第三話
店から逃げるように走り続けて、元々体力のない私の息が切れ始めたころ、森の終わりを告げる道路が見えてきた。相変わらず人気はない。夏の日差しに晒されたアスファルトが熱を持ってめらめらと揺れている。
「…え?」
突然、体が宙に浮いたような感じがした。
エレベーターが下に向かう時のような。重力が無くなるような、ちょっと怖い瞬間のそれだ。
私の足元には黒い穴がぽっかりと開いていて、私が落ちていると理解した頃には既にその穴に吸い込まれていた。
どのくらい落ちていたのだろう、気がつくと暗くて不気味なところにいた。さっきまで森にいたはずなのに、草木がほとんど無い乾いた地面にうつ伏せに寝そべっていた。身を起こし、土埃を払ってから辺りを見回す。周りには誰もおらず、季節のものとはまた違う生暖かい風が頬を撫でた。
見上げた曇天は真っ赤で真っ暗で、今にも落ちてきそうだ。月も太陽も無いので昼か夜かも分からない。
近くに木製の立て看板を見つけた。駆け寄って見てみると、私でも読める文字で「黄泉」とだけ書かれていた。
ここが妖怪みんなの故郷? それなら、今まで出会った妖怪の誰かが帰ってきてるかもしれない。そう思って、というか信じて少し歩くと、1本の桃の木を見つけた。ふと、昨日食べたタルトを思い出して3つばかりもいだ。帰ったらお詫びも兼ねてみんなに食べてもらおう。ここの食べ物ならみんなも喜んでくれるかな。
帰れるかどうかについては考えないことにした。
さらに行くと、遠くの方に明かりがぼうっと見えた。オレンジ色の暖かそうな光がいくつも並んでいた。
その明かりに誘われるように進むと、小さな市場のようなものが見えた。肉や野菜、果物などの様々な食材の並んだ店々から怒鳴るような売り文句が聞こえる。
見慣れた食材が並んでいる商品の中に、脈打つ林檎や紫色のステーキ肉のような、見たことのないものが紛れている。一口でも食べたらお腹をおかしくしそうだ。なんでこれを売ろうと思ったんだろうかと首を傾げていたら、四肢の長い真っ赤な巨人が棚ごと買い占めて行った。
「あら? そこにいるのはもしかして…棗ちゃん?」
露店を遠巻きに眺めていたら声をかけられた。後ろを振り返ると買い物籠を腕に下げたリュアさんだった。つばの広い帽子を軽く持ち上げて私を見ていた。
「どうしてここに…って、ちょっと場所を変えたほうがよさそうね。」
リュアさんの視線に釣られて市場の方を見ると、市場にいた人たち、肌の色どころの話じゃない、骨格から異なる異形な人たちが涎を垂らしてこちらを見ている。
「あれは…人間?」「人間だな。」「ウマソウ…」
言語なのか判断がつかない騒めきの中でそんな声が聞こえた。神経を舌で嘗め回されるような不快な声だった。獲物として認識されていたと知って途端に背筋が凍る。
「走るわよ!」
リュアさんは周囲からの異様な視線に硬直していた私の手を取り駆け出した。桃が転げ落ちないように、潰れないようにしっかりと支えながら懸命についていく。
「久々の生の人間…よこせ!」
後ろからは恐ろしい声で何か叫んでいるのが聞こえてくる。振り返るのは体が拒否していた。
「ごめんなさいね、この子は私のお友達なの。」
ロングスカートをたくし上げ、涼しい顔で言い放つリュアさん。化け物は聞いているのかいないのか、地面を強く蹴る足音だけが聞こえていた。
脇道をどんどん進んで小さな洞窟を見つけ、2人でそれに入った。岩盤で入口を塞ぎ、追手の様子を確認する隙間を開けた。
目の前を妖怪とは何かが違う異形達が通り過ぎていく。
「ここならしばらくは安全なはずよ。」
