届くあなたに贈る歌3
「いいよいいよ~。髪かき上げて~。うん。いい感じ。笑って笑って」
カメラマンさんが的確に指示を出して被写体がそれに応える。
健全さと際どさがヒフティヒフティの水着を被写体は着ている。
ぶっちゃけビキニ。
時間は昼。
場所はハワイ。
ただしグラビア撮影のため今ここにいるのはスタッフさんたちとマネージャーと僕と秋子と被写体だけ。
だいたい予想はつくだろうけど被写体は大日本量子ちゃんです、はい。
セブンスガールという若者向け雑誌の巻頭グラビアに量子が選ばれた、とそういうわけ。
ちなみに量子が仮想体である以上、今僕たちがいるハワイは厳密に言わなくともハワイではない。
セカンドアースのハワイなら量子も行けるけど、この時期のセカンドアースのハワイは地球人類の多くが集まるためグラビア撮影には向いていない。
じゃあ何処かと云えばハワイとは名ばかりの日本のとあるサーバに新規に構築された疑似ハワイである。
僕ら関係者以外だーれもいない。
正確には僕と秋子は関係者とは少しずれるのだけど。
そんなわけで、
「ハワイで仕事することになったから仕事終わったら一緒に遊ぼ?」
と僕と秋子はゲストとして呼ばれ、疑似太陽がさんさんじりじりと肌を焼く中、波に揺られていた。
僕は水に浮かぶマットの上で『人間失格』を読んでいた。
ちなみに水着は無難な短パンもの。
柄はハワイらしい目に痛い配色だ。
秋子は花柄ビキニ、パレオ付き。
豊満な乳房が強調されてやまないけど仮想現実であるためこの程度はどうとでもなる。
とは言っても現実の秋子もアバターに負けず劣らず大きいんですけど。
ご褒美ですね。
誰にとってとは、そりゃ言わずもがな。
「雉ちゃん」
リング状の浮き輪を腰のあたりに巻いてバタ足で僕に迫ってくる秋子。
「泳ごうよ」
「めんどい」
快刀乱麻。
いや、一刀両断が正確か。
「なんのためにハワイに来たの?」
「泳ぐためでないのは確かだね」
そもそも論で語るならハワイですらない。
疑似ハワイだ。
サーバは日本国内に有るし設計したのも日本人のエンジニア。
さらにツッコめば車が車道の左側を走っている。
無念。
「一緒に遊ぼうよ~」
「泳ぐの苦手なんです」
「溺れても死なないじゃん」
そう云う問題でしょうか。
言ってることの正当性はわかるけど。
「私が泳ぎ方教えてあげる」
「いや、水に顔を付けるくらいは出来ますよ?」
「そこから!?」
「冗談」
ペラリと『人間失格』のページをめくる。
「クロールは苦手だけど平泳ぎなら二十五メートルくらい完泳出来ます」
「だよね」
「問題はソレに体力が追いつかないことだね」
もやしっ子の宿業だ。
「だからこそ此処でならいっぱい泳げるでしょ?」
「さもあらばあれ」
しょうがないなぁ。
「では」
僕は『人間失格』をフェードアウトさせ水中に身を置いた。
ちなみに量子は汀で波と戯れながらカメラのフラッシュを一身に浴びている。
元より体つきが良いため水着が映えると云うものだ。
「きーじーちゃん?」
「何でっしゃろ?」
「量子ちゃんのこと見てた」
「それが何か?」
「私の水着の感想を聞いてない」
「似合ってるよ」
即答。
「そう?」
紅潮する秋子。
誠意なく言ったつもりだけど満更でもないらしい。
「雉ちゃんもかっこいいよ?」
「まぁアバターですけん」
白髪赤眼のアルビノ。
さらに中肉中背の細マッチョ。
いいでしょ。
仮想空間でくらい見栄はっても。
現実と比べてしまって時折悲しくはなるけども。
「スキューバダイビングしようよ!」
「まぁ良かですばってん」
そんなわけで(電子世界ではあれども)スキューバを背負って僕と秋子は水中探検をすることにした。
現実世界とは違い水中でも意思疎通が出来るためコンタクトには事欠かない。
色とりどりの魚たちを追いかけたりサンゴを観賞したり。
こういうところはハワイらしい。
スキューバの酸素供給は無尽蔵であるため幾らでも水中に潜っていられる。
こういう時電子世界は便利だ。
「雉ちゃん雉ちゃん」
「あいあい」
「サンゴ持って帰れないかな?」
データ上のサンゴの何に価値を見出したの?
言ってやらないけど。
ちなみにサンゴって虫でありながら二酸化炭素を吸収するらしいですね。
何でも現状サンゴの保有する全二酸化炭素を地上に開放すれば地球温暖化が急加速する程度には。
まぁまたそもそも論になるけど地球温暖化はプロパガンダに過ぎないんですけども。