代用品とロケットパンチ
【警告:機体が戦闘行動を開始します。周囲の無関係な地球人、その他言語を解する生命体は速やかに安全な場所に避難してください】
一瞬あっけにとられていた野次馬たちは警告音にはっとなり後ろへ下がった。同時に【忍鉄丸】は地を蹴り、天界の男へ一気に接近すると同時に『矛』を突き出す。男は刀の形をした『矛』で受け流した。
『くっ、速い!』
「口は閉じといた方がいいんじゃない?舌噛んじゃうよ。ほらほらほらほら!」
【忍鉄丸】は手加減などしない。特に決まった型などなく、右に、左に、乱雑な軌道で五本の『矛』を一度に振り回す。男は刀で流すも、一撃一撃がかなり重い。ただの片腕で生み出される腕力では、このような芸当はできないだろう。ならば結論は一つ。
『腕に機械など仕込みおって卑怯者め……』
「正しくは腕を制御している胸とか背中とかの筋肉だけどね。卑怯というなら規則破りでランサナルを攻撃したあなただって卑怯だよ」
男は反撃に転じる手段を探した。だが、本来刀はここまで密着してくる相手と闘うようにはできていない。一方的にやられるはずのところを保たせているのは男の技術だ。
このままでは押し負ける。男は一度下がり、【忍鉄丸】の連撃から逃れた。
『イヤーッ!!』
そしてすぐさま踏み込み、刀を斜めに振り下ろす。瞬間的な後退は距離の支配を取り戻し、またフェイントとしても機能する。男の全力に刀の重量が乗り、速さと重さをを兼ね備えた一太刀。
ギャリリリ、と『矛』が擦れる音が響く。
「残念だったね。僕が左に『矛』を持っていることを忘れてた?斬撃を当てたいなら『矛』が無い側から攻めなきゃね」
とは言ってもさすがに片腕では受けきれず、右手を添えて受け流す【忍鉄丸】。手応えがないのを感じて男は再び飛び退く。
男は『矛』を扱う訓練をしてきた。自分に与えられた『矛』の特徴である長さと重さを生かすような戦術を頭に叩き込んである。相手の『矛』のリーチは比較的短く、こちらの懐に飛び込まねばならないはず。次の接近で『矛』をへし折る一撃を叩き込むために構えた。
だが、その読みは外れる。
【物質の解析完了】「それっ」
読めるはずがない。
「形態変化【集束】!」
まさか、『矛』が変形することなど。
男は目を見開いた。
【忍鉄丸】の左手から生えている五本の『矛』。
その五本が掛け声と同時、中の一本を中心に融合し長い突撃槍のごとく太く長く、鋭く伸びた。
その切っ先はもちろん、男へと突き出されている。
『嘘だろ!?』
とっさに対応するもさばききれず、槍は男の腹部へと命中した。
周囲の野次馬が息を飲む。
男の腹部に大穴が空いたと錯覚したからだ。
だが、実際は違う。
男の腹部は、槍の切っ先が衣服を貫き、裂きこそしたが皮膚表面を滑ったために無事であった。
流血もなく、衝撃もない。
その事に気がつき、男は喚く。
『なっ……!?ふざけているのかこれは!下等、いったい矛になにをした?』
「いや、なにも。解析結果としては、【最初からこの性質】だよ」
【忍鉄丸】は『矛』をもとの形に戻しつつ、肩をすくめる。
「それより続きだよ続き!ぼうっと突っ立っているだけじゃあ勝負にならないよ。『かかってこい口だけ野郎』通じてる?」
挑発の威力はじゅうぶん。
頭に血がのぼった男は、言葉を発することもなく怒りに任せて突進する。
「そうこなくっちゃ、せっかく盛り上がってきてるのにさ!形態変化【分束:二対三】、【湾曲:内内】!」
振り下ろされる刀を受け止めるのは、変形し蟹の鋏のようになった『矛』。
「掴まえちゃった!さらにもひとつ形態変化【分束:二対一対二】!」
続けて刀を掴む鋏から二本の『矛』が分離して小型の槍になり、またもや男の服だけを裂く。
