餌付け?喜んで!
結構な美人さんに転生できたはずなのに頭がちょっと、いやかなり残念な系の人魚ちゃんです。次章、いきなり違う人物出てきます。気圧差に酸欠にならぬよう、お気を付けをば
公爵である父がまたおかしなものを買い込んだと知ったのは、暫く後の事だった。
俺は軍の遠征で故郷を留守にしていた。今し方帰ってきたはいいが、その時に父付きの執事に言われたのだ。
どうやら親父殿はどこぞで買ってきた魔物の類いに夢中らしい。
半身は人に近いがもう半身が魚。これだけを聞いてもいい印象は持てない。魚ってなんだ魚って。何故そんな臭いそうな生き物を買い込んだんだ父よ……。
もし、本当に力ある魔物であれば父の目を覚まさせるために斬るなり焼くなりしなければならないだろう。その面倒を思い嘆息した。
帰ってきたばかりだというに、何故俺が……と。
だがその思いも直ぐに吹き飛ばされる事となった。
執事と別れ、自室で着替えをしていると何やら浮かれた様子の父がノックもせずに部屋に入ってきた。
……俺が息子だからまだいいものを、もし年頃の娘なら泣いて喚いているぞ。
そう思い、呆れ半分に父を見据えるが父は興奮していて話にならない。俺の手を引き、早く来るのだと急かすばかりで、俺はもう帰ってきて何度目になるかわからない溜め息を深く深く吐き出した。
そうして連れられたのは以前母が使っていた部屋だった。
母は父と政略結婚し俺を産んだ後、数年と経たず外に男を作りこの家から逃げ出した。まぁわからないでもない。父は良いところを見つける方が難しい、醜い男だ。内面的にも外面的にも。
寧ろよく俺をなせるまで我慢し頑張ってくれたと思う。あまり母に対する記憶もないが、母を嫌いにはなれないのはそういった思いがあるからだろう。
と、まぁそんな事は置いておいて、だ。
元母の自室は随分とこざっぱりとしていた。派手な家具も化粧台もどこにやってしまったのか、何一つ残っていない。絨毯とカーテンはしっかりと残っていたが。
そして部屋の中央には例の魔物であろうものが広々とした水槽の中、悠々と泳いでいた。
これは……確かに父が夢中になるのもわからないでもない。
半身は確かに魚だが、人間に似通う部分は美女だ。それもかなりの。人間であったのなら例え身分が低かろうとどこぞの貴族から妾にならないかと声がかかったかもしれない。
彼女は親父を見て嬉しそうに笑い、親父に引きつられていた俺を見て目を瞬き不思議そうな顔をしていた。
毎日親父しか訪れていないとしたら、確かに他人を見て驚くだろう。
だがその眼差しを受け、俺はドキリと不自然に鼓動が跳ねたように感じた。彼女の関心が一瞬でも自分に向いた事に、俺自身も驚いたのかもしれない。
暫し見つめ合うが、父がそれを邪魔した。相変わらず心の狭い事だと思わずにはいられなかった。
魔物の視線を取り返したかったからか、水槽の真ん前に座り込むとコンコンと指先で水槽を叩いた父は恐らく彼女の名前だろう女性名を呼ぶ。鳥肌がバッと一気に立つような猫なで声で。
彼女はそれに気付くと父へと視線を移し、コポコポと泡を吐き出し返事のような鳴き声を一つあげれば水槽についたままの父の指先にじゃれつくように水槽越しに頬を擦り寄せたり唇を軽く寄越してきたりとしてみせた。
人どころか獣にも嫌われる父が半身美女の魔物に慕われている、だと?!
「ブフフッ、見たか?可愛いだろう?この娘は儂が望めば大抵の事を許してくれるのだ。しかも嫌悪など全く出さん。本当に、なんて可愛いのであろうなぁ」
「……まさか魚と交わったのですか?」
「バカな事を申すな。そんな事をしてはアクアレーナの体に障るだろう。長く触れるだけでも火傷のような傷がついてしまうのだぞ」
確かに、水中で暮らしているのに加え下半身は魚だ。腰には鰓らしきものはあるし体温の差もやはりあるだろう。
となると父はこの魔物と清い関係を保ちながらもここまで骨抜きにされたという事か……。
信じがたいと、今までの父の行いを見てきた俺は思う。
が、このデレデレとした顔、態度を見ると実の息子を思う以上にあの魔物に入れ込んでいると言っても過言ではなさそうだ。
ただ触れ合うということもできない女など存在する意味もないだろうにと言ってのけていただろう以前までの父。
それがただ見つめ合うだけ、会話にもならない鳴き声とのやりとりだけで満足し、彼女の表情一つで一喜一憂してみせるその姿……。
はっきりいって不気味としか言いようがない。