4.精霊は魔力がお好き(2)
「ちうちー、ちー!」
小精霊がちうちうと小さく鳴きながらこちらに近寄ってくる。
観察するクアラの方ではなく、無視を決め込もうとしていたわたくしの方へ向けて、だ。わたくしはうんざりした顔を押し隠して、寄ってきた小精霊を見下ろした。
「ちう、ちう!」
小精霊の口がぱくぱくと大きく動く。
小精霊が“おしゃべり”かどうかは個体差によるが、一般的に獣の姿に近いものほど無口で、人の姿に近いものほど“おしゃべり”だった。
だから本来、こうして小精霊が喧しく鳴いていても、微笑ましく眺めてスルーしても問題はない。し、普段のわたくしなら間違いなく無視をしていた。
ただ、この小精霊は少し気になることを言っていて。わたくしは知らず眉間に皺を寄せた。
「……クアラ、今すぐにわたくしの髪の色を隠す方法って、何かある?」
「は?」
小さな声で問えば、クアラが令嬢らしからぬ声を上げてわたくしを見つめた。
ちうちう、と、なおも小精霊は鳴いていた。今度は身振りも混ぜて、必死さが伝わってくる。
観念したわたくしは、その小さな頭を人差し指でそっと撫でてやった。途端に、小精霊の幼子のような顔が、とろん、と甘みを帯びてとろける。
「わあ、アリア、すごい。その子と契約したの?」
「してない。情報提供と力を貸してくれるお礼に、ちょっと魔力をあげただけ」
答えると、クアラはぽかんと呆けた顔をして、「小精霊の言葉がわかるの……?」と首を傾げた。
わたくしは何とも言えない表情のまま、「ああ、まあ」と曖昧な調子で頷くが、それ以上に返答しようもない。
わたくしの指をがっしり掴んで頬ずりをしている小精霊は、懸命にエリオットの動向を教えてくれていた。
わたくしが「殿下と会いたくない」と思っているのを敏感に察知したのだろう、月に属する小精霊のようだったので、感情を読み取られたようだ。
曰く、わたくしが教室を出た後数分もしない頃から、エリオットはわたくしを探して校舎中を走りまわっているらしい。
中庭に出るまでの間に鉢合わせなかったのは幸運だった。
元よりミドルクラスの友人と約束をしている、と伝えているので、ミドルクラスから中庭までの道で待ち伏せされていたら断れなかっただろう。
あるいは、精霊たちがわたくしの心情を察して、エリオットの行く先を誘導してくれたのかもしれない。
今は懇親会の開始時間が迫っているため、探すのを諦めて中庭へ向かっている最中だそう。この時間なら、わたくしも会場にいると思い至ったらしい。少しだけ間抜けだ。
(それにしても、どうして)
本当に兄のファンで、わたくしと兄の事を話したいのだとしても、些か度が過ぎている。
今、エリオットが特定の令嬢と親しくしたらどうなるかくらい、想像できぬわけもなかろうに。どう考えても、“兄のファン”というのは名目で、“目的”は別にあるのだろう。
戸惑うクアラを無視して、わたくしは流れ込んできた小精霊の魔法にぱちりと瞬きをした。じっと小精霊を見つめていると、ちうちう、ちー! と元気よく返事をくれる。
どうやら、この子が持っている色変えの魔法を使わせてくれるらしい。
(それなら、遠慮なく)
このテーブルが端の席でよかった。
体に流れる魔力を、小精霊から受け取った魔法に注ぎ込む。
人によって“魔法”の感じ方は違うらしいが、わたくしの場合は “糸”である。流れ込んできた糸に魔力を通して、糸が進むままに魔法を組み立てていく。それを外部へ放出するのだ。
もっとも今回はわたくしの髪色を変えるだけなので、派手な放出はしない。
「コロロ・ムタ・ティオ」
ぽつりと呪文を呟くと、頭のてっぺんあたりがむずむずとして、そのむずむずはするする下の方へと下がっていった。
