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第一話

2017/5/27ちょっと修正、文自体には手を加えてません。

 郊外の森は妖怪が出るとか神隠しが起きるとか、その手の噂には事欠かない。

 そんな森に佇む小さなレストラン。

 街のお年寄りですら、いつからそこにあるのか知らないという、そんなお店はいつしか物好きの通う隠れた名店となっているとか。

 店主は女の人で、いつ訪れても変わらない美しさから、実は魔女なのではないかと噂されている。


 これはそんな不思議なレストランと妖怪の見える高校生、笠原(なつめ)の話だ。


ー7月某日ー

 今年の春から私立優豆(ゆうとう)高等学校に通い始め3ヶ月たった。

 私は夏休み直前で浮かれるクラスメイトの女子達と炎天下の街を下校していた。

 人気の少ない一本道を、みんなの後ろから遠くを眺めて歩いていたとき、道路の端に枯れ草色の着物を着た、妙に後頭部の大きいおじいさんが地面に突っ伏しているのが見えた。

 みんなの足が、おじいさんの背中をすり抜ける。おじいさんが小さくうめいたような気がした。

「ごめん! 忘れ物しちゃったみたいだから先に帰ってて。」

 私はまた明日ね、と手を振りみんなの姿が見えなくなったのを確認すると、目の前のおじいさんに声をかけた。

「あの、大丈夫…ですか?」

「う、うーん…?」

 おじいさんはわずかに顔を上げた。

「お前さん、このワシが見えとるのか?」

 私がうなずくのを見るとさらに続ける。

「情けない話、ちと熱中症になったようでの…」

「大変! すぐに冷やすものとお水とか持ってこなきゃ!」

 慌てて立ち上がると、おじいさんは私の足首をつかんだ。冷たくて気持ちいい。

「その必要はない。代わりといってはなんじゃが、ちとここに正座してくれんか?道路はワシの近くならそんなに熱くないはずじゃ。」

 私がおとなしく従うとおじいさんは素早くその頭を私の太ももに乗せてきた。

「あー極楽極楽、おかげで少し症状が和らいだ気が…」

 直後に棒状の何かがおじいさんの側頭部にクリティカルヒットした。おじいさんの体が真横に吹き飛ぶ。

「やっと見つけたと思ったら、なにセクハラしてるんですかこの変態爺! ヨミ様に報告しますよ。」

 今度は空から鼻の長い、カラスの翼の生えた大男が現れた。大男は投げつけた錫杖を拾いながらおじいさんを怒鳴りつける。

「なぁに、そこの娘っこが倒れとたワシを心配してくれてな、ちーーっとばかり看病してもらおうとしただけじゃよ。お上に伝えるようなことは何もしとらん。」

「それがおかしいんですよ…ミス・リュアから頂いてきた水です。」

 大男は竹で出来た水筒をおじいさんに手渡す。おじいさんが水を飲んだのを確認すると、正座したまま唖然としていた私を見下ろした。

「あなたもあなたでどうして警戒しないんですか! 自分で言うのもなんですが、我々が見える方なら我々に従えば、どんな危険があるのか容易に想像がつくでしょうに…」

「だ、だってそこのおじいさんが辛そうで…なんだか放っておけなかったんです!」

「お嬢ちゃんはええ子じゃのう。」

 水を飲んでだいぶ回復したのか、おじいさんは立ち上がり私の頭を撫でた。

「実際このお嬢ちゃんが声をかけてくれなかったら本当に干からびておったかもしれん。というわけでお礼がしたいのじゃが、これから時間はあるかの?」

「そうですね。こんな爺でも一応我々(あやかし)の長。それを救ったとなれば相応の礼を尽くさねばなりませんね。」

 大男は立てますか?と聞きながら私に手を貸してくれた。

「そんな、お礼だなんて。私はおじいさんが無事ならそれで…」