「なんという『即応能力』!分析も速いし未知の物質をもう使いこなしているし、やっぱり兄ちゃんは強いね。だてに改良型名乗ってないね」
「わ、私だってきっと負けてないんだぞ……」
『嘘でしょ……?』
【忍鉄丸】と男の戦闘を遠巻きに眺めるゼッちゃん、ゴウ姉ちゃん、そしてランサナル。
「あ、あの」
「なんだ?」
「なに?」
何でもない顔で弟に対する評価を交わす晴天気姉妹に対して、ランサナルは疑問を投げ掛ける。
「しのぶはなぜあんなに強いのですか?」
「それはだな……あー、なんと言えばよいのか」
「ンッンー、いい質問だねぇ」
答えに窮するゴウ姉ちゃんに代わって妹、ゼッちゃんが応答する。
「兄ちゃんはね、予想外の科学技術を持った宇宙人とかに敵対されたときに人類を守るために闘うサイボーグの二号として開発されたんだー」
「人じゃない?」
「いや、人だよ。ほとんど機械だけどね」
ゼッちゃんは首を振る。その目に悲しさは無く、ただ単純に事実を述べているだけだ。
「なぜ『矛』をあれほど簡単に……」
「兄ちゃんの設計コンセプトが【忍耐詳析】だからだよ。兄ちゃんは相手の技術をなるべく正確に知るために【素早く、粘り強く分析】することに特化しているんだ。分析を進めるために新しく知ったことを試しながら、ひたすら戦闘を長引かせるうっとおしい闘い方をするのが兄ちゃん流」
ランサナルは戦闘中の【忍鉄丸】を見やった。『矛』を千変万化にコントロールしながら男を翻弄している。男の服は上半身ですでにボロ布同然になっており、もし【忍鉄丸】の持っているものが自分の『矛』ではなく、普通の刃物だったなら男は何回も死んでいると考えて、ランサナルは改めてその強さを思った。戦闘中の【忍鉄丸】はランサナルの知っている忍とは違う人物にすら思えた。
「しのぶ、普通より興奮してますね……これも設計コンセプト何ですか?」
「あ、いやあそれはね」
ゼッちゃんが苦笑う。
「設計した能天気おじさんの趣味なんだ」
「えっ」
「ああやってノブは闘っているとテンションが上がっていってな。最後に【必殺技】を決めるという設計になっているんだ、無駄に。【素早く、粘り強い分析】を考えた設計と、それとは全く逆の機能を同時搭載する辺りに能天気博士が兄弟から変態呼ばわりされる所以がある」
ゴウ姉ちゃんがため息混じりにぼやく。その脳裏には「効率的じゃない?馬鹿を言え。そうか、お前にはロマンのことを教えていなかったな。男には、無駄だと言われようと何であろうと、ロマンを追い求めなくてはならない義務があるのだ!来い、大型アップデートを施してやる」と言う藍木流能天気に無理矢理改良手術を施された苦い記憶が上映されていた。
ランサナルはそれを聞いて
『予想以上に変な人たちがいるものね……下界って』
と思わず呟いたが、同時にはっと気がついた。忍の姉と、妹であるということはこの二人も……
「もしかして、あなた方もサイボーグ?」
「そっか。まだ言っていなかったな」
「そうだそうだ!『自己紹介』を忘れるなんてゼッちゃんとしたことが、『迂闊』!」
おずおずと問いかけたランサナル。これまたあっさりと晴天気姉妹は答えた。
「そうだ。私は藍木流家【次男:能天気】設計開発の、試作型対【未知の侵略者】制圧機動兵器【征天鬼】一号機【鉄丸】改良型【剛鉄丸】。設計コンセプトは【剛撃必殺】。ちゃんとした自己紹介が遅れてすまない。私が一番だから、ノブやゼツよりは少し型遅れだな」
「はいはーい!ゼッちゃんは藍木流家【次男:能天気】設計開発!試作型対【未知の侵略者】制圧機動兵器【征天鬼】其の改良三号機【絶鉄丸】でーすっ!設計コンセプトは【絶影瞬殺】!私は末っ子だけど、最新型だから兄ちゃんよりも姉ちゃんよりも強いよ。えっへん!」