体感にして数秒くらい。クアラが目をさらに大きく丸くして、「アリア、髪が!」と声を上げた。
大きな声ではなかったが、それでも近くのテーブルからちらほら視線が向けられる。
その頃には変化も終わりきって、わたくしは掬い上げた自分の毛先がしっかり黒色になっているのを確認した。
「うん、大丈夫だな」
「だ、……大丈夫だな、じゃないわよ!? さっき、その子とは契約しないって言ったじゃない」
なんで魔法が使えたの? と、クアラは心底不思議そうな顔をしている。
わたくしはなおも指に縋りついたままの小精霊を優しく撫でて、ご褒美にもう少し魔力を分けてやった。小精霊はそれはそれは、美味しいそうに頬を綻ばせて顔を赤くした。
「契約はしてない。なんというか……昔から、精霊に好かれやすいんだ。わたくしの魔力が美味しいみたい。だからこうして魔力をあげれば、契約をしてなくても助けてくれる」
それで、クアラもまじまじと小精霊の様子を見た。
一通り魔力を食べて満足したらしい小精霊は、「ちう!」と最後に一つ大きく鳴くと、ぽん、と音を立てて消えてしまった。
精霊はどの大きさでも進出鬼没で、自分たちが「姿を現したい」と思ったときにしか出てこない。
そうしている間に、周囲のざわめきが強くなった。
「エリオット殿下だわ」
クアラが言って、わたくしも視線を中央へ向ける。懇親会の開始まであと数分もない。
一番最後の入場で、ギリギリの入場だった。
視線を向けたものの、見つかりたくはないので視線はエリオットではなく隣のフレディに固定した。
小精霊から聞いた通り、エリオットもフレディも少し疲れた様子で周囲を見渡していた。
走り回ったせいか、うっすら汗をかいているようだ。あからさまに衣服は乱れていなかったが、それでも教室で見た時よりやや着崩れた印象を受けた。
案内の生徒が規定通りに「ご自由な席にどうぞ」と伝えつつ、それとなく中央付近のテーブルを指し示した。
自由、とはいえ、王族は誰もが見える位置に座るのが通例なので、中央テーブルに着いて欲しいということなのだろう。
わたくしはそのやりとりをぼんやり見つめていた。
目立つ銀髪はすっかり黒色に変えてしまったし、わたくしとエリオットは先ほどが初対面だ。
顔の印象はまだ薄いだろうから、目印となる銀髪で探すはず。わたくしの姿を見つけられなければ、大人しく中央のテーブルに着くだろう。
そう思ったのに。
「ああ、よかった。ルナエ嬢はこちらにいたか。ご一緒しても?」
エリオットはくるりと周囲を見回した。
その一瞬でわたくしの姿を見とめると、真っ直ぐ端のテーブルに寄ってきた。
それから、眉をちょっとだけ下げた、やはりぼんやりとした表情で問う。後ろで追いかけてきたフレディが苦笑を浮かべていた。
(これじゃ、従者の方がよほど状況を理解してるぞ)
思ったが口を噤む。クアラが笑顔を引き攣らせそうになって、なんとか耐えながらわたくしの方を見た。
「……王子殿下とご一緒できるなんて光栄ですが、こちらのテーブルは日当たりが悪うございます。お待ちの方もいらっしゃるようですし、どうぞ、中央のテーブルへ」
仕方なく、断りの言葉を並べる。フレディが「殿下」と嗜めるような調子で肩を叩いた。
「いや、実はさっき所用で校内を駆け回ったばかりで、少し涼みたいんだ。このテーブルがちょうど良さそうだし、ここで休憩させてもらっても?」
わたくしが日当たりを引き合いに出したので、言いながらエリオットは着席してしまった。
わたくしとしても、頑なに断り続けるのは体面が悪い。頷くより他なかった。
フレディが小さな声で「すみませんね」と謝罪をくれる。
あまりにいたたまれず漏れた言葉だと思えたが、それに答えるわけにもいかず、わたくしはぐっと顎を引くことしかできなかった。




