儚い夢の痕3
「きーじちゃん」
「お邪魔します」
二人分の乙女の声が聞こえてきた。
声から察するに二人とも可愛い。
嘘です。
声の主の美貌を承知しているため言える言の葉だ。
一人は秋子。
一人は夏美。
「早っ」
夏美の登場が。
まさか秋子と一緒にやってくるとは。
秋子の方は当然朝食を作りに来たのだろうけど、
「あれ? 雉ちゃん起きてるの?」
「まぁ夢見が良かったもので」
「悪かったじゃなくて?」
「色々あるんですよ」
秋子に言っても面倒くさくなるだけだから封殺。
沈黙は金だ。
「夏美までこの時間に登場するとは思わなかったけど……」
「…………駄目でしたか?」
拒絶を怯えるような夏美の瞳を覗き込んで、
「可愛い可愛い」
頭を撫でてやる。
「雉ちゃん! 私も!」
「雉ちゃん! 私も!」
「やっかましい」
幼馴染どもめ。
「あう……」
と夏美は純情に頬を朱に染めて恥ずかしがった。
閑話休題。
「朝食作って~」
「はーいはいはい」
さも当然と秋子はエプロンを纏った。
そして秋子と夏美がキッチンに立つ。
「…………」
……ん?
「夏美も朝食作ってくれるの?」
「はい。秋子ちゃんに教わりながら、ですけど」
「雉ちゃんの恋人になるなら家事万能にならないとやってけないよ?」
耳が痛いね。
あながち間違っているわけでもないけど、ホームヘルパー(昨今はロボットやアンドロイドが主流だ)を雇えば済む話なんだけど。
「よろしゅくおねぎゃいします秋子ちゃん」
どうやら師弟関係を築いたらしい。
良か事良か事。
そんなリリアンな関係の二人を見つめてダイニングで茶を飲む僕。
梅こぶ茶。
秋子が用意したものだ。
「雉ちゃん?」
「何でっしゃろ?」
「私の料理も食べてくれる?」
データ存在が何言ってんだって話だけど、出来ないわけではない。
調理と云う名の料理の設計図を作って量子変換すればデータ存在の料理も味わえる。
ただシステム的に完備されているため、どうしてもそこに手作りの温もりを加えることは出来ないのだ。
ので、
「却下」
一刀両断。
「私にも体があればなぁ」
まぁニューロンマップを人体に移植すれば体は持てるだろうけど……その場合『量子が量子で無くなってしまう』のだ。
おいそれと決断できることではない。
元より電子犯罪の検挙が第一義であるためフィジカルに身を置くことは厳禁なのだけど。
「私に良い考えがある」
こういう時の量子の思考は大抵ロクでもない。
「雉ちゃんは後始末が面倒だから私を抱かないんだよね?」
「ですね」
可愛いのは認めるし、美しく整った乳房とお尻の曲線には欲情するけど、
「電子世界でコトを致してどうする?」
って話でもある。
「だったら電子世界にダイブする前にコンドー……」
「稼働停止」
量子が全てを言い切る前に僕は投影機と連動スピーカーを止める。
結果として量子の我が家での活動が停止される。
「きーじーちゅあーん?」
秋子が僕をジト目で睨みやる。
その隣でせっせと包丁を繰っている夏美。
こっちは調理に没入してるため量子のたわ言を聞いていなかったらしい。
「僕のせいじゃないでしょ……」
睨みやる秋子に僕は肩をすくめてみせた。
「だいたい量子の言動は秋子だって知ってるだろうに……」
「そ~だけど~……」
ま、納得できるなら乙女じゃないよね。
夏美は夏美で、
「別段春雉を誘惑するのは構わない」
と公言しているため秋子と量子に遠慮は無い。
秋子にしろ量子にしろ背景があまりにあまりなため精神的に僕に依存するのはしょうがないことだとしても、乙女心パワーはその依存症を恋心と勘違いしている節がある。
その辺りの事情を知らない夏美は、
「想いや思い出の深さで私は秋子ちゃんと量子ちゃんには敵わない」
なんて一線引いてるけど、純粋に僕を好きでいてくれる人間と云うのはこれはこれで希少なのだ。
何も後ろ暗いことは無いはずなのである。
「ま、割り切るにも時間が要るか」
そう呟いて梅こぶ茶。
量コンにブレインユビキタスネットワークを通じて信号が来る。
「何で隔離するの!」
「邪魔だから」
主に量子のドアホな言動が。