豪華な暗号
この作品はフィクションです。実在の人物、団体、事件などにはいっさい関係ありません。
「はああ……。まじ、だりー!」
俺はトーストを食べながら、新聞の紙面を広げた。
求人情報やアルバイト募集の案内のページを探してみる。
案内はなかった。
高校を卒業してから、俺は、大学にも予備校にも専門学校にも行かず、親のすねをかじりながらの生活をしていた。
世間ではニートと蔑まれているものの、本人としてはしっかりと肩身の狭い思いを味わっている。なので、気苦労は社会人と比べても、五分五分くらいだろう。
そうでなければ、求人情報やアルバイト募集になど目は通さないはずだ。
「なんとか楽して金を稼ぐ方法はないものかな」
苦心しながら、もう一度目を皿にして探してみる。
すると。
太陽の光がちょうど良く当たったようで、特殊なインクで書かれた文字が浮かび上がってきた。
「なんだこれは……。暗号、か?」
そこには英数字等の羅列があった。
1~26、時代と文字、四分音譜、1929
kオrpoキkmnセwsoツnoイネilnヒyvnモuzgユqtoリjkuワwjwアnyイケvzkスliラチsqrヌmpuムoumヨtroルwznンlnoエpohカjkイサsqiテrvkマtxラヤmunヲimoクrubコuzイタprnナkynヒvwgムmooヨljuリiqnワntiオxsdキtrミスqonチwlnノmnwフowラミtksヤlsイレpsrヲkvホエxztカyuラセjisテuiiニpq
とにかく意味不明な文字面が、俺の視線をさらった。アルファベットとカタカナの混淆した文章はじつに印象的だが、ほかにも不明な点は散在している。
1~26……これはおそらくアルファベットの文字数だろうが、『時代と文字』『四分音譜』『1929』というのはなんなのだろう。
1929年の出来事といえば、世界恐慌やウォール街大暴落(暗黒の木曜日)だろうが、この暗号は経済情勢に関係があるのか?
『時代と文字』というのは、1929年(時代)とアルファベット(文字)ということで良いのか?
それならあらかた説明はつくが、『四分音譜』はなんなのだろう。これに限っては皆目見当がつかない。――まあ保留でも良いだろう。
推理で仕入れた予備知識を軸として、再度暗号文の意味を考えてみる。
しかし。
カタカナだけ読もうとしても、アルファベットだけ読もうとしても、あるいは両方まとめていっぺんに繋げて読んでも、数字に置き換えても意味がわからない。
それともまだなにか見落としがあるのか?
よくわからないが、紙に書き出してみて頭の中を整理してみよう。
俺は広告の裏に、暗号文を書き写した。
やはり結果は同じ。
収穫はなし、か。
と、肩を落としたまさにその瞬間。
残りの文字も見えた。
さらに淡い字体で、
0(ハ1)、7(C2)、9(レ)、3(ト)、0(E)、6(シ)、4(F)、2(イ)、4(ド3)、5(D2)、5(ミ2)
と、書いてある。
なにがなんだか訳がわからない。
俺はもやもやしたままではあったが、暗号のことは頭の片隅にでも置いて、街中を散策してみることにした。
明日にはバイトの面接が、明後日には何度目になるかもわからない企業の面接が控えているのだ。
そんな事情もあって、気分を一新させる必要があった。
「ちょっとその辺を散歩してきまーす」
呼び止められないよう玄関口でそう言って、家から抜け出した。
親からはよく、「バイトはしないのか」「就職はしないのか」と不安がられるが、俺にはそれがストレスに感じられた。
だからときどきこうやってリフレッシュをしている。
あてもなくふらふらしていると、いつの間にか最寄りの駅にたどり着いてしまった。昼前だが社会人や学生の姿がよく目立つ。
俺はどう見られているのだろうか。そんな疑問がふと頭をよぎった。
早く就職しないと……。
リフレッシュするつもりが、逆に鬱々とした気持ちになってしまった。
面接のときにも、その表情が現れているのだろう。だから採用されないのかもしれない。
さあて面接関係の本でも買って、家に帰ろっかなー。
と、本屋に足を向けたところで。
俺はストリートミュージシャンの存在に気がついた。
白昼堂々と熱唱している姿は、俺の心を動かすのに十分だった。
――ついでに音楽関係の本も買おう。
家に帰ると、親の目を盗むようにして自室に閉じこもった。
早速、本の中身をチェックしてみる。
もはや面接に関しては百戦錬磨なので、さきに音楽の方を勉強してみた。
しばらく経つと面接の練習もなんだかおっくうになった。
意味もなくイライラする。たぶんやることがないからだろうとは思う。
でも、なにかをやるつもりもない。
だから本当にただの暇潰しのつもりで、暗号を眺めてみた。
そうしたら。
解けた!!
