ライブラブ3
さてさて……夏も深まるこの季節。
今日は量子のライブの日だ。
「…………」
コーヒーを飲む。
正確にはデータだからカフェインは入ってないけどね。
ここはセカンドアース。
その天空舞台のすぐそばにある喫茶店。
とは言っても大気圏外に設置された大型イベントドームたる天空舞台の『すぐそば』では語弊がある。
正確には天空舞台に通じる宇宙エレベータ一階の傍に形成されている繁華街の一つである喫茶店だ。
当然今日のセカンドアースの天空舞台で大日本量子ちゃんが十万単位の観客の湧くライブを行なうため、宇宙エレベータを中心に形成されている繁華街はいつもより活気が十割増し。
浮ついた空気は否めない。
「そこまで有難がるものか」
とも思うけど、きっと持っている人間の傲慢なのだろう。
大罪の一つだ。
「…………」
ぴらぴらとしたチケットを取り出して見つめる。
特等席のチケット。
オークションに出せばちょっとした値がつくだろう。
売らないけどさ。
「雉ちゃん。まだ行かなくていいの?」
「呼び出しはかかってないなぁ……」
コーヒーを飲む。
そしてぼんやりと言った。
「量子ちゃんのライブですかぁ……」
うっとりと夏美。
あ。
有難がってるねこの人。
「あの量子ちゃんと近しくなれるなんて……」
僕は秋子に視線をやる。
目が合うと僕と秋子は苦笑してしまった。
僕らにとって量子はとても近しい存在だ。
なんと言えばいいだろう?
アイドルではあるんだけど気の置けない存在と云うか。
身近に感じる存在と云うか。
この感覚は言葉に出来ない。
だから説明のしようもない。
まぁネームバリューはアンバランスに大きいから萎縮することなくありのままを捉える僕や秋子が異端なんだけど。
「夏美ちゃんは量子ちゃんのライブは初めて?」
「はい」
コックリ。
「動画サイトなんかで断片的に見ることはありましたけど生は初めてです」
「…………」
はたして電子世界のセカンドアースに生と云う概念はあるのでしょうか?
言っても詮無いけど。
ライブが始まるまで後半日と云ったところ。
別にこんなに早くログインしなくてもいいんだけど、活気に満ちた繁華街を夏美に見せてやりたくてこうやって茶をしばいているというわけ。
とピロリンと電子音が鳴る。
視界モニタにメッセージが送られてくる。
内容はこうだ。
「最終メンテナンスをお願いします」
堅苦しいのに素っ気ない言葉で綴られていた。
「…………」
コーヒーを飲みながら意識でイメージコンソールを動かして状況を把握する。
「来た」
僕が言う。
「ですか」
秋子が納得する。
「?」
夏美が首を傾げる。
答えてあげる義理は無い。
どうせ僕が飛んだ後で秋子が仔細を話してくれるだろう。
というわけでリンク先に飛ぶ。
隔離スペース。
所謂一つの楽屋。
「雉ちゃーん!」
抱き付こうとした量子をハラスメント防止機能で拒絶する。
「なんでよう!」
こっちのセリフだ。
「はい。リンク開始」
「うー……!」
量子は不満そうだ。
ブラックセミロングツインテールが不満に揺れる。
黒い瞳が不実に抗議する。
知ったこっちゃござんせんが。
イメージコンソールをポップ。
この場合はキーボードだ。
機械言語で量子の調整を行なう。
楽屋にいるのは僕と量子だけではない。
国家プロジェクトということもあって多くのスタッフが集まっている。
それでも最終調整を僕に委任するんだから何だかな。
それがウィータの宿業なのだろうけどさ。
二時間ほど量子を弄っただろうか。
タンとエンターキーを押して調整を終える。
「はい。問題はありません」
「毎度感謝の念に絶えません」
「これもビジネスですから必要以上に気にすることはありませんよ」
苦笑してしまう。
完全なゴーストを持つ量子を最終調整できるのが僕だけなんだからしょうがないと言えばその通りなんだけど。
「雉ちゃん!?」
「何でがしょ?」
「盛り上がってね?」
「そっちの能力次第でね」
嘯く僕。
これくらいの意地悪は想定内だろう。
僕にしろ量子にしろ。