 おじいさんは小さく舌打ちをしながら人差し指を振った。

「ちっちっち、こういう誘いを若いもんは断っちゃいかんよ。なぁに、ちと飯でもご馳走しようってだけじゃ。ヒトもたまに訪れるところじゃから安心せい。」

 私はおじいさんの屈託のない笑みに惹かれて2人についていくことを決めたのだった。


「ところでご飯ってどこに行くんですか?」

「それはですね…」

「着いてからのお楽しみじゃよ。その方が面白いじゃろう?」

 先導していたおじいさんは大男の言葉を遮り、振り返っていたずらっぽく笑った。

「そうそう、まだ名乗っておらんかったの。ワシはぬらりひょん、隣のでかいのは、なんとなく気付いておるじゃろうが大天狗じゃ。ヒトのような名前は無いから好きに呼んでくれて構わんよ。」

 ぬらりひょんに大天狗…なんて呼ぼうかな。

「して、お嬢ちゃんの名前は?」

「笠原棗です。」

「棗ちゃんかぁ! どうりで肌が瑞々し…」

「それ以上言ったら殴りますよ。棗さんに失礼でしょう。」

「言う前に殴っとるじゃろう…大天狗よ、お年寄りは大事にするもんじゃよ…」

 ぬらりひょんさんは叩かれた後頭部をさすった。

「生まれ年は同じなんですから関係ないでしょう。」

「えっ、大天狗さんとぬらりひょんさんって同い年なんですか? 私てっきりぬらりひょんさんの方が年上なのかと…」

「見た目だけじゃと大天狗は若いからのう。こう見えても、お互い何千年も生きておるんじゃよ。共に行動するようになったのはここ数百年かのう。」

「だからそんなに仲良しなんですね。」

「それは違いますよ、ただの腐れ縁です。誰が好き好んでこんな空き巣と共に生活するんですか。」

「失礼な! 雨風をしのぐために、ちと軒下を借りたりはしても物は盗まんわ!」

 そんな雑談をしながら歩いていたら、周囲は木々に囲まれていた。

 さらに歩くとひらけたところに白い洋館が見えた。玄関ポーチの前には黒い立て看板があり、

『レストラン・ロジーナ

この世とあの世の食べ物を両方取り揃えております。

どんな御姿の方も大歓迎!』

と、白いチョークで書かれていた。

 様々な植物で彩られたテラス席には、5人の男性が1つのテーブルを囲み、何か呟きながら全員で1つの十円玉の上に人差し指を乗せていた。その上では狐の姿をした亡霊が、なにやら楽しそうに十円玉を動かしている。

 正面の大きな窓からは人ではない何かが談笑しているのが見える。なかには行儀が悪いのもいるようで、円形のテーブルの上に立って踊っていた。しばらく眺めていたら目が合い、恥ずかしそうにテーブルを降りていた。

「こっちじゃ。」

 ぬらりひょんさんと大天狗さんが中に入ると、空のテーブルを拭いていた背の高い女の人がこちらに気付いて駆け寄ってきた。マーメイドラインの黒いドレスが整った顔によく似合っている。

「あら、天ちゃんにぬらちゃん。ぬらちゃん無事に見つかってよかったわねぇ。心配してたのよ? やっぱり熱中症かなにかで倒れていたの?」

「ええ、懲りずにまた空き巣を狙って街を彷徨っていたようで。」

「泥棒扱いするなと何度言ったらわかるんじゃ! ワシは金や物は盗まんわ。ちーっと新聞を読ませてもらったりテレビを見させて貰うだけじゃよ。」

「最近のお家はどこも防犯対策しっかりしているからねぇ…ってあら? そちらの方は新しいお客さん? 妖には見えないけれど…」

 女の人は私に気付いて、鼻がつくような距離でまじまじと見つめてきた。体を後ろに反らして離れようと試みたが、女の人はいっこうに離れてくれない。

「そのくらいにしてあげてください、ミス・リュア。彼女は道で行き倒れていた我が(あるじ)を助けていただいたので、そのお礼に何かご馳走しようと思い、ついて来てもらったのです。」

