儚い夢の痕2
「…………」
チュンチュンと雀が鳴く。
朝早く目を覚まして僕は茫然としていた。
何にって?
さっきまでの夢の内容に。
「懐かしいなぁ」
ぼんやりと呟いてみせる。
小学校の頃には既に、先の夢のようにいつも秋子が虐められて僕が慰める構図が完成していた。
春雉秋子結界の前段階。
結局それが秋子を追い詰めたんだけど。
「くあ……」
欠伸。
さすがにこんなに早く起きるのは例外だ。
今が夏季休暇中とはいえ秋子にたたき起こされるのが僕の習慣であるからに。
「にゃ~」
鳴きながら寝室を出てキッチンに向かう。
牛乳をコップに注いで一気飲み。
それから量コンを起動。
ブレインユビキタスネットワークに接続してニュースを見る。
今日の最高温度は三十九度。
……体温より高いのか。
外に出るのはやめておこう。
元からインドア派なんですけどね~。
虚しい。
欠伸をしながらリビングへ。
自動でクーラーが入り、僕はソファに寝っ転がる。
朝早く起きてもすることがない。
趣味が少ないのはこの際致命的だ。
かといって春雉と交換するわけにもいかず。
秋子が朝食を作りに来るだろうから、それまでは何とかして起きていなければ。
そんなことを思ってると、
「きーじちゃん!」
女の子の声が聞こえた。
僕を、
「雉ちゃん」
と呼ぶのは現在二人。
一人が秋子で、一人が、
「量子……」
である。
量子。
正式名称……大日本量子ちゃん。
電子アイドル(主に電子世界にて活躍するデータ上のアイドルの総称だ)の国内トップランカー。
元が国家プロジェクトであったため、ありとあらゆるネットメディアを席巻。
結果として日本国民のお茶の間(死語)に浸透してしまった。
黒髪ツインテールに茶目っ気たっぷりの瞳。
愛嬌のある顔に花弁の様な唇。
つまりミケランジェロでもこうはいかないという躍動的な美少女だ。
結果として億を超える支持者を持つのだけど、何故か(というと明らかに語弊だけど)僕に惚れている。
仕方ない事情があるんです。
「仕事は?」
「さっき終わらせたよ?」
「なんで水着姿?」
「夏だしね」
現実のプールでは泳げないくせに。
「ま、さっきまでグラビア撮影だったから」
あ。
そういうカラクリ。
「雉ちゃん?」
「何でしょう?」
「デートしよ?」
「君のファンに言ってあげなさいな」
「だから雉ちゃんに言ってる」
「…………」
まぁね。
たしかにファンの一人だけども。
「生憎今日は外出する予定はないよ。熱いからね」
「じゃあ電子デート!」
「秋子の準備する朝食を終えるまで待っててね」
「量子変換すればいいじゃん」
「秋子の機嫌も取らねば」
もはや秋子が僕に食事を提供するのはルーチンワークと云うよりレゾンデートルだ。
愛い奴愛い奴。
「それに夏美も遊びに来るだろうし」
「むぅ」
量子は一気に難しげな顔に。
「何か文句が?」
「まさかのイレギュラーだよ!」
「ラブストーリーは突然に」
ってね。
「私は側室でもいいよ?」
「夏美に袖にされたら考えてあげる」
「雉ちゃんが好きだよぅ!」
「知ってる」
「う~……」
「デートはしてあげるから機嫌直して」
「二人きり?」
「…………」
「何で目を逸らすのよぅ!」
「はっきり言葉で聞きたいの?」
「う……」
形勢逆転。
「とりあえず服を着用して。それが第一条件」
「にゃーっ!」
憤激しながら量子は明滅した。
パッと一瞬でカジュアルな服装に変わる。
……立体映像って便利ね。