『……はぁ。もしかして私って下界の人たちの中でも際立って大変な人たちのお世話になってしまったのかしら』
ランサナルは頭が痛くなってきた。
『せぇいっ!』
もう幾度目であろうか。【忍鉄丸】を斬るため振り下ろされる純白の刀。
「形態変化【分束:一対三対一】!」
それを阻む三又の『矛』。変幻自在の『矛』は幾度と無く形を変え、幾度と無くその使用者を守り、男の服を裂いた。
『くそっ!なぜだ、なぜろくに訓練もしていないこんな下等に俺がっ』
「もうそろそろ分析はいいかな。形態変化【集束】」
刃が擦れ合う音が止まった。男の『矛』が一本になる三又に巻き込まれて、【忍鉄丸】の『矛』に突き刺さるような形で固定されてしまったのだ。男が力を入れてもびくともしない。
『なっ……抜けろ!抜けろよ、畜生が!』
男は明確に焦る。なぜなら、この闘いがあくまでルールつきの決闘であるからだ。
『矛』を折られたら負け。
「形態変化【圧縮:高密度】」
槍が短くなった。その代わり、男の刀を固定する圧力が増す。
「待ってくれ、おい!自分が何をしているのか分かっているのか!?『矛』を折ることは何を意味するのか知っているのか?」
そのことは【忍鉄丸】にもきちんと認識されている。
「『矛』を折ったら、勝ち。でしょ?」
「なっ」
忍はニヤリと笑った。そのセリフが表出させたものは、システムとしての【忍鉄丸】が介入しない本性からの笑顔である。
「形態変化【圧迫:剪断】」
【忍鉄丸】の宣言と同時、刀を固定する『矛』内部の圧力に局所的な変化が生じる。ギギギ、と音を立てながら『矛』は左右にずれ、そこを貫いていた刀に同じく左右から高圧がかかる。
発生する現象は剪断。
鋏が紙を切るのと同じ原理で
ベキンと
男の持っていた『矛』は真っ二つになった。
「はい、僕の勝ち!」
野次馬から拍手が巻き起こる。
【忍鉄丸】の勝利が確定した瞬間であった。
『そんな……我が、負けるなんて……』
がっくりと膝をついてうなだれる男を置いて、忍は剛、絶、ランサナルのところへと戻ってきた。野次馬にも手を振って、気分は英雄の凱旋だ。
「ランサナル。勝ったよ」
「ありがとうございます。嬉しいです。今の気分は、なんというか……『だぁもうめんどくさい!忍には私たちの言葉は通じているのよね?本当にありがとう!』」
歓喜に満ち溢れているランサナルは思わず忍に抱きついた。忍の心拍数が跳ね上がり、戦闘中のそれよりも多くなった。
凄い。柔らかい温かい柔らかい柔らかい。この感情を、感触を味わえただけでも闘って良かったと忍は心の底から思った。
『とっても強いのね、カッコ良かったわ。これであいつも少しは懲りるってものよ。いっつもいっつも下界はゴミだカスだほざいていた頃が懐かしいわまったく』
『あはは。激しいね』
むしろ今激しいのは忍の心臓であるのだが。
「こら、ノブ。私たちには何か無いのか。分からない言葉で会話されても全く掴めないぞ。聞きたいことだってたくさんあるのに」
「良いな良いなー。ゼッちゃんもランサナルちゃんに抱きつかれたいなー」
「ああ、ごめん」
「すみません。つい気分が高揚してしまって……」
さっ、とランサナルは忍から離れた。忍はもっとくっついていたかったが、抱きつかれただけでも幸運なんだと割りきることにした。
それに、聞きたいことがあるのは忍も同じだった。
「ランサちゃん。単刀直入に聞くが、この決闘の勝利は何を意味する?もう話してくれてもいいだろう」
剛の声は鋭い。天界の言語が解らずとも、男が地上の言葉で話していた部分や、ランサナルが意図的に情報を絞っているという直感の元に放たれた質問は、ランサナルにこれ以上の誤魔化しは信頼に関わると理解させるのに不足はなかった。
