8.お茶会は終わる
わたくしとクアラ、二人の協力を取り付けると、フレディは使用していた防音魔法をするりと消した。
クアラが恐る恐る周囲を見回しながら、「すごいですね」と感想を漏らした。
「本当に今の話、誰にも聞かれてないんでしょうか」
「そこは保証するよ。マーズ家は火の加護を受けてるけど、フレディは音の加護もあるから」
音を扱う魔法との相性がいいんだよ、とエリオットが説明した。
マーズ伯爵家は代々火の加護を受けている家柄である。その証拠に、フレディの髪色は赤みが混ざっているし、瞳も深い赤い色をしていた。わたくしの瞳の赤とは異なるが、見るだけで火の加護を受けているとわかる色合いだ。
だというのに、それとは別に音の加護もあるらしい。
エリオットの口ぶりからして、マーズ一族に、というよりはフレディ個人への加護だろう。フレディは困ったように眉尻を下げ、ぐ、と眼鏡を押し上げた。
「まあ、なんというか、ちょっと趣味のあった精霊と契約できたんで……」
言いにくそうなのは、秘密だから、というわけではなく単純に照れているからなのだろう。
音の加護を与える精霊と“趣味”があったのなら、フレディは何か音楽をしているのかも知れない。クアラがきらりと目を輝かせた。
「まあ! ではフレディは何か音楽を? ぜひ聞きたいわ」
音の加護持ちで有名なのは、クアラのソーノス家の方だ。
ソーノス家は著名な音楽家を何人も輩出している音楽一族で、音の精霊の加護を受けている。
音、なので色彩の特徴は現れないが、その代わり聴覚に優れ、音感に優れた子供が生まれやすいのだそう。
(そういえば、クアラも歌が好きだって言ってたな)
クアラのソプラノで歌われる歌はさぞ気持ちが良いだろうな、と何とはなしに思いながら、フレディの方を向く。
フレディは慌てた様子で「いやっ! ソーノス家の人に聞かせられるものでは!」と首を振ったが、やがてクアラの視線攻撃に負けて、ぽそりと「ピアノを弾いてます」と白状した。
「ピアノ! 素敵ね、殿下はお聞きになったことがあって?」
すぐさま、クアラの標的がエリオットへと移る。
フレディ本人に聞いたところで、まともな返答は来ないと踏んだのだろう。
フレディが「殿下、ありのままを言ってくださいよ!」と半泣きになるのを余所に、エリオットは「音楽は分からん」とばさりと切って捨てた。
「あら」
「わからん、が、フレディの演奏は好きかな」
直後に続いた言葉、は、お世辞ではなく本心だろう。
フレディの顔が瞳よりも鮮やかな赤い色に染まった。
「……ところで、気になってたのだけど。わたくしがハイクラスに入ったのは、殿下のせいですか?」
ぎゅっと口を閉ざして俯いたフレディが、見てわかるほど小さくなったのを確認して、さすがに可哀そうかと話題を変えてやる。
クアラはまだ話したそうにしていたが、そのあまりの照れ具合に追及するのをやめたらしい。エリオットが苦笑交じりに「照れ屋なんだよ」と、フォローになってないフォローを入れた。
「アリアがハイクラスになったのは、単にアリアの実力だと思うけど、どうして?」
「いや……この話をしやすくするために、こう、権力を使ってねじ込まれたのかなあと思いまして」
自分でも無理があると理解しつつ、聞いたのはただの悪あがきだ。
本当にそうなのであれば、ハイクラス所属はクアラも同じだっただろうし、エリオットが関与していないのは本当なのだろう。
「何、アリアはハイクラス所属に納得してないの?」
ひょこり、と顔を上げたフレディが、少しばかり顔色を取り戻して問うてくる。わたくしは大きく頷いた。
「学生の間に論文発表をしていたのはわたくしだけではなく、クアラも同様ですし。一般課程の成績も、魔法課程への進級試験も、そこまで良い成績ではないです。
家柄的にもミドルクラスが妥当かと」
なのにどうして? 問えば、わたくし以外の三人は顔を見合わせた。
「……一般課程の成績や、進級試験で手を抜いていたのは、教師陣にバレていると思うわよ」
クアラが一つ目の答えをくれた。
「えっ」
「だっておかしいじゃない。論文であんなに理路整然と新しい魔法理論を展開していくあなたが、マナーやダンスとかの貴族教養はともかく、一般教養の成績まで悪いはずがないわ」
「ハイクラス所属生徒の、一般課程時の成績は公表されてる範囲で確認したけど、アリアは総合成績が七十点になるように調整してたよね。内訳が違っても総計が毎回同じなのは流石に狙ってるのを疑うよ」
クアラに続けてエリオットまでそんなことを言う。
確かに、ミドルクラス範囲でそこそこの成績、と考え、総合成績については七十点になるよう調整をしていた。とはいえ、各科目の点数は毎回ばらけさせて変動するようにしていたのに。
「あと単純に、あれだけ斬新な魔法理論を発表されちゃあ、“魔法課程”としては期待せざるを得ないでしょ。
一般課程や進学試験の結果が実力通りだったとしても、魔法分野に特化してるならハイクラスに入れざるを得ない」
フレディが二つ目の答えを述べて、「俺、あれ読んだ時めっちゃ納得したもん」と続けた。
