけてを正中線をなぞる様に切り裂く。
「ギアアアアアアッ!」
怨嗟の叫びと共にオーディンはポリゴンの破片となって消え失せた。
「ふぅ……」
これにてミッションコンプリート。
色々とアイテムが手に入ったけどこれはジキル方面だろう。
僕が持っていてもしょうがない。