「王位継承争いなんでしょ!?絶対そうだよ!」
そして別の意味で、作り物語のような展開に目をキラキラさせている絶の質問も鋭かった。
「……分かりました。隠しません。話しましょう。この闘いの意味を。ぜっちゃん、ほとんど正解です」
ランサナルはしばらく模索し、ふさわしい言葉を見つけて答える。
「この闘いは次の神を決めるための闘いであり、また神の象徴たる御剣に欠けた魂、その補充?代用品を決める闘いです」
「うえぇ、神か……王どころじゃなかった……」
「はい。この闘いのために天界に私を含めて十二人の天使が産み出されました。私たちは『矛』を授ける『盾』を選ぶ権利を持ちます。借り受けた『矛』の主とその他の十一人を従えた『盾』が次の神となる仕組みです」
思わずうめいた絶にすらすらと説明するランサナル。特に隠し事をする気がないときなら、習いたての言語でも使いこなせるのがランサナルの優等生っぷりを示している。
「剣の魂……?なんだそれは」
「神は世界の統御者ではなく、世界を統御する御剣『机上之約束事』を管理する役割を持ちます。先ほど神の象徴と言いましたが、細かいことを言えば『机上之約束事』の象徴が神、ということです。御剣は十二人の優れた『矛』にやどる魂で構成され、それらの魂は『矛』に本来宿っているものとは別の巨大な一つの魂、御剣の魂として扱われます」
ランサナルは男を一瞥する。茫然自失とへたりこむ男の隣で心配そうにわたわたしている白い服の女性。彼女もまた、闘いのために産み出された十二人のうちの一人なのだ。なぜあんな男を選んだのか、ランサナルには理解ができない。
「また、個々人の『矛』の魂には固有の特徴があります。例えば私の『矛』に宿る魂は『友愛悪滅』。敵意の無い者には柔らかく、一定以上の攻撃に対して素晴らしい硬度を有します。友を抱擁し、悪を許さない正義の魂です」
自分の『矛』を自慢気に語るランサナル。忍はそこでランサナルと出会った直後のことを思い出した。左手で撫でたときはふかふかで、右手でノックしたらコツコツと堅かったのはランサナルが昨日言っていた『矛』の性質を翼も持っているということの表れであったのだ。
「代用品、ね」
「老いなどで神の力が弱まってくると、御剣の魂が欠けてしまいます。抜け出てしまうのは御剣の魂を構成する十二人の魂のうち一番古い魂なので、この現象は御剣の更新、と呼ばれています。欠けた魂の埋め合わせをするのは優秀で新しい『矛』の魂。『矛』の魂は私たちの魂も同然ですから私たち十二人はそれぞれが代用品、その候補というわけです」
「ランサナルたちが神様になるわけじゃないんだ」
「御剣の魂に選ばれるのは名誉なんですよ」
ふうん、と頷く忍。頭から尻尾まで現代っ子(あるいは先端技術)である忍には名誉とかの概念はいまいちピンとこない。命を賭けるとなればなおのこと。住むところが違えば価値観も違うのだと適当に納得した。
「そういえば決着がついたあとってどうなるの?要するに、契約はどういう扱いになるの?なんか逆襲とかされそうで怖いんだけど」
ふと疑問が浮かんだ忍。ランサナルはすぐに答えた。
「契約は破棄です。負けた『盾』は契約者から『矛』を借りることができなくなり、折れ残った『矛』は数分もすれば消えてなくなります。契約者には少し模様が残るだけで、特に害はありません。もちろん私たちにとっても脅威にはならないでしょう」
こちらには『矛』がありますから。と、ランサナルは男を指差す。確かに男の手元に握られた刀は折れたことを考慮しても短くなっている。
「いや、そうじゃなくてさ」
だが、忍が心配しているのはそこではない。
「もしかしてなんだけど、『盾』の方が逆上して元契約者を攻撃することもあるのかな~って。神になる権利を失ったらヤケになる人もいるんじゃないかな?」