リュアさんの号令に安心したのか、体からどっと力が抜ける。思わず抱えていた桃を抱きしめた。
「さてと、ここまでの経緯を聞こうかしら。」
「ええっと…学校の帰りにお店に行ったらリュアさんの買い物メモが落ちてるのに気が付いて、届けようと思って町に向かってたんです。そしたら森を抜ける手前で穴が開いて、気が付いたらここにいました。看板に黄泉って書いてあったから会ったことのある妖怪がいないかと思って探していたら明かりが見えて…」
「それであそこにいたのね。」
最後に残った浅い呼吸を一飲みし、こくんと頷いて買い物メモを手渡した。
「買うものは頭に入っていたから、そこまで大事なものじゃなかったのだけれどね。でも、ありがとう。棗ちゃんの気持ちが嬉しいわ。」
リュアさんのほころんだ顔に安堵し余裕が出来たのか、頭の隅に追いやっていた焦りと疑問が溢れだした。
「私が落ちた黒い穴はなんだったんですか? あの妖怪とは何かが違う化け物は一体? どうして私を追いかけて来るんですか? それから…元の場所に帰れるんですか?」
「あらあら、そんなにいっぺんに聞かれたらお姉さん困っちゃうわ。」
「茶化さないでください!」
「まぁまぁ、少し落ち着きなさいな。」
そう言ってリュアさんは私の口に飴玉を放り込んだ。ミルクキャンディの濃厚な甘さが口いっぱいに広がる。
「どう? 落ち着いた? この飴にはね、焦りを和らげる効果があるの。」
確かにちょっと冷静になれた気がする。
「あの穴はここと他の世界同士を繋ぐもので、さっきから追いかけて来るのはね、ぬらちゃん達と同じ魔族…魔物とも呼ばれる存在よ。ただ…妖怪達と違って好物がヒトの肉なの。」
だからさっきウマソウって…
「それと、妖怪を探していたって言っていたけれど、ここに妖怪はいないわ。」
「え?」
「妖怪っていうのはね、こちらの世界の子達と合わなくて私達の世界に来た子達なんですって。でも、この世界…ヘリヤを完全に捨てられなくて、私に出会うまで何も口にしていなかったそうよ。例え世界が腐ってもヘリヤの神様に誓った忠義は絶対って、そう言っていたわね。」
「その神様の名前って…もしかしてヨミ、様?」
リュアさんの目が見開かれて丸くなる。まずいことを言ってしまったのか間違っていたのかな…
「よく知ってるわね棗ちゃん! ぬらちゃんから何か聞いていたの?」
かぶりを振ってお店での出来事を思い出す。
「お店に行ったときにみんなが話し合っていて、邪魔しちゃ悪いかなと思ってドア越しに聞いちゃったんです。そしたら勝利がどうとか結論がどうとかって…その時に何回かヨミ様って聞こえたんです。」
「なるほど…ぬらちゃんまだ悩んでたのねぇ…」
「みんなは、何の話をしていたんですか?」
私も原因の一端な気がしてならない。みんなの迷惑になっているならそう言って欲しかった。
「そうねえ、どう説明したら良いのかしら…」
リュアさんは眉毛をハの字にして微笑む。
「あの、言いたくないことなら無理にとは…」
「ふふ、大丈夫よ。ぬらちゃん達はね、私達の世界『グローリア』と彼らの故郷『ヘリヤ』のどちらの味方になるかでずっと悩んでいるのよ。」
話の要領がつかめない。何も言わずに首を傾げた。
「今ね、ヘリヤのヨミ様は五柱の神様の星を侵略しようと戦争を仕掛けてるの。」
「戦争?」
「戦争といっても武力をぶつけあうものだけじゃなくてね、向こうがこちらの戦意を削ぐか、こちらがヨミ様の出した条件を達成するかで勝敗が決まるの。」
「なんでそんな面倒なことを…」
「勝とうが負けようが慌てふためく私達が見たいんですって。うふふ、悪趣味よねぇ。」
