儚い夢の痕1
「――――!」
「――――!」
「――――!」
囃し立てる声が聞こえてくる。
「――――!」
そして慟哭も。
子どもは異端に敏感だ。
例外であるということは、
「虐めてください」
と言っているようなもの。
別段関係ないのなら無視してかまわない案件である。
一々虐めを責めていたら、それだけで一生が潰えてしまう。
問題は、
「――――!」
泣いている子が僕の知り合いってだけ。
紺青秋子。
幼馴染だ。
男子に囲まれて口汚く罵られており、心を痛めて泣いている。
心的外傷は出血を伴わない。
心を傷つけられることで人生が歪んでも、それを裁判で有罪には出来ない。
だから虐めはタチが悪いのだ。
結局責任の所在を定められないため、ひどく個人的な話になる。
で、僕はその御守。
「はいはい」
蹲って泣いている秋子。
そを取り囲んで囃し立てる虐めっ子たち。
そこに割り込む。
「十分虐めたでしょ? 解散」
サクッと言ってのける。
ちなみに素面だ。
生まれた時からVRオタクであったため、精神的年齢が同学年の生徒より老いている僕である。
そりゃまネットの世界に片足突っ込んでいれば自然と精神も摩耗する。
だから冷静に秋子を助けることが出来るのだけど。
虐めっ子たちの意識がこっちに向けられる。
それを無視して僕はハンカチを泣いている秋子に差し出す。
「ほら」
「あう……」
泣き顔のまま僕を見て、
「雉ちゃん……っ」
また泣く。
差し出したハンカチは受け取ってもらえず。
仕方なく僕は自身で秋子の涙をぬぐう。
「また土井か!」
「紺青の夫!」
「そんに紺青が好きなのか?」
僕まで囃し立てられる。
「好きならどうかした?」
さも、
「不可思議」
と問う。
「変態!」
「褒め言葉と受け取っておこう」
蹲って泣いている秋子の頭を撫でながら気楽に言う。
「ほら。秋子も泣き止む。僕だけは味方だから」
「あう……雉ちゃん……」
ポロポロと秋子は涙を流す。
僕はそんな秋子を、
「よしよし」
正面から抱きしめて後頭部をさする。
「変態だ」
「変態だ変態だ」
囃し立てるも、
「君らも飽きないね」
全く痛痒を見せない僕に、
「ちっ」
と舌打ちして去っていく。
「うえええ……うえええええええ……っ」
「いい子いい子」
僕は優しく抱擁してあやす。
「雉ちゃんは……何で……?」
「何が?」
「何で……離れて……いかないの……?」
「あー……」
答え辛い質問だ。
穏便かつ秋子を傷つけないよう。
箸で生卵をつまむ様な塩梅が必要だ。
「秋子の事が大事だから……かな?」
「でも私は……」
「うん。わかってる」
「なら……!」
自虐しようとする秋子に、
「でも」
僕は言葉で塗りつぶす。
「秋子の味方になれるなら、あの程度の連中なんて敵でいい」
「私は……私は……」
「大丈夫。僕は味方だから」
「私が……雉ちゃんの足を……引っ張ってる……」
「それでもいいじゃないか。僕と秋子の仲でしょ?」
「雉ちゃんは……それでいいの?」
「むしろ何が悪いの?」
「あうう……あうううう……っ!」
「泣かない泣かない。いい子いい子」
泣きじゃくる秋子をあやす。
そんなのはいつもの事。
「私も……雉ちゃんが……好き……」
「そっか」
知ってるけどね。
「とりあえず泣きたいだけ泣いて。涙を全部こぼしたら……その後で優しくしてあげる」
皮肉のつもりで言ったんだけど、幼い秋子には通じないだろう。