届くあなたに贈る歌6
そして満漢全席を堪能した僕と夏美は以前にも縁のある庭園を縁側から眺めていた。
あの時は傷心中の夏美を慰めるために連れて来たのだけど今回は夏美からの提案だ。
「相も変わらず綺麗な景色ですね」
四季折々の花が咲く左右対称の庭園は言葉に出来ない美しさだ。
データ上のものとはいえシミュレーテッドリアリティと思えば有難さは目減りしない。
さて、
「で、何の用?」
僕は縁側に座っていて……そのすぐ隣に座っている夏美に声をかけた。
「ここですよね……」
何が?
「原点が」
はて?
「春雉はここで私を慰めてくれました」
「フォローしただけだよ」
「うん。だから嬉しかった」
「恐悦至極」
「私の苦しみを受け入れてくれた」
「まぁそんな場合もあるさ」
「私の不満を叩きつけても受け入れてくれた」
「まぁそんな案件もあるさ」
「私の不条理を受け入れてくれた」
「まぁそんな状況もあるさ」
「よっ……と」
夏美は縁側から庭園に降りた。
僕の視界の中でドレスを華やかせて夏美は庭園の中を踊る。
歌と共に。
「私の想いは一方通行で、口ずさむのは届かないあなたに贈る歌。さあクラシックを奏でよう。イッツソングオブトラジックラブ」
『届かないあなたに贈る歌』
大日本量子ちゃんのニューシングル。
それを口ずさみながら夏美は踊る。
風が吹く。
花弁が舞い散る。
無論プリマは夏美。
風に舞う花弁がそれを彩る。
「春雉?」
何でがしょ?
「春雉は優しいですね」
「そんな自覚はあらしまへんがなぁ」
ポリポリと人差し指で頬を掻く。
「春雉は私のことどう思っていますか?」
「可愛い女の子」
即答。
迷いも無く。
ま、迷う必要も無いのだけど。
「光栄ですね」
「ならよかったよ」
苦笑した。
夏美は花を摘んで僕に差し出す。
ハイビスカスだ。
受け取ろうとする僕の手を、
「……っ!」
当然のように掴んで自身へと引っ張る夏美。
そして、
「「…………」」
引っ張られた僕と夏美の唇がランデブー。
つまりキスをしていた。
一秒、二秒、三秒。
そしてキスは終わる。
「私の勝手だってわかっています」
夏美は悔恨の表情でそう言った。
「でも春雉には知っていてほしかった」
何を?
「私が春雉を好きだということを」
フラグ……立てちゃったか。
わかっていたことではある。
「ごめんなさい。困らせることを言ってしまって……」
「なんで僕が困るの?」
「だって春雉は秋子ちゃんと良い仲でしょう? 少なくとも秋子ちゃんの方からは」
「ああ。それで二の足を。馬鹿だなぁ」
簡潔に納得する。
「え?」
夏美はポカンとした。
「だって春雉と秋子ちゃんはいつも一緒にいるし。ご飯だって秋子ちゃんが作ってるんでしょ?」
前にも言った気がするけど、だからって男女交際しているかは別問題だと思ふ。
「じゃあ春雉にとって秋子ちゃんって何?」
「都合の良い幼馴染」
「本当に付き合っていないの?」
「さっきそう言うた」
そして受け取ったハイビスカスを夏美の髪に沿えると、腕を掴んで引き寄せ、僕はギュッと夏美を抱き締めた。
「両想いだね。嬉しいよ」
「だって……秋子ちゃんに量子ちゃんが……」
「僕は夏美が好きなんだ。届くあなたに贈る歌……だね」
「嘘……っ」
僕は抱きしめた夏美にキスをした。
それもディープな奴を。
夏美は唖然とする。
「春雉は……私が好き……?」
「そう言ったよ」
「秋子ちゃんでも量子ちゃんでもなく……?」
「そう言ったよ」
「でも私は……まな板でペチャパイでペッタンコでスットントンで……」
「胸に貴賤は無いよ」
「私は春雉を好きでいいの?」
「少なくとも僕は夏美が好きだ」
「いつ好きになったの?」
「君の瞳から透き通った涙がこぼれた時」
「でも……そしたら今度は秋子ちゃんが泣くよ?」
秋子を異性と捉えることは僕には難しかったりして。
そう云うと今度は夏美がキスをしてきた。
「夢みたい……っ!」
こっちのセリフだ。