「……これはまずいな」
「確かに言われてみれば……」
そんなことはない、と答えようとしたランサナル。
しかし、確かにそうだ。
原則、武器を持たざる者や無関係な人々に攻撃することは禁じられている。
でも、不可能ではない。
『まさかっ!?』
嫌な予感がした。そして的中した。
『くそっ』
『えっ?』
呟く白衣の女性。男の様子が変だった。決闘に負けたとはいえ、こんなにも異様にぶつぶつと何か言うものなんだろうか。
『お前のせいだ……お前の矛のせいだ……お前のせいで、お前のせいでお前のせいでお前のせいで!!』
男はいきなり立ち上がると、側にいた元契約者の女性を蹴り飛ばした。地面に倒れこむ女性。
そこに向かって男は、未だ手に持っている折れた刀を
『お前のせいでお前のせいでお前のせいでお前のせいでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!』
思いきり振りおろす。
ランサナルは止めに入ろうとした。
しかし距離がありすぎる。ワープホールを開けようにも、詠唱している時間がない。
剛、絶も共に動けない。特に絶は、戦闘システムさえ起動していれば余裕で間に合うのだが、今の状態では普通の女子中学生だ。
観衆が息を飲む。
誰もがヤバいと思った。
あるものは自分の非力を呪い、あるものは自身の油断を呪い、またあるもの、あるもの達はカメラを現場へと向けた。
緊張に満たない、驚きだけが充満したその瞬間。
「そんなことはさせないよ!」
【標的確認】【下半身固定開始】【右腕固定開始】【右腕放熱板展開及び排気口開放開始】【手首関節、肘関節、肩関節固定完了】【燃料生成開始。緊急のため段階二から五を省略】【燃料充填完了】【右拳補助翼展開完了】【下半身固定完了】【放熱板展開完了】【排気口開放完了】【高初速分離剤着火準備完了】【握り拳完了】【緊急のため点検を省略】
【忍鉄丸】の【必殺技】が炸裂する。その名も
「【必殺!ロケットパンチ】」
爆薬によって切り離された【忍鉄丸】の鋼拳は点火された燃料によってさらに加速。亜音速で持って男の頬骨を捉え殴り抜けた。男は派手にはね飛ばされ、爆発音が周囲の観衆を襲い、爆風に煽られランサナルは尻餅をついた。白衣の女性は何が起きたのか理解できず、そのまま気絶した。
もうもうと黒煙をあげる右腕。あまりにも急いで発射したせいで、合成した燃料の燃焼効率は最悪であったが取り敢えず女性を救うことはできたらしい。安心した忍は戦闘システムとしての【忍鉄丸】をシャットダウンにかかった。右腕は排気と冷却が終われば自動的にもとに戻る。
「あの、すみません。誰が僕の拳がどこへ飛んでいったか見ていた方いませんか?」
拳を拾って来たらの話だが。
その後。野次馬の一人が偶然見つけた右拳を回収した晴天気の三人とランサナル、そして白衣の女性はランサナルの開いたワープホールで晴天気家まで帰って来た。
『すみません。助けていただいて』
『いいのいいの。お礼なら私じゃなくて、私の盾に言ってちょうだい』
「しのぶのくろがねまる、さんですよね?私、カタノラル・ストロークと言います。ありがとうございました。おかげで怪我をせずに済みました!」
ペコリと頭を下げるカタノラル。どう返答したらよいのか戸惑った末に忍が
「別にお礼なんて、当然のことをしたまでです。あの男のこともありますし、しばらくはここに居てもいいですよ」
なんて口走ってしまったものだから、カタノラルは絶の部屋に住むことになった。
それから晩御飯を食べたり、順番に(ランサナルとカタノラルは同時に)風呂に入ったりしているうちにすっかり夜中になってしまい、晴天気家の忙しい一日は終了した。