 女の人は今度は目を輝かせて私の手を握ってきた。あまりに素敵な笑顔に目がくらくらする。

「まぁそうだったの! とても優しい子ね。お姉さんサービスしちゃおうかしら、なんてね。お名前は? 私はリュア、ここでちょっとしたレストランをしているの。自分で言うのも何だけど美味しいって評判なのよ。」

「あ、えっと、笠原棗です。」

「棗さんね、ふふっ、素敵なお名前。さぁ、こちらに座って。」

 私はリュアさんに促されるままに4人掛けのテーブルに座った。周りの妖怪たちからの視線が痛い。

「こらこらお前さん達やめんか。棗ちゃんが緊張してしまうじゃろうが。」

 両隣に大天狗さんとぬらりひょんさんが座った。

「妖怪が見える人間なんて珍しいものねぇ。はいこれ、お冷やとメニュー。ヒト用のは右からめくったところに載せてあるわ。」

「人間用と妖怪用で何か違うんですか?」

「ええ、話すとちょっと長くなるから、食べてるときにでも説明するわね。」

 メニューを開くとハンバーグのようながっつりした料理から、あんみつやアイスクリームといったデザートまで和洋折衷びっしりと書かれている。

「あの…何かオススメはありますか?こんなにあると目移りしてしまって…」

「確かに品数多いですよね。この定期的に混じっているゲテモノ料理あたりを削ってみたらどうですか?」

「あら天ちゃん、意外と魔女の作る料理っぽいって人気なのよ? そうそう、オススメの話だったわね。今はちょうど八つ時だし、季節のフルーツケーキなんていかがかしら? 今は桃のタルトを出しているのよ。飲み物はアイスティーがオススメね。」