確かに趣味が悪い、というか最悪だ。戦争を仕掛けておいて勝ち負けに興味が無いなんて意味がわからない。
「あれ、私たちが勝つ条件って何ですか?」
「ヨミ様が配下の子達に渡した『証』3つのうち2つをどうにかして壊すこと。ぬらちゃんがその話をしていた時、このくらいのペンダントを持っていなかった?」
そう言って両手の人差し指で小さなひし形をなぞった。きっと骨ばった手に握られていた赤い宝石のことだろう。頭を上下に振って肯定する。
「それじゃあ、ぬらりひょんさんは私たちの敵ってことですか?」
「まだ、敵ではないわ。というのも証を受け取ったもののどう動くべきか、ぬらちゃんが悩んでるみたいでねぇ…」
「えっと、どこに悩む必要があるんですか…?」
ヨミ様が大切ならヘリヤ側につくのが自然だと思う。私達の世界がただの避難場所なら尚のこと。
「棗ちゃんもそう思う? ぬらちゃん達ったらね、グローリアで長く暮らしすぎちゃって愛着が湧いちゃったんですって。天ちゃんは今のうちに他の悪魔達に認めてもらって、いつかヘリヤに帰ることになった時に皆が肩身の狭い思いをしないように名誉が欲しいみたいだけれどね。」
堪えきれず、くすくすと笑うリュアさん。何がそんなにおかしいのか分からずまたまた首を傾げたが、しゃがんだ状態で腹を抱えて笑う魔女さんは何も答えなかった。
「さてと、ここから出る方法だけれどね。」
けろっと声音を変えて、リュアさんが買い物籠を漁りだした。1枚の地図が目の前に広げられる。
「今ここにいて、この坂を登ると大きな岩で塞がれたところに出るの。そこまで魔物に見つからなければ無事に脱出できるわ。」
地図の真ん中あたり、左上を順に指していく。岩に塞がれた場所に出てどうするつもりなのだろう? 岩の大きさにもよるけどこじ開けるのかな。
「魔物に見つかるとどうなるんですか?」
「最悪の場合、一緒に出てきちゃうわね。1人出るとなだれ込んで来ちゃうから、みーんな魔物に食べられちゃうかもね。」
リュアさんは冗談っぽく言っているが、きっと事実なのだろう。出た後で食われてしまうなんてまっぴらごめんだ。
「この辺り一帯は既に魔物が棗ちゃんのことを探しているから見つからずにここを出るのは難しいでしょうけれどね。何かいい方法は無いかしら…って棗ちゃん、その桃は?」
私が抱えていた桃を指差した。今の今まで気が付かなかったなんて、リュアさんもそれなりに動揺していたのだろうか。
「さっきの市場に行く途中に実ってて、みんなに食べてもらいたいなって思って、いくつかいただいて来たんです。」
「なるほどねぇ…その桃があればなんとか帰れるわ。」
「え?」
「申し訳ないけれどちょっとその桃、お姉さんに戴ける?」
生きて帰れるならわがままは言えない、ちょっと迷ったけど渡すことにした。リュアさんは桃を3つとも受け取ると、そっと籠の中に入れた。
「それじゃあ、行きましょうか。」
「でもまだ魔物が…」
私が言い終える前にリュアさんは岩盤に手をかけて開け放ってしまっていた。不安が顔に出ていたのだろうか、振り返ったリュアさんが籠を下げた右手を差し出す。
「お姉さんの手をちゃーんと握っていれば大丈夫よ。」
誘われるままに右手で握り、2人同時に勢いよく駆け出した。少し経って、私達の足音に気付いた魔物が追いかけてくる。四肢の妙に長い黄土色の巨体がどんどん大きくなって、後続の黒くて角の生えた西洋の悪魔みたいな見た目の魔物も一心不乱に私を追っている。運動不足だから脂肪だらけなので食べてもおいしくないですよ、なんて伝えて去ってくれれば楽なのに。
「リュアさん! どうしよう追いつかれそう!」
