ジーク 夏休みの思い出 ― 冒険者見習い編(2) ―
夏休みの間、ヴィクターさんの家で暮らすことになった。
登録を済ませた翌日、ヴィクターさんが家にやって来て、両親に提案してくれた。
ヴィクターさん信者の両親が反対するはずは無く、
「是非、鍛えてやってください!ジーク、しばらく帰ってこなくて良いぞ」
送り出されるより、追い出されるような感じがするのは何故だろう?
ヴィクターさんの家での生活は、『自分の事は自分でする』
当たり前のことなのだろうが、俺にとっては初めての事も多い。
特に家事。炊事、洗濯、掃除。今まで使用人任せだったことを自分でしなければいけない。
初めは何も出来なくて、ヴィクターさんの手を煩わせていたが、炊事以外は一週間後には何とか一人で出来るようにはなった。
他には、畑とニワトリの世話。
畑の水遣りなど、井戸から水をくみ上げ、それを裏庭の畑まで運ばなければならない。
魔法で雨を降らせれば簡単なのにと、言ったら、
「確かに楽かもしれないが、身体は鍛えられないだろ」
と、言われた。
大変だった水遣りも、後半は苦では無くなっていた。
冒険者としての初めての活動は、学園の実習の同行だった。
「あれ?ジーク、お前、実習終わったんじゃなかったのか?」
同級生達に不思議がられた。
「今回は、冒険者見習いとして参加するんだ」
「え、じゃあ、そっちの彼女も見習いなのか?」
俺の隣にいるアイリのことだろう。
「いや、彼女は立派な冒険者だよ」
「ホントかよ~?」
信じられないと言った様子だったが、アイリの魔法を見て呆気に取られていた。
「この程度の魔法で驚いているようじゃ、この先どうなるかしらねぇ」
エレーナ先生が笑いをこらえながら呟いていた。
実習の期間中は、俺とアイリの二人だけでほとんどの魔物を倒した。
ヴィクターさん達が戦ったのは、Cランク以上の魔物が出た時だけ。
ヴィクターさんとジムさんによって、魔物は瞬殺されていく。
エレーナ先生の指示で、雑魚の魔物は同級生達に相手をさせるのだが、なかなか上手くいかず、俺かアイリが手伝ってやった。
「はぁ~。この調子で明日やっていけるかしら?」
エレーナ先生がそう思うのも当然かもしれない。
学園の生徒の実力が疑われても仕方が無いと思えるほど、実戦魔法が使えない。使えるには使えるのだが、威力が弱いのだ。中には詠唱魔法を使うヤツもいて・・・。
「ジークさん。学園の生徒って、皆さんあんな感じなんですか?」
夕食後、アイリに質問されてしまった。
「どうしてそんな事を聞くのかな?」
俺もアイツ等と同じ様に思われてしまったのかと不安になる。
「前回、ジークさん達の時と比べて、ヤル気が無いと言うか・・・」
俺は苦笑するしかなかった。
「たぶん、実習の意味を理解していないんじゃ無いかな?俺も理解出来ているかどうかは分からないけれど・・・」
「いいえ、ジークさんはちゃんと理解できていますよ」
「そう、ありがとう。君にそう言ってもらえると嬉しいよ」
少しは彼女に認められていると思ってもいいのかな?
その後は、彼女から学園生活について質問された。
授業内容だとか、どんな生活をしているのかとか。
「食事は、食堂を利用することが多いかな。休みの日は、剣の訓練をした後は、自室で過ごすことが多い。学園内の店は、本屋ぐらいしか利用しないかな」
アイリが学園の生徒だったら良かったのに・・・。そう思ったが、言葉にはしなかった。
実習の最終日、俺が倒したのと同じ、あのDランクの魔物が出現した。
「あなた達、倒してきなさい!」
エレーナ先生が命令する。
「え、アレ、すごく強そうなんですけど。オレ達だけで倒すんですか?」
「つべこべ言わずに、さっさと始めなさい!!あ、火属性の魔法は使っちゃダメよ」
しばらく彼らの様子を見ていたが、連携が取れていないせいか、動きが遅いはずの魔物から攻撃を受けている。
「はぁ~~。しょうがないわね。アイリ、ジーク、後はお願い!」
見かねたエレーナ先生が俺たちに指示する。
「じゃあ、私が動きを止めますから、ジークさんトドメお願いします」
「了解!」
前回と同じように、剣に火属性を付加して心臓を一突き。心臓さえ焼いてしまえばいい。
剣を抜くと、魔物は背中から倒れた。
今回も、素材となる首周りの毛皮は無傷。これって結構いい値段がするんだよな。
「「「「「スゲー・・・」」」」」
背後から同級生達の声が聞こえた。
「前回、ジーク一人で倒すことが出来たから、5人いれば倒すことも可能かと思っていたけど、無理だったわね。補習決定!」
その後、実習に参加した他のグループもエレーナ先生から『補習』を言い渡されていた。
実習と実習の合間には、ヴィクターさんと共にいくつかの依頼をこなした。
時々、アイリも同行してくれた。そんな時、彼女は俺に新しい魔法を教えてくれた。
「今日は、防御魔法の一種『衝撃吸収』です」
「衝撃吸収?」
初めて効く魔法だ。
「はい、イメージはスライムです。スライムって、殴る蹴るの攻撃が効かないですよね。それってスライムの体がプヨプヨだからで、攻撃された時の衝撃をポヨヨ~ンと受け流すって言うか・・・」
「ああ、なんとなく分かった。衝撃を和らげるんだね」
「はい、そうです。攻撃を防ぐというよりは、身を守るための魔法ですかね。普通の防御魔法と併用できる様になれば、便利ですよ。例えば、頭上から岩が落ちてきた時とか、壁に叩きつけられそうになった時とか・・・」
普通の防御魔法は怪我などを防ぐことは出来るが、衝撃によるダメージは多少ある。『衝撃吸収』は、そのダメージを無くすらしい。
「スライムのような物質が自分を包みこんでいるようなイメージで、魔法を発動してください。発動したかどうか分かりやすくするために、色をつけてみて下さい」
「分かった。『衝撃吸収』」
自分の周りを薄いオレンジのプヨプヨした物質で囲むようにイメージする。
「薄いオレンジにしたんですね。じゃあ、衝撃加えますよ」
「え、ちょっと待って!」
慌てて止めようとしたが、それよりも早くアイリが魔法を発動した。たぶん、風魔法の『突風』。あれ?アイリ、術の名前言ったっけ?