翌日。
『おはよう。昨日はよく眠れた?』
起きた忍がリビングに出てくると、そこにはランサナルがいた。他に誰もおらず、ランサナル一人だけだ。
「うん。おかげで疲れもとれたよ」
『それは何より。しのぶ、朝ごはんをぜっちゃんが用意してどこかへ出掛けたよ。カタノラルと一緒に。あとごうもどこかに用事があるとかで』
「へ、へぇ」
ランサナルは昨夜、警戒を解いて繭に入らずに寝た。忍が熟睡できたのは、その寝顔を眺めて安心したからである。そして、今家に二人きりであるというのは妙に忍をドキドキさせた。
「カタノラルは何か言っていた?」
『新しい盾を探すってさ。まだしのぶについていく気はないみたい。他の十一人を従えるって、けっこう簡単なことでもないのね』
言いつつも、ランサナルに不満な様子は無い。納得するまで再契約できるこの規則があるから、『盾』選びが悪かったという言い訳は生まれにくい。過去には勝者が力ずくで従わせた例もあるので絶対にとは言えないが、少なくとも選ばれた十二人に有利なようにこの規則は定められている。
「誰が相手でも僕は負けないよ」
『うん、私も信じているわ。しのぶはとっても頼もしいからね』
特別な意味がないと分かっていても、顔から火を吹きそうなのを堪えられない忍。そうとも知らずランサナルは会話を続ける。
『ねえ、しのぶ。あの矛を融合させたり、形を変えるのはどうやったの?』
「あれは五本の『矛』を解析したら柔軟に性質が変わることが分かったから、こう、感覚で?試しにやってみたんだけど……」
『なるほど。私の矛の魂を応用した感じね』
「そうなるのかな?」
『しのぶは頭もいいんだね』
ふふふっと微笑むランサナル。血圧が急上昇した忍は今すぐにでも放熱板を展開したい気分だった。今なら最高のロケットパンチを撃てる自信がある。
いかんいかん、話題を変えよう。
「ランサナルはどうして僕のような地上の人と契約したの?」
『そういえば話していなかったね。私はこの闘いで神を決める方法は少しおかしいと思ったの。暴力で神を決めるだなんて間違っているわ。でもそんなことを天界で言っても聞いてくれる人なんていないから下界の強い人と契約していっぱい勝って、下界の人までも神にしてしまう可能性を持つ危険性をアピールしたらいいかなって思って』
「強い人に出会えなかったら?」
『納得いくまで地上の人と契約するつもりだった。でも最初の一人目で一番強い人を見つけたから問題ないわ』
大胆な行動力だ。そして大胆な破壊力の笑顔だ。
「ら、ランサナルは天界の言葉で喋っているときの方がくだけているね。僕はいいと思うな」
『そう?ありがと。じゃあしのぶと二人のときはなるべくこっちで喋るようにしようっと』
ああもう、押し倒したい。
「テレビでも、つけてみようか。昨日の僕らのことがニュースになっているかも」
黒い欲望を鎮めるべく、テレビのリモコンへと手を伸ばす。忍はサイボーグだが、テレビをつける機能は付いていない。
『これは私も知っているわ。天界にも似たやつがあるのよ』
「そうなんだ。なら説明は要らないんだね」
とか言っているうちにテレビがついた。そして最初にやっている番組の、その映像を見た瞬間、忍とランサナルは言葉を失った。
昨日投稿された刃物を持った若者同士の決闘の映像。それと酷似した決闘が行われている現場から生中継。
「なんですかあなたは!?下界人のくせに凄まじい戦闘能力だっ……」
「お褒めに預り光栄の至りだ!悪いがその天使、その『矛』を俺に譲ってもらうぜ!【征天鬼】の奴らに遅れを取っているだなんて、【握天皇】の名に許されねえ行いだ。おらっ!潔くその『矛』をこの【大鋸】様に渡しやがれ!」
昨日投稿された奇妙な決闘の映像。その実態に迫る生中継!