リュアさんは私の声が聞こえているのかいないのか、何も言わず前を見据えて走り続けた。
1匹の魔物の手が私の足に触れる。掴むまではいかなかったものの、ザラリとした皮膚の感触にぞっとした。
掴まれていた腕をさらに強く引かれ、思わず倒れこむ。慌てて顔を上げるとリュアさんが坂の真ん中辺りで敵を見据えていて、買い物籠に左手を突っ込んでいた。籠から桃を取り出して掲げると、目の前で魔物の足がピタリと止まった。不謹慎だけど昨日の『だるまさんがころんだ』みたいだ。
ふいに掲げていた桃を魔物めがけて投げつけた。果汁を撒き散らしながら黄土色の魔物の顔に当たり、そのまま後ろに倒れた。どしん、というやけに派手な音が辺りに響く。近くにいた魔物が慌てふためいて逃げ出した。続いて2つ、3つと残っていた魔物に向かって投げると、倒れた魔物を残して敵はいつしかいなくなっていた。
「これでよし、逃げましょう。」
呆然としていた私に手を差し伸べて立つように促した。
坂を必死で登ると大岩が見えた。私の背丈の倍はあって、とても人の手で動かせる大きさではない。
「リュアさん、行き止まりじゃ…」
「大丈夫よ、私を信じて。」
リュアさんはスピードを緩めることなく、というか速度を上げて大岩に突っ込んだ。
大岩が徐々に近づいてくる。私は怖くなって思わず目を瞑った。
「…ちゃん、棗ちゃん。」
気が付くと、森の中に立っていた。ぎっしりと生えた木々の隙間から僅かに木漏れ日の差す。頬を撫でる風は生暖かくも生臭くもない。うんざりするような暑さに爽やかさを運んでくれる、いつもの夏風だった。後ろには白い垂の下がったしめ縄が巻かれた、小ぶりの岩がこれまた小さな穴を塞いでいた。まさかここから出てきたなんてことは…
「棗ちゃん、聞いてる?」
「あっ、はい!」
「お姉さん何回も呼んだのに…なかなか返事が返ってこないから寂しかったわ。」
口をへの字に曲げておどけて見せるリュアさん。なんてね、と弧を描く紅の引かれた口元を見て、無事に帰って来られたのだと解釈して胸をなでおろした。
「さてと、そろそろお店に帰りましょうか。棗ちゃん動ける?」
「大丈…あっ、桃…」
魔物を撃退するのに役立った果実のことが脳裏によぎった。同時に皆に謝罪の気持ちを込めて渡そうとしていたこと、なんだか気まずくなって妖怪のみんなを避けるようにお店を出たことも思い出してしまった。
「帰ったところで皆にどんな顔をして会えばいいのかわからない、そんなところかしら?」
今の気持ちを的確に言い当てられ目を丸くする。皆が重い話をしていたことしか言っていないはず。動揺する私を見て、リュアさんは口元に手を当てて小さく笑った。これまで何度も見た上品な仕草だ。
「ふふっ、棗ちゃん忘れたの? お姉さんは魔女、それも感情を味わえる魔女なのよ?」
感情を味わえる、というのは初耳だ。リュアさんは何が言いたいのだろうか。
「それにね、実はあの桃」
近くの茂みがガサガサを音を立てて揺れる。追手が来てしまったのかと思い、リュアさんの後ろに隠れると、出てきたのは昨日一緒に遊んだ唐傘小僧と一つ目小僧だった。つぶらな3つの瞳がぱちくりする。
「おねーちゃんだ!」
「ぬらりひょんのじっちゃん!」
「なつめおねーちゃんいたよ!」
「リュアも一緒!」
2人が交互に叫ぶと、森のあちらこちらからドタドタと足音が聞こえてきた。思わず肩を上げて縮こまっていると、大天狗さんに担がれたぬらりひょんさんが空から降ってきた。両腕で支える間もなく、どしんと一つ、大きな音を立てて尻もちをついた。