俺の周りを囲むオレンジの物体が、ぷよよ~んと揺れた。それだけだった。
「あれ、今の、出来たの?」
手ごたえが感じられなくて、聞いてみた。
「はい。成功です。ちなみに私の術の強さはこんな感じです」
そう言って、近くにあった木に向って術を放った。
直系1メートルぐらいの幹が揺れ、なっていた実が落ちてきた。術が当たった部分が少し凹んでいるような気がする。実が落ちてくるって、結構な衝撃だよな・・・。
「ジークさん、ルロイの実が結構落ちてきましたよ。ちょうど食べごろみたいですね。拾って食堂に持って行って、おばちゃんにお菓子を作ってもらいましょう」
今の術、防御魔法だけで受けていたらどれぐらいの距離飛ばされていたんだろう?
そう考えている俺の横で、アイリは嬉しそうにルロイの実を拾っていた。
生で食べるのもおいしいけれど、ジャムやタルトにするともっとおいしいんだよな。
俺も一緒になって落ちている実を拾った。
冒険者としての生活は、とても充実していた。
夏休みも残り一週間となった頃、俺はEランクになった。正式な冒険者として認められたのだ。
せっかくなので、学園卒業後もしばらくは冒険者としてやっていきたいと思っている。
ヴィクターさんも賛成してくれている。
今日、家に帰ったら、父上に話そうと思う。ヴィクターさんからも父上に話してくれると言ってくれた。
「良かったですね。ジークさん」
これからの事を考えていると、アイリが話しかけてきた。
「ありがとう・・・。俺、明日、学園に戻る予定なんだ・・・」
アイリと二人だけで、依頼受けたかったな・・・。
「あのさ・・・、君の事“アイリ”って呼んでもいいかな・・・?」
今まで、名前で呼ぶことが出来なかった。
何度か呼ぼうとしたのだが、不思議と照れてしまってた。
「構わないですよ。むしろ、今まで呼ばれていなかったのが不思議なんですけど・・・」
あっさりと了承してくれた。
「ありがとう。じゃあ、俺のことも“さん”付けじゃなく、名前で呼んでほしい。後、しゃべり方も、もっと砕けた感じにして欲しい・・・」
「うん、分かった。ジーク。これでいい?」
アイリが笑顔で答えてくれた。
「うん。それからこれ・・・」
ライアン商会から受け取ってきたばかりの箱を渡す。
「開けていい?」
俺が頷いたを確認してから、アイリが箱を開けた。
中身はあのハート型の魔石を使ったチョーカーだ。
「本当に貰っていいの?」
「うん。アイリのおかげで倒せた魔物から出てきた物だから。俺、アイリにすごく感謝しているんだ。アイリがいなかったらヴィクターさんから剣を直接教えてもらうことは出来なかっただろうし、魔法だって、ここまで使いこなせるようにならなかったと思う。だから、そのお礼だと思って貰って」
思っていたことを一気に話したため、少し早口になってしまったが、彼女に上手く伝わっただろうか?
「分かった。ありがとう」
アイリが受け取ってくれたことにホッとした。
「次、会えるのは冬休みかな?」
「そうかもね」
約三ヶ月半、彼女に会えないのは寂しい。
俺が学園にいる間、彼女はどんどん依頼をこなしていくんだろうな。
せっかく彼女に少し近付けたと思ったのに、また、差が開いてしまうのか・・・。
今までのような学園での生活ではダメだな。
もっと剣の訓練の時間を増やして、魔法についても積極的に先生に質問していこう。
俺の新たな目標が、多くの幸運をもたらすことになるとは、この時は思ってもいなかった。