解けたというか、解けたような気がした。
メモ用紙としてもちいた広告に、少し書き足しを入れててみる。
1~26、時代と文字、四分音譜、1929
kオrp/oキkm/nセws/oツno/イネil/nヒyv/nモuz/gユqt/oリjk/uワwj/wアny/イケvz/kスli/ラチsq/rヌmp/uムou/mヨtr/oルwz/nンln/oエpo/hカjk/イサsq/iテrv/kマtx/ラヤmu/nヲim/oクru/bコuz/イタpr/nナky/nヒvw/gムmo/oヨlj/uリiq/nワnt/iオxs/dキtr/ミスqo/nチwl/nノmn/wフow/ラミtk/sヤls/イレps/rヲkv/ホエxz/tカyu/ラセji/sテui/iニpq
四分音符には二つの意味がある。全音符をイチとした場合は、四分のイチ。四分音符をイチとした場合は そのままイチと表示される。
つまり、だ。
四分音符には、イチまたは四分のイチという数字が付与されているということになる。
ちなみにこの暗号の場合は四分のイチと定義されている。
それは憶測ではなく、論理で導いた。
もしもイチと読ませたいのならば、全音符と表記したはずだ。その方が自然とみるべき。
だから四分音符は、四分のイチとして扱う。
しかしこれだけでは解けない。
単語を四つずつに区切って読んでもわからない仕組みになっている。
ならば分節ごとに、縦に並べ替えてみたらどうなるか。
1~26、時代と文字、四分音譜、1929
kオrp
oキkm
nセws
oツno
イネil
nヒyv
nモuz
gユqt
oリjk
uワwj
wアny
イケvz
kスli
ラチsq
rヌmp
uムou
mヨtr
oルwz
nンln
oエpo
hカjk
イサsq
iテrv
kマtx
ラヤmu
nヲim
oクru
bコuz
イタpr
nナky
nヒvw
gムmo
oヨlj
uリiq
nワnt
iオxs
dキtr
ミスqo
nチwl
nノmn
wフow
ラミtk
sヤls
イレps
rヲkv
ホエxz
tカyu
ラセji
sテui
iニpq
一見しただけではよくわからないが、頭文字だけを繋げていけば答えに肉薄できる。
konoイnngouwイkラrumonohイikラnobイnngounidミnnwラsイrホtラsi
だがそれだけでは完全ではない。
じつはもう一歩先がある。
それを考えるためにはなぜローマ字の中にカタカナが混じっているかを考える必要が生じてくる。
普通ならばそのままローマ字読みにさせておけばよかったはず。もしくはカタカナ読みのどちらかだ。
なのにそれをさせなかったということは、カタカナもしくはアルファベットをべつの文字に変えろという命題と考えられる。
そして、今回変換すべきはカタカナ。
音名――ドレミファソラシド等の音の高さにつけられた固有の名称だが、ドレミファソラシドはイタリアで使われる名称である。日本ではハニホヘトイロハ、アメリカやイギリスではCDEFGABCとなる。
よって『イ』と『ラ』を、A。『ミ』と『ホ』をEとすると……。
konoanngouwakarumonohaikanobanngounidennwasaretasi
ローマ字読みを日本語に直すと、
『この暗号わかる者は以下の番号に電話されたし』
そして以下の番号とは、
0(ハ1)、7(C2)、9(レ)、3(ト)、0(E)、6(シ)、4(F)、2(イ)、4(ド3)、5(D2)、5(ミ2)
先のやり方で並び替えると、
090-4326-7455
要するにこの番号に電話しろということだ。
俺はそう解釈し、さっそくナンバーをプッシュし始めた。
数コール後に先方は電話に出た。
俺はしどろもどろになりながらも暗号を解いたことを伝えた。
すると、明日の13:00に背の高い草が生えた公園に来るようにと指示を受けた。
俺はバイトの面接をサボることに決めた。
翌日、指定の場所へ行ってみると、公園のベンチにアタッシュケースが置いてあった。いかにもといった感じだが、周りに人はいない。
俺は好奇心でその横に座った。
約束の時間になると電話がかかってきた。
「手短にいう。いいか、余計な詮索はするなよ」
機械のような音声が相手だった。
「お前の横にあるアタッシュケースには、百万円が入っている。いいか、好きなように使って良いから今日中に消費しろ。いいな、わかったな?」
「どういうことですか?」
「詮索はするなと言ったはずだ」
「わかりました、すみません」
一方的に電話は切れてしまった。
俺は怖くなってそこから逃げ出した。
しかし家に帰ってみると、驚くことに例のアタッシュケースが玄関に届けられていた。
俺は長い時間、怪しんでいたが、怖い連中が襲ってくることはなかった。
ということは、だ。
この暗号は新聞社からのプレゼントだったのだ。
俺はそう思い、一晩でお金を使い果たした。
まるで夢のような生活だった。
それが何日も続いた。
次の日も、また次の日も、同じ場所に同じ金額、同じアタッシュケースが置いてあり、俺は豪遊生活を楽しんでいた。
そこで俺はある仮説に思い至った。
それはトリクルダウン理論である。富めるものが富めば、貧しい者もその恩恵を受けられるという考え方だ。
なるほど。
この相手は俺に大金を使わせて、経済を動かそうというのだな。
疑うこともせずにそうだと決めつけて、俺は快楽のまま遊び続けた。
そんなある日。
俺は警察に逮捕されてしまった。
理由は簡単。贋札の使用である。
そこで俺は、はたと思い出す。
1929年、世界恐慌。
再び日本の経済が、いや世界の経済パニックになってしまうことを。
暗号の意味を。
今更ながらに思い出すのだった。
作中の電話番号は架空ですので、ぜっっったいに電話しないでください。お願いします。
(これは振りではありません)