「じゃあ、それでお願いします。」

「はーい。少し時間がかかるかもしれないから、皆とお話でもしながら待ってて。天ちゃんとぬらちゃんはいつものほうじ茶でいいの?」

 2人がうなずいたのを確認すると、リュアさんはお店の奥に向かった。

 リュアさんの姿が見えなくなると、誰かが制服の裾を引っ張ってきた。見てみると、一つ目の子供と、片足で跳ねる小さな唐傘を筆頭にたくさんの妖怪の子供達に囲まれていた。

「あのね、おねーちゃんは、ぼくたちのことが見えてるんだよね?」

「うん、そうだよ。」

「ほんとに? じゃあさ、一緒に遊ぼうよ!ぼくたちね、ヒトと遊ぶのが夢だったんだ!」

 裾を引く強さが増す。私は子供達のまっすぐ私を見据える瞳に射抜かれ、彼らと遊ぶことにした。

「ここにはワシらしか立ち入らないからといって、あまり散らかすでないぞ。怒ったリュアちゃんは怖いからのう。」

「わかってるよ! ぬらりひょんのじっちゃん!」

 席を立って子供達についていくと、彼らは私の周りをくるくると回りだした。

「なにして遊ぶ? なにして遊ぶ?」

「おにごっこ!」「缶けり!」

「お店でやるには危ないんじゃ…」

「それじゃあ、おねーちゃんはなにがいい? 決めていいよ!」

 子供達も知ってて危なくなさそうなの…

「うーん…だるまさんがころんだ、とかは?」

 走り回ることはないだろうし大丈夫かな。

「いいね!」「やろうやろう!」

「おねーちゃんがオニね!」

 テーブルを退かして一本道をつくる。

「だーるーまーさーんーがーこーろーんーだっ」

 振り返ると、2人の子供がよろけたのが見えた。

「あっ、どうしよう、名前聞いてないや。」

 その場にいた全員が一斉にこける。続いてお店を包むような笑い声。

「棗ちゃんは面白い子じゃのう。」

「うふふ、注文のケーキを持ってきたわよ。」

 気付くとリュアさんがお盆を掲げて立っていた。

 私とリュアさんを交互に見ていた子供達は、移動させたテーブルを戻しだした。

「食べ終わったらまた遊ぼうね。」

「うん! あ、ぼくたちがお片付けするから、おねーちゃんはたべてていいよ!」

「いやいや、私もやるよ。その方が早いし。」

 片付け終わって席に戻ると、小さくカットされた白桃と黄桃が、一切れのケーキの上で格子状の模様を作っていた。

 いただきます、と手を合わせて一口頬張ると、桃の果汁と甘さを控えたタルト生地が絡み合って、この上ない幸福感を運んでくれる。

「お口に合うといいのだけれど…」

「とんでもない! 今まで食べたケーキの中で一番おいしいです!」

「当然ですよ。リュアさんが何十年、何百年と考えたレシピなんですから。」

「ぼくたちもリュアの作るご飯大好き!」

「あらあら、嬉しいことを言ってくれるじゃない。ふふ、お姉さん照れちゃう。なんてね。」

リュアさんは皆からの突然の賛美に頬をかきながら応えた。

「そうそう、人間用と妖怪用の料理の違いだったわね。」

 リュアさんはさっき座っていた席に座りなおした。

「簡単に言うと、使ってる材料が違うのよ。この世界には主神が何人もいて、世界を分担して治めてらっしゃるのだけれどね、日ノ本の国の主神が定めた決まりに、『この世界の食べ物をこの世界の住民以外が食べてはいけない』っていう絶対的なルールがあるのよ。」

「正確には『食べると出身世界に帰れなくなる』ですけれどね。」

「もちろん、国外に出ればそのルールは無効化されるんじゃけどな。まあ、いろいろあるのじゃよ。」

「じゃあ、ここの妖怪の皆さんは地球生まれじゃないんですか?というか、地球以外にも世界があるんですか?」

「あるわよー、それもたくさん。彼らはこの国で言うところの黄泉から来たのよ。」

「ワシらはここと向こうしか知らんけどのう。」

 さっきからずっとほうじ茶を冷ましていたぬらりひょんさんが、やっと一口目を啜る。

「リュアさんは他の世界に行ったことがあるんですか?」

「ミス・リュアは他の魔女の存在が、なんとなくわかるそうですよ。」

 同じくほうじ茶を冷ましていた大天狗さんも、口をつけ始めた。

「天ちゃんには前に言ったことがあったかしら。私は魔女なんだけどね、そうそう魔女っていうのはね、どんな世界にも必ず1人いるんだけれど、お互いなんとなくわかるものなのよ。あぁ、他の世界にも私と似たような存在がいるなぁって。その世界で何をしているのかまでは、さすがにわからないけれどね。」

「それで、他の世界があるってわかるんですね。」

「そういうこと。」

 ケーキを食べ終え、食後の紅茶を啜る。ひんやりと冷たい液体が喉元を通ってとても気持ちがいい。

「おねーちゃん、お話終わった?」

「そういえば、あの子達ともういちど遊ぶ約束をしてましたね。」

「あらあら、ひーちゃんと唐傘ちゃんは、棗さんのことを気に入ったのねぇ。」

 ひーちゃんと唐傘ちゃん…一つ目小僧と唐傘小僧なのかな。

「うん!」

「あまり遅くなると棗ちゃんのご両親が心配するからほどほどにな。」

 ここで私は門限のことを思い出した。携帯を開いて時間を見ると既に18時を回っていた。

「棗ちゃん大丈夫か?」

「ごめんなさい今すぐ帰らないと! うちの門限、6時なんです!」

 慌てて鞄を拾って玄関に向かった。

「そうだお代!」

 立ち止まって、肩に掛けていた鞄から長年使っていた財布を取り出す。

「いいのよ。今日はサービスしちゃう。最悪、ぬらちゃんから取るわ。」

「で、でも…」

「それじゃあ、また時間があるときにでもいらっしゃい。この子達も遊び足りてないみたいだし。そうそう、玄関から出てまっすぐ進めば街に出るわ。」

「ワシらがついていくと気味悪がられてしまうから送ったり出来んが、気いつけて帰るんじゃよ。」

 こうして私は、皆に見送られて家路に着いた。

思ったより長くなってしまいました…

一話の長さの割に話数は少なくなる予定です。

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