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15.伯爵令息は用意周到

 とにかく一旦学校へ戻ろう、と、フレディ主導の元校舎まで戻ることにした。


 図書館に当日予約で使えるミーティングルームがあるらしく、まっすぐと図書館の方へ向かう。

 魔法課程の校舎は本校舎と併設して四階建ての図書館があり、魔法に関わるありとあらゆる書物が保管されているのだ。

 一般課程の生徒でも申請をすれば利用できるため、わたくしも一般課程の頃に何度か足を運んでいた。研究図書や学術書ばかりでなく、魔法を題材にした文芸書や絵画の図録なども取り揃えてあり、棚を眺めているだけでも面白い。


 ミーティングルームの利用は魔法課程の生徒及び教師だけが許可されるため、わたくしは今まで利用したことがなかった。

 幸い部屋数が多いらしく、四人が入れる部屋をすんなり確保できた。授業が終わるまでもう幾ばくもないが、落ち着いて話し合える場所は必要である。


「さて、落ち着いたところで、採取した水の純度の調査をしたいんだけど」


 言いながら、フレディが広い机にばらばらと小さな器具を並べていく。見覚えのあるものもいくつかあった。


「正直、どれが必要なのかいまいちわからなくって。それっぽい奴を全部持ってきたんだけど、二人ともわかる?」


 問われながら、ちらりとフレディと目が合った。

 わたくしはすぐさま棒状の器具を手に取る。


「魔力濃度計測器かな。加護と魔法は厳密には違うけど、発動のエネルギーとなるのはどちらも魔力。この水に含まれる魔力がどの程度の濃度なのかわかれば、効力はある程度測れる」


 答えると、なるほど、とフレディが頷く。それから、ともう一つ手を伸ばす。透明なフィルムに入った、薄いメモ紙のようなものだ。


「属性検査も入れたほうがいいな。属性検査紙でわかるのは火・水・土・風・光・闇の六種類だけど、水属性の魔力かどうかの判別ならこれでいいと思う」


 だよね? と、クアラの方を向く。わたくしの手元を見つめていたクアラは、「それでいいと思うわ」と同様に頷いた。


「もう少し詳細に検査したいなら、魔力抽出機を使って魔力だけの状態にしないと難しいかも。うちの研究室に来ればあるけど……」

「魔力がアクーセルヴスのものかどうかって特定は、正直できないわよね。魔力分子の形状もわからないわけだし」


 つらつらと、クアラと意見を出し合う。

 今回の簡易検査でわかるのは、水に魔力が混ざっているかどうかという点、その魔力の属性、の二点だけだ。


 魔力抽出が出来れば、魔力分子の状態で加護か魔法かの判別がつく。その結合具合でどのような効果をもたらすのかを解析することが出来た。

 魔力抽出、と簡単に言っても、本来目に見えない力を強引に可視化して、強引に魔力分子などという要素に分解して、強引に根拠づけを行っているに過ぎない。

 魔力抽出自体は五十年近く前に生み出された手法だが、未だにその手法に疑問を抱く声も多い。


(頭が固いんだよなぁ、上の人たちは)


 あるいは、わたくしも前の生の記憶がなければ、同じように固い思考になっていたかもしれない。

 前の生での魔法理論をある程度理解していたから、かえって今生の魔法がちぐはぐに見えるのだ。ちぐはぐというよりは、穴だらけ、と言うべきか。


(殆ど解明されてないに等しかったし……なんとなくで精霊と契約して、なんとなくで使用してって……学問としてだって、そもそも百年くらいしか歴史がないからなあ)


 アクアサクラ王国の建国が数百年前であることを考えると、随分最近の話である。

 文明が起こる以前から魔法は身近にあったはずだから、もっと早く学問として成り立っていてもおかしくはないのだが。

 あるいは、身近な存在過ぎたのが原因なのか。実際のところはわからない。


「とりあえずは簡易検査の結果を見てから判断しよう。水の魔力以外の魔力が含まれていたら、それは解析する必要があると思う」


 黙り込んでいたエリオットが告げたので、わたくしたちは頷いて準備を始めた。


 フレディは運河の水をボトル一本分採取してきたようだった。

 広げた機材の中からシャーレを取って、ボトルから数滴分の水を垂らす。わたくしは手にしたままの魔力濃度計測器の電源を入れた。


 魔力濃度計測器は、その物質に含まれる魔力の濃度を、ゼロから百の数値で表現してくれる魔法具である。

 魔石と呼ばれる、魔力を内包する鉱石が動力として使われていて、原理としては計測器の持つ魔力への混入率で魔力濃度を測っている。

 こちらも人によっては不確かな計測である、と認めない場合もあるが、魔力抽出装置と比べると研究者たちの間で広く普及している器具の一つだった。

 この計測器が発明される以前は、自分で魔力を流し込んでその物質内に含まれる魔力との混入率を測って、と面倒な方法しか存在しなかったので、人によってばらつきがあったし、一律の結果を出せなかったのだ。