「もう少し丁寧に下ろせんのか…っと、いやいやそんなことを言っている場合ではないか。」
「棗さん、大丈夫ですか? 気配が消えたのでもしやヘリヤに落ちてしまったのかと…」
「ぐぬぬ…天狗め、ワシが先に言おうと思っておったのに…」
「あらあら、急に賑やかになっちゃって。皆で棗ちゃんのことを探していたの?」
「うん!」
「ここら辺とヘリヤに分かれて探してたんだ!」
「そう…うふふ、入れ違いになっちゃったのかしらね。」
「まさか、本当にヘリヤに…?」
大天狗さんに向かって頷くと、続々と集まってきていた妖怪のみんなが怪我はないか、どこか痛むところはないかと矢継ぎ早に聞いてくる。
「そんなに聞いたら棗ちゃんも困っちゃうじゃない。それに、こんなところ誰かに見つかったら面倒なことになるわよ? ひとまずお店に戻りましょ?」
リュアさんの一言を皮切りに、私はみんなに胴上げの要領で担がれ、お店に運ばれた。あまりの恥ずかしさに何度も歩けるから大丈夫だと訴えたが、気づかないうちにどこか悪くしているかもしれないからと、誰も取り合ってくれなかった。
ぬらりひょんさんに命じられてヘリヤに向かった大天狗さんが、仲間を連れてお店に戻ってきた。リュアさんが氷入りのグラスを全員に渡し、皆にハーブティーを注いで回った。薄い黄緑色の液体はじわじわと氷を溶かしている。一口飲むと爽やかな香りが鼻を抜けていった。
「それでね、棗ちゃんが持っていた桃でなんとか切り抜けられたの。」
リュアさんはこれまでの出来事をみんなに話していた。
「桃、ですか。」
「ええ、なんでも皆に食べてもらいたくてヘリヤでもいだそうよ。そうそう棗ちゃん、さっき言いかけていたことなんだけれどね。」
急にこちらを振り向くリュアさん。私は子供達とのあやとりを中断して顔を上げた。
「あの桃はね、大昔にヘリヤの人間が植えた退魔の桃なのよ。」
退魔の桃。その名の通り魔物を撃退するために存在するものだという。人が食べる分には何の支障も無いが、魔物は触れるだけで気絶し、一口でも口にすれば死んだ方がましだと思えるくらい苦しむのだそう。
「桃の木の近くに誰もいなかったでしょう?あの辺りは事故防止になるべく立ち入らないようにって決まっているのよ。」
そんなものをみんなに食べてもらうとしていたのだ。取り返しのつかないことにならなくて本当に良かった。
「わ、私なんてことを…」
「知らなかったのなら仕方ありません。むしろそのお陰で帰って来られたのですから、運がよかったと喜ぶべきです。でしょう?」
大天狗さんが投げた問いは宙に浮かんで消えた。というのも、聞かれた側のぬらりひょんさんがテーブルに置いたグラスを眺めたまま動かないのだ。
「ぬらちゃん?」
「ああ悪い。ちと考え事をな…」
こちらに顔を向けたぬらりひょんさんは、頬のしわを緩く持ち上げた。
「何にせよ、棗ちゃんが無事で本当に良かった。」
「まったくです。」
「して、リュアちゃんよ。」
「はーい?」
突然声音が固くなった。みんなが話し合っていた時のそれとはまた違っていた。口元は緩んだままだったが、目は笑っていない。テーブルの脇に立ってリュアさんをまっすぐ見つめた。
「桃の話を聞いていたら食べたくなってな、出してもらえんかの?」
「ちょっと待っててね、ヘリヤのものは残ってたかしら…?」
「いや、ワシが食べたいのは故郷のものではない。」
ハッとした妖たちが目を丸くしてぬらりひょんさんを見る。真意に気づいた私とリュアさんも同じ動きをした。
「ここの桃が食べたいんじゃよ。」
いつも通りの清々しい笑顔と共にケロリと放たれたそれは、故郷を捨てる選択だった。
次回、最終話です。