婚約破棄とか逆に面倒じゃないかしら?
※ちょっと血が出ます。
※割とふんわりした設定なので、ふんわり読んでください。
「すまない。ミリアが熱が出て寂しいと僕を呼んでいるみたいなんだ。今日は失礼させていただく」
「いいえ。お構いなく。ミリア様にもお大事にとお伝えください」
淑女の微笑を浮かべ、軽く手を振ったキャスリンを、婚約者のロバートは見る事もなくさっさと去っていく。
さあて、この後どうしましょうかね、と呑気に考えているキャスリンに、お嬢様、と後ろで立っていた侍女のミーナが固い声を出した。
「ダッセル男爵令息はまたでございます。そろそろ旦那様に告げられた方が……」
「そうねえ……」
まだまだ温かいままの紅茶を飲み干し、ふふ、とキャスリンは笑みを浮かべる。
「時間ができたし、本屋さんに寄りたいわ。後、この間素敵なリボンを売っているお店があるのを聞いたの。少し気になるから寄ってくれる?」
「……かしこまりました」
お嬢様私は怒ってますよ、という態度を隠さない侍女のミーナに、キャスリンはクスクスと笑ってしまった。
--------------------
「あの男との婚約、いつまで続けるつもりだ?キャスリン」
「あらあら。これはマクセル侯爵令息」
ごきげんよう、と学園なので簡易な礼を見せれば、カリアン・マクセル侯爵令息は顔を顰めた。
「カリアンと呼べと言っただろ?」
「許可をされても、了承するかしないかは私に任せていただく事では?」
後、モストロ伯爵令嬢とお呼びくださいませ、とやんわりとキャスリンが伝える。
「あの男、昨日もキャスリンとのデートをキャンセルして、幼馴染の家に行ったのだろう?」
人の話を聞かないなあ、とか、どこから情報が漏れたのやらと考えつつ、そうでございますねえ、とキャスリンはのんびりと答える。
「病人をお見舞いする事は、デートより優先されてもおかしくない事ですよ?」
「その後で、街に2人で出かけたと聞く!」
「あら、ミリア様はすぐに回復されたのね。大事がなくて良かったわ」
のらりくらりと躱すキャスリンに、カリアンの眉間の皺が寄った。
こうなると次の台詞は大体予想がつく。
「あんな男とは婚約破棄して、俺と結婚してくれ!」
これで何度目かしら?と、カリアンの端正な顔立ちを見ながら、キャスリンはニコリと笑みを浮かべた。
「私の事を慕ってくださりありがたいのですが、ロバート様は父や家同士が決めた婚約なので……」
「だから、俺がお前の父親に直談判すると何度も言っているだろ!それに、うちの父も、モストロ伯爵家への婿入りなら文句は無いと言っている!」
カリアンが自信満々の態度で言い放つ。
なら何も問題無いわね!なんてここで言ってしまうような軽い頭の女だと思われているのかしら?とキャスリンは少し表情を消した。
もっとも、カリアンにキャスリンの心の機微など全く通じてない訳だが。
--------------------
友人達にも何度も言われたが、キャスリンはロバートとの婚約を破棄にも白紙にもしなかった。
ロバートはしょっちゅうミリアとベタベタしていたし、結婚前夜にはついに2人は結ばれましたとさ(物理的に)というオチもついていた。
結婚式の日は、招待した友人達が皆泣いていた。
辛い事があれば、相談してくれと言ってくれ、ありがとう、とキャスリンは微笑みを返した。
憎々し気にこちらを見るカリアンとは、終ぞ視線を合わせる事はしなかったが。
「…………と言うか、誰が呼んだのかしらねえ……」
招待状なんか送っていないのに、と、隣に立っていた父にポツリこぼせば、白々しさもそこまでいけば滑稽だな、と言ってクツクツと笑われた。
結婚式も終わり、モストロ伯爵家では軽いディナーが行われていた。
婿入りを果たしたロバートは緊張しており、それをモストロ伯爵家当主の、キャスリンの父が笑う。
母はキャスリンが幼い頃に亡くなっているので、今日は3人でのみのディナーだ。
父の後ろには家令が、キャスリンの後ろには侍女のミーナが立ってはいるが。
ロバートの中身の無い話に、キャスリンも父も愛想笑いを返す。
食事も一息ついた辺りで、そろそろ、と父が家令に声をかけた。
かしこまりました、と家令は頭を下げていったん部屋を出る。
ロバートが不思議そうに扉を見つめていると、すぐに家令は部屋に戻ってきた。
「こちら、モストロ伯爵領産のワインでございます」
「十年物だが、中々に深い味に仕上がっている。この年のブドウは出来が良かったから」
「私も昨日