実習 最終日
念のため、『残酷な描写あり』の設定をしました。
「ジークさん、大丈夫でしょうか?張り切りすぎな気がしますが」
隣で戦闘の様子を見ている、エレーナ先生に尋ねた。
実習最終日の今日は、3年生の先輩方中心に戦闘をする日だ。
私達、冒険者はサポートで、Dランク以上の魔物が出た時や、リーダーのヴィクターさんが危険と判断した時以外は手を出さないことになっている。
今のところ、雑魚の魔物ばかりなので、傍観している。
ジークさんは、昨夜習得したばかりの属性付加の魔法を使用して戦っている。
使う度に威力や命中率が高くなっていくのが嬉しいらしく、毎回使っている。
「魔力切れを起こす可能性はあるけど、いいんじゃない。何事も経験だから」
エレーナ先生は、楽しそうに答えた。
「あの魔法、昨日、彼から『教えて欲しいって』お願いされたんでしょう?冒険者、特に【“アイリ”に教えを乞うことが出来るかどうか】が今回の実習では大切なことだからね。他の生徒からは無かったでしょう?」
「はい、そうですね・・・。会話すらありませんでした」
「うふふふふ・・・。報告が楽しみだわ・・・・」
エレーナ先生の微笑みは、ちょっと黒い物が含まれているようだった。
「Dランクの魔物だ!!」
先頭を歩いていたヴィクターさんが、前方を指差す。まだ、相手はコチラに気付いてはいないようだ。
「ジーク、俺達がサポートするから、やってみないか?」
これまでの戦いぶりを見て、ジークさんなら出来そうだとヴィクターさんが判断したようだ。
「はい!!お願いします!」
急いで作戦を立てる。
見つけた魔物は、ゴリラに似ているが、顔以外の全身が毛に覆われている。首周りだけ、白く長い毛で、他は茶色っぽい色の毛だ。体が大きく重いので、動きは鈍いが力は強い。毛が燃えやすく、火には弱いためか、毛が少し燃えただけで暴れて手が付けられなくので、トドメ以外では火属性の魔法は控えたほうが良いそうだ。
「氷属性の剣でまず腕を攻撃します。トドメでは火属性を使いたいので、指示をお願いします」
ジークさんが自分で考えた作戦を言った。ヴィクターさんが頷いた。
気付かれないように近付いて攻撃してもいいのだが、途中で気付かれた時、経験の少ないジークさんだと、とっさの判断が出来なく危険なので、小石を投げて、わざとコチラに気付かせることにした。
それでも、動きだけでなく、判断力も遅い魔物なので、先に攻撃を仕掛けることが出来る。
ジークさんが、氷属性を付加した剣で、魔物の両腕を連続で攻撃する。
朝からの経験だけで、かなり威力が増した魔法は、切りつけた部分から氷が広がっていき、魔物の両腕を厚い氷に閉じ込めるほどになっていた。
「脚も攻撃して!!」
ヒルダ姉さんが指示を出す。
ジークさんは足首を狙って攻撃する。
魔物の脚が、地面にしっかりと氷で固定された。
「属性を火に変えて、心臓を狙って!」
剣だけで倒せるほど魔物は弱っているようだけど、実習だから、魔法でトドメを刺す。それに、火属性はまだ数回しか使用していないから、経験を積むのも大切だ。
魔物は、なんとか手足を動かそうと必死にもがいている。
その胸に、赤色に輝く剣が突き刺された。
毛に火が着いて魔物が燃え上がる・・・・と、想像していたが、ただ、倒れただけだった。
肉が焼けるような匂いはする。そして、腕と脚の氷も溶けている。
何故?
「あら、ずいぶん高度なことをしたわね」
ヒルダ姉さんが関心していた。
「毛皮を焼かずに、中だけ焼くなんて・・・。この魔物、首周りの白い毛だけは値が付くの」
「そうなんですか・・・。毛を焼いてしまって、周りに燃え移るといけないと思ってやったんですが・・・」
後方から、他の先輩方の「スゲー」「いつの間にあんなすごい事が出来るようになったんだ?」なんて声が聞こえてくる。
こちらに振り向いたジークさんと目が合った。
やり遂げた満足感のある表情から、嬉しそうな笑顔へと変わった。
ジークさんが私に近付いて来た。
「すごいですね、ジークさん! 特に、最後! 周囲のことも考えて行動するなんて、すごいです!!」
昨夜、教えたばかりの魔法を、すでに自分の物にしている。
「君のおかげだよ。ありがとう」
私の両手を握り締め、お礼を言ってきた。それも、すごい笑顔で・・・。
昼間に、こんな間近で話した事がなかったんで、気が付かなかったけど、この人も美形だ・・・・。貴族って美形が多いのだろうか?
「それで・・・、あの・・・」
「おーい!!アイリ、ジーク。珍しい物が出てきたぞ!!」
ジムさんの呼ぶ声に、ジークさんの手が離れた。
ジークさんが、何か言いかけたようだったけど・・・。
「はーい。ジークさん行きましょう」
私達は、魔物を解体していたジムさんの側に行った。
「ほら、魔石。コイツから出ることが無い、珍しい色と形をしている」
見せられたのは、赤と水色の縞模様をしたハート型の魔石。大きさは2センチほど。魔石としては小さいほうだ。
「これは、ジークが倒した魔物から出たものだから、ジークの好きなようにするといい」
ジムさんがジークさんに手渡した。
「あ、ちなみに、その大きさの魔石はあまり値が付かないけれど、珍しい色と形をしているから、アクセサリー用の魔石として高値が付くわよ」
と、ヒルダ姉さん。さすが、冒険者ギルドの買取カウンターを任されているだけはある。すぐに、価値が分かる。
しばらく、その魔石を見つめて、ジークさんが、
「アイリ、この魔石を受け取ってくれ!」
と、言い出した。
「はぁ?!だって、これ、ジークさんの記念の魔石でしょ。何で私が?」
何を言い出すんだろう。この人は?
「君が魔法を教えてくれたから倒せたんだ。だから、是非、君に持っていて欲しいんだ!」
「いや、でも・・・」
「いいじゃないの。貰っておけば」
「そうね、魔法を教えた報酬と思えばいいのよ」
私たちの遣り取りを見ていたヒルダ姉さんとエレーナ先生が、半ば呆れたように言った。
「そうだ、ジーク。魔石専門のアクセサリー職人を紹介してあげようか?代金は、さっきの魔物の首の毛で十分足りるわよ。首の毛もあなたの取り分だから」
「ヒルダさん、お願いします」
ジークさんが乗り気だ。
「だから・・・・、貰えないんだってば・・・・」
「諦めなさい・・・」
エレーナ先生が、ニッコリと微笑みながら言った。
「はい・・・・」
先生のこの笑顔には逆らってはいけない。そう感じた。
その後は、魔物が出てくることも無く、無事に実習の最終日が終了した。