「魔力道の概念。あれは斬新だった。同じくらいの力を持つ精霊と複数体契約をしてても、引き出せる力がバラバラなのはどうしてか? って、魔法学界隈では長年研究されてたみたいだけどね。
精霊との相性っていう視点からしか論じられてなかったから、そもそも契約者と精霊を繋ぐものが存在する、という概念がなかった」
「魔力道は賛否両論のようですけどね」
私は面白い考えだと思ったわ! クアラが賛同するように手を叩いた。
「ハイクラスに入りたくなかったなら、論文発表を卒業後にすればよかったのに。
まあ、俺としてはハイクラスに入ってくれて助かったけど」
ふと、思いついたようにエリオットが言った。紛うことなく正論である。脳裏にルナムペルシャのにんまり笑った顔がちらついて、非常に腹立たしい気持ちになった。
腹立たしさに任せて、ぐっと拳を作る。
「……生み出された魔法理論を、すぐに発表しないのは魔法発展の大いなる損失だ! 少しでも早く議論されるようになれば、それだけ広く目に留まって、それだけ他の誰かのアイディアのきっかけになるかもしれないだろ」
思わず荒い口調で主張する。
クアラが隣で「アリア、口調、口調が崩れてるわ」と注意した。
「魔力道についてだって、仮にその概念が“正”だったとして、それならより効率的に力を引き出す方法を考察できる。でもそれが“正”であるかどうかは、理論をもとにして実践して、研究を進めてみないとわからないだろ。なら、その期間は少しでも早くあるべきだ」
エリオットはぱちりと瞬きをした。それから、「わからないこともないけど」と苦笑を浮かべる。
「とりあえず、君の素が“それ”ってことは理解した。そっちの方がいいよ」
主張に対して肯定も否定もされないことに、一瞬気の抜けた私はじっとエリオットを見つめ返した。
エリオットはふわりと柔らかく微笑んで、そんなことを言う。
“素”は確かにそうで、“そっちの方がいい”と言われたことに拍子抜けする。
フレディも何も言わずに、にこやかにわたくしたちを見守るばかりだ。
(しまった、熱くなりすぎたのか……――)
つい、研究が関わると熱くなってしまう。
研究することも、論文を書くことも大好きで、せっかく書いた論文ならいち早く発表してさらに議論を重ねたかった。今まで学内でわたくしの研究に触れる人はいなかったから、こうして聞かれたのも初めてだったのだ。
とはいえ、受け入れられてしまった以上、今更取り繕うのも変な話だ。
わたくしはエリオットとフレディを順番に見回して、ひっそりと、「じゃあ、」と口を開いた。
「……このままでもいい?」
「もちろん」
問えば二人はにこやかに頷いた。
「外見からは想像できないけど、論文読んでたら納得するよね」
それからフレディが付け足す。
それに、エリオットもクアラも「わかる気がする」と同意する。
「論文の文体だって固いし。ストレートに斬り込んでくる感じとかちょっと名残があるよね」
「わかりますわ」
なるほど? と、一応自分でも納得したふりをして、今度はわたくしが小さくなる番だった。
わたくしの口調は、前の生が大きく影響しているが、それだけが原因というわけでもない。
“魅了”を制御する前に心を通わせていた精霊たちの影響も大きくて、彼らは丁寧な言葉など使わないし、言いたいことを言いたいように話すのだ。
物心ついたころから彼らと会話していたせいで、すっかり口調の移ったわたくしを、家族や屋敷の人も躍起になって直そうとはしなかった。対外的にきちんと喋れたら問題ないと思われていたのだ。実際、家庭教師の前でわたくしは優等生だった。
屋敷以外でこれほど受け入れられてしまった事、に、急な恥ずかしさを覚えて黙り込む。
論文を読んでいたから納得できる、のであれば、やはりこの三人が特殊なだけで、他の貴族でいい顔はされないだろう。わたくしは改めて、気を付けよう、と肝に銘じた。
そんなわたくしを、三人が微笑ましそうに眺めているのが居たたまれなかった。
リンゴン、リンゴン、と二回目の鐘が鳴った。懇親会の終わりの合図だ。中央の方から、「皆様お楽しみ頂けたでしょうか」とアナウンスが入る。
「本日はお集まりいただきありがとうございました。これにて、懇親会を終了と致します」
ありがとうございました、の挨拶に、ぱちぱちと会場から拍手が上がった。わたくしたちも拍手をして、案内の生徒の指示に従い席を立つ。
「早速だけど、明日のランチに誘ってもいい?」
帰り際にエリオットが問うた。
すぐさま純度調査の件だと理解して、わたくしはクアラと顔を見合わせ頷く。
「大丈夫」
「私も大丈夫よ」
「それなら、学内レストランの個室を予約しておく。クアラは昼休みになったら迎えに行くね」
言いながら、フレディは「じゃあ僕は手配をしてくるから」と退場列から逸れていった。
わたくしもクアラも覚悟を決めた顔をして――それもそうだ、第三王子に昼食に誘われたのだから――互いに目配せし合う。どちらか一方だけだったなら惨事だが、二人ならば心強い。無言で頷き合うわたくしたちを、エリオットは不思議そうに見るだけ。
明日からの学生生活が、少しでも平穏であるよう祈るばかりだった。