「ま、待ってくれ!ちょっと、ま、待って……」
「あなたは『矛』を抜いているわ。戦闘の意志があるということじゃない。さあ、早くその『矛』を渡しなさい。【大鋸】の兄貴に遅れては私、【鎖鋸】のプライドが保てないのよ」
臨時スクープ!街中で突如刃物を使った決闘が発生。何かのパフォーマンスであるとの噂も。
「『矛』を寄越せだと?できるわきゃねーだろうが!『さっさとくたばれ下界風情が!』いつまでもこうしてお前の相手をしている暇なんて無い!」
「少し頭を冷やしてくださいよ~。僕は暴力って嫌いなんです。僕が怒る前にやめた方がいいですよ。かの場所では怒ると怖い【丸鋸】で有名なんですよ僕。チッ、ヤベェもう切れそう……」
「うわぁ……」
『えっと、これはどういうこと?』
なにも言わず忍は携帯電話から動画投稿サイトへアクセスし、一番注目を浴びている生放送番組を調べた。ため息が漏れる。
「……やっぱりね」
『これって、まさか!ぜっちゃんとカタノラル?』
【俺ん家の前】なんか辺りを破壊しながら斬りあっているやつがいる【魔境か?】
「あなたが相手だなんて。どうせなら姉上とお手合わせしたかったわ。【征天鬼】の最新作はお下品な子だと聞いておりましたゆえ、【弓鋸】の名前が汚れないか心配ですわ。それになんですの、その両腕についているブレードは?はしたないですわ」
「そのような言葉遣いは『大変無礼』!カタノンから借りたこの『矛』でゼッちゃんは自由自在な動きが可能になるんだからね!いくよ、ゼッちゃんの強さを思い知らせてやるんだから!【絶影】!からの必殺【ピストルキック】!」
爆音と共に映像が途絶えた。絶の両腕についていたブレードは明らかに昨日の男が持っていた『矛』と同じもの。つまり絶はカタノラルと契約しており、しかも契約の際両腕を突っ込んでいたということになる。
「ゼッちゃんめ、まさか無理矢理契約を迫ってないよね……」
『カタノラル……あなたはそれでいいの?』
ランサナルが心配するのも最もだが、実は契約を申し入れたのはカタノラルの方からであったりする。
【ミラー転載】外国人が撮影した日本が俺の知っている日本じゃない【たけのこかわいい】
「で、あなたの名前は?わたしは【剛鉄丸】。【征天鬼】の一号よ」
「あ、あたしは【握天皇】の五号。つまり最新型の【竹鋸】。さあ、真剣勝負……」
「ぶふっ!ごめんなさい、あまりにも可愛い名前だからつい。たけのこちゃんって言うのね」
「た、タケノコじゃなあーい!ちくしょうバカにしやがって!!いくよ、アグジップ。あなたの『矛』を存分に使わせてもらうわ!」
「のぞむところだ。こちらも迎え撃つぞ、ハンメちゃん!」
金属音を響かせながら全力で闘い合う二人。
「剛姉ちゃんまで契約したんだ……」
『もう、頭痛い……』
おねーさんを沢山引き連れているガキがうらやましいけど、なんかトラブってる模様。
『おい!我々に逆らうことが何を意味するか……』
『知ってるわよぉ、もちろん。でもウィパエル的にはこの子についていてあげたいというかぁ』
『調子に乗るなよ秩序院の犬共が。私たちキッスの力を軽く見てもらっては困るな』
『オジサンたちさ、お仕事なのはわかるけどメイセル姉は怒ると面倒だからやめなよ。まあトンファエルもオジサンたち嫌いだけどね』
『そういうわけで、今日はここまで!にできませんでしょうか?フィスチエルからのお願いです』
「お前らー!オレサマにわからない言葉で話すんじゃねぇ!本当に【貪天蝕】のトップであるオレサマの部下になった自覚はあるのか!?」
「もぉ、怒んないでよおとーだいくん」
「すみません。【灯台】様が可愛いものでつい」
「あはは、ごめんごめん。でもトウくん兄弟居ないよね?」
「あっ!ごめんなさい!とっくん怒った?飴食べる?」
「いらん!いや、いるけど!とにかくそいつらはなんだ?邪魔者なら排除しておけ!」
『はぁい』
『了解です』
『らじゃー!』
『ああ、結局こうなるのですか……』
「……」
『……』
映像で名乗っていたサイボーグたちは全員忍の知り合いだった。何人かは天使を強奪しようとしていたし、自分の姉妹はもはや天使と契約して戦闘に参加しているらしい。
映像に出ていた一部の天使たちはきっとランサナルの映像を見て地上の人が強いと思って降りてきた連中だ。有力な神候補にもはや一人も天界人が居ない。
「ねえ、ランサナル」
『……はい』
「止めにいくの、手伝ってくれる?」
『喜んでお供します!』
こうしてランサナルを連れて、親戚一同が天界を侵略しないよう闘いに明け暮れる忍の平穏ままならない日々が始まったのであった。
天界の神が決まるのは、もう少し先の話である。