 魔力抽出装置よりは理屈も理解しやすく、手間が省けるなら、と使い始める研究者が増えて、今日に至る。わたくし個人としては、非常に便利な器具なので重宝している。


 掌くらいの大きさの魔力濃度計測器は、平べったい棒状になっており、先端を計測したい物質の内部に差し込むことで計測を行う。

 電源を入れている間は常に計測し続けているので、電源を入れてすぐ物質の中に差し込まないと、空気中の魔力濃度を計測してしまうのが難点だった。同時に、物質の濃度計測自体も数分待たないと正確な数字がわからない。

 そういうわけで、電源を入れた計測器の先端を素早くシャーレの水に浸す。

 数滴たらされただけだが、ぷくりと雫を保持した水は計測に問題なさそうだった。


 わたくしが魔力濃度の計測をしている間に、クアラが属性検査紙を一枚引っ張り出して、フレディの鋏を借りて適度な大きさにカットしていく。

 属性検査紙は、属性によって色味の変わる特殊な木より作られており、魔力に一定時間晒しておくと色味が変わっていく。それが何色かで何の属性なのかを判断するのだ。


 非常にわかりやすいが、火は赤色、水は青色、土は黄色、風は緑色、光は白色、闇は黒色、に変色するので、見ている分にはとても面白い。

 ただ取扱うものが全て単一の属性であるわけでもない。

 複数属性がある場合は混色状態で変色するため、何色と何色が混ざってこの色になっているのか? を分析しなければならなかった。

 わたくしはこの分析作業が苦手なので、属性検査紙の取り扱いは少しばかり苦手に思っている。


「……魔力濃度は八十七だな」


 魔力濃度計測器の数値が変動しなくなったのを見て、数値を伝える。フレディがノートに「八十七」と書きつけたのが見えた。


「じゃあ、属性検査を始めるわ。少し時間がかかるけど、変色変化は重要だから、皆でしっかり観察しましょ」


 クアラがいそいそと属性検査紙をシャーレの中に落とす。数滴分の水はあっという間に検査紙に吸い込まれ、急に質量を増した検査紙がシャーレの真ん中に鎮座した。

 全員がじっと見守る中で、検査紙は吸い込んだ水滴の中心辺りから、じわじわと鮮やかな青色に染まり始めた。鮮やかだが少しばかり暗い色のようにも感じる。


(これは……)


 やがて青色は検査紙全体を覆いつくして、数分後には白い紙が真っ青へと変化していた。

 見事な青だ、間違いようもなく水の属性。クアラが少しばかり安心した様子で「やっぱり水ね」と頷いた。


「違う属性が混ざってるという線はなさそうか……そうなると、やっぱり魔力抽出が一番かなあ」


 エリオットがちらりとこちらを見る。フレディが続けて、「アリア、お願いできる?」と首を傾げた。


「それは、できるけど……」


 わたくしは曖昧に頷きながら、もう一度属性検査紙を見やる。やはり青い。青いが、わたくしの知っている“水”の色ではない。


「できるけど、たぶんこれ、何かが混ざってるぞ」


 言葉で説明して納得してもらえるものとも思っていない。第一魔力抽出をしたら結果として出てくる内容だ。

 それでも多属性の可能性を伝えると、三人はきょとりと目を丸めてわたくしの顔を見つめ返した。


「何か理由があるの?」

「……納得してもらえるかわからないけど、一応」

「聞かせて」


 クアラが否定も肯定もしないまま、続きを促す。

 わたくしは頷いて、検査紙の入ったシャーレを手に取った。持ち上げて、光に透かしてみせる。光を通すと幾らか色が薄まって、混色がわかりやすい。

 気が付いたようにエリオットが「あっ」と声を上げた。


「すごく微妙な色合いの違いなんだけど、この検査紙、青というよりは若干緑に近くて、暗い色をしてる」


 クアラとフレディが違いを見極めようと、ぐっと目の力を強めた。フレディなどは強めすぎて眉間に皺が入っている。


「……言われてみると、確かに、通常の水の色より濃い感じがする……」


 ぽつり、とクアラが同意した。


「青というよりは青緑の方が近いかもしれないな。暗い色になったのは、三色の混色だからなのか、あるいは……」


 エリオットが不意に言葉を止めてわたくしたちを見回す。

 わたくしもクアラも予想はついていたので、同意するように頷いた。


「穢れているか」


 それは、分析してみるのが一番だろう。

 タイミングよく、リンゴン、リンゴン、と鐘が鳴る。授業終わりの合図に、フレディが「戻らなきゃ」と呟いた。

 抽出を頼む、とエリオットが改めて言ったので、わたくしはフレディから運河の水の入ったボトルをそのまま受け取ることにした。

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