噂はこうして出来上がった
アイリスの寮は、先輩の事を『お姉さま』と呼びます。寮生達の仲は良好です。
寮は通称『撫子寮』です。
「噂の内容、知りたいわよね~?」
「え?あ、はい」
にっこりと微笑むセシリアお姉さまの笑顔に釣られて返事をすると、
「じゃあ、談話室に行きましょう」
右腕をセシリアお姉さま、左腕を3年生のアグネスお姉さまにホールドされてしまった。
「あ、あたし、課題がたくさんあるから・・・」
「あっ、サラ!待っ・・・」
逃げられた。
談話室には、すでに数人のお姉さま達が待っていた。
「アイリスちゃん。待っていたわよ」
満面の笑みで迎えられた。
「あなたがお休みしていた二日間、話題になっていたのよ」
と、セシリアお姉さま。
「私達に、わざわざ確認しに来ましたわよ。『撫子寮の生徒か?』って」
2年生のコレットお姉さま。
「だから、私達、答えて差し上げましたの。『ええ。アーサー様と同じ1-Aの子よ』って」
同じく2年のベアトリスお姉さま。
「「納得いかない顔していましたわね~」」
他のお姉さま方も頷く。
「仕方が無いわよ。身分だけが取柄のあの方達にとって、自分達より下だと思っているアイリスちゃんがアーサー様とファーストダンスを踊ったんだから・・・。先日の“裏庭事件”の事、忘れたのかしら?」
ああ、私が複数のご令嬢に絡まれた件ですか・・・。だけど、事件って大袈裟すぎない?
「あら、大袈裟じゃないわよ。あの一件であの方達の家、他の家から距離を置かれているのよ」
1~2週間前の出来事ですけど?
「悪い噂なんてすぐに広まるのよ。王位継承権一位のアーサー様に嫌われたとなればね」
あれ?王子って第二王子じゃなかったっけ?
「ああ、お兄様はお体が弱いらしくって、アーサー様が10歳の時に一位の座を譲られたそうよ。あら、話が逸れちゃったわね」
私の疑問に丁寧に答えてくれたのは、アグネスお姉さま。
「それから、この二日の間に、踊っている姿が美化されていたらしくって・・・、今日、アイリスちゃんを目にした人達が『え?何か、印象が違う?同一人物?』って事になっちゃって・・・」
と、3年のポリアンナお姉さま。
「そこからの展開が面白いのよ」
と、セシリアお姉さま。
何でも、女子生徒の間では私のこと以上に、あのドレスの事が話題になっていたらしい。
「初めのうちは、『何、あのデザイン。流行を知らないのかしら』なんて言ってたのに、アーサー様と踊っている時のドレスの輝きを見て、かなり悔しがっていたわよ」
と、セシリアお姉さま。
「そうそう。二人の周りだけ輝いていて、別世界のようで・・・。いくら王国で一番の流行のドレスを着ていてもああはなりませんものね」
と、ポリアンナお姉さま。
「悔しがっている方に限って、流行を勘違いされていますけどね。レースやフリルをたくさん付ければいいってものではありませんのにね」
と、ベアトリスお姉さま。
飾りが多ければ、それだけお値段も高くなるわけで・・・。自分の家がどれだけ財力があるか見せ付けたいのか。その分、本人の見た目が残念なことになってしまっているようだ。
「アイリスちゃんのドレスは、シンプルなデザインが清楚さを、生地の輝きが神秘的な雰囲気を醸し出していて・・・。ダンスの途中から、皆さん踊るのを止めて、二人に見とれてましたわ」
と、再びポリアンナお姉さま。
「そうそう。アーサー様のアイリスちゃんをうっとりと見つめている表情がとても素敵で・・・、なのに、アイリスちゃんの笑顔は引きつっていて、思わず噴出しそうになってしまいましたわ。多くの方は、『はにかんでいる』と、思っていたようだけど」
と、アグネスお姉さま。
途中から、フロアが広く感じたのはその為か。
「皆さん、あのドレスの入手先が気になったようよ。プライドだけは高い方達だから、“流行から外れている”ドレスの事を私達に尋ねることなんて出来ないでしょ。だから、ご自分達が贔屓にしている高級ドレス店にそれとなく探りをいれたようよ。見つかるはずないわよねぇ」
お姉さま達には、ドレスをどこで仕立てたかは話してある。
「そこで、彼女達は、『あの輝く生地は異国の物に違いない。だから、私達は見たことが無いのだわ』って言い出したのよ。自分達の知らない物はすぐに遠い異国の物にしちゃうのよね」
セシリアお姉さまが呆れながら言った。
「そして、今日、ダンスパーティの日と印象が違うアイリスちゃんを見て、彼女達の出した結論が、『あの日の少女は“異国の王族”の方なんだわ。あのような珍しいドレスを平民が持てるはず無いですもの。アーサー様が1曲目を誰とも踊らないとしたのは、きっとあの方と踊るためだったのよ』ですって」
「真実を知っている私達以外、それで納得しているのよね~」
と、アグネスお姉さまが言うと、
「2年の教室にもすぐに噂は回ってきましたよ。こちらも同じく納得していました」
コレットお姉さまが頷いていた。
「男性達は“異国の王族”は信じていないけれど、入れ替わり説は『本当かも?』と、思っているようね。だから、あの日の少女は学園には存在しない『幻の少女』と噂になっているの」
お姉さま達の話を聞いて、頭が痛くなった。
「“異国の”はともかく“王族”は飛びすぎているんじゃ・・・」
「それがあの人達の無駄に高いプライドのなせる業なのよ。自分達の地位を脅かすモノを認めたくないのよね。ほら、“王族”なら自分達より身分は上でしょ。私達からすれば、自己満足のための言い訳なんだけどね」
翌日、お姉さま達から聞いた噂のことを王子達に話した。
「寮の先輩が、『アーサー殿下と踊ったのって、1-Aの子だよな?』って聞いてきたのは、そういうことだったんだ」
と、クリフ。
「ああ、僕も聞かれましたよ。『そうですよ』って答えたんですが、納得いかないような顔していましたね」
ブライアンもなんだ。
「このクラスは、アーサーがいるから、他のクラスとの接触がほとんど無いからね。それに、アイリス自身がその格好だし・・・。授業中だけじゃなく、普段も前髪を上げたら。君の顔、しっかりと見れたのあの日だけだもの。可愛いのに・・・」
「え?やだ、恥ずかしい」
カーティスの言葉に慌てて前髪を押さえる。
「残念。いいよな、クリフは。席が隣で。貴重なアイリスの素顔を見ることができるんだから。ねぇ、僕と席変わって」
「・・・いや、授業中によそ見なんて出来ないよ・・・」
「カーティス!クリフが困っているだろう」
珍しく、王子が口を出した。
「それにしても、あの日、アーサーと踊ったのがアイリスじゃないなんて・・・。調べれば間違いなく本人だって解ることなのに」
「この噂、利用できそうだな」
王子が呟いた。
「このまま私と踊ったのはアイリスではなく、その“幻の少女”という事にしておこう。そうすれば、アイリス、君に変な言掛りをつけてくる人間は出てこないだろう。いたとしても、前回同様の対応をするがな」
「あ、ありがとう」
“裏庭事件”が再び起こらないことを祈らなきゃ。
「ところで、“幻の少女”がアイリス本人だと知っているのは、先生方と私達以外は、アイリスの寮の人間の他には?」
その、恥ずかしい呼び名は止めて欲しい。
「1学期同じクラスだったゼンだね」
「あと、3年生のジークフリード先輩かな?」
色々知っているよ。素の私とか。
「え?ジーク?何故?」
王子が驚いている。いや、動揺している?
「あの日、エレーナ先生にお願いされて、私を寮まで送ってくれたから・・・」
「・・・そ、そうか・・・。では、その人達にはこの事で何か聞かれたら、適当にはぐらかすようにと伝えておいてくれ。先生とジークには私から伝える」
カーティス、ブライアン、クリフが頷いた。
「アーサー様、ありがとう」
先ほどまでの厳しい表情が緩んだ。
「いや。君には迷惑ばかりかけているから、これぐらいのことは当然だよ。本当は、もっと頼って欲しいのだが・・・。それから、私のことはアーサーと・・・」
「あ、予鈴!」
タイミングよく、予鈴が鳴ってくれた。
後半の言葉は聞こえなかったことにしておこう。
補足
他の女子寮は『紅薔薇寮』と『白百合寮』です。上下関係(階級・学年)が厳しく、派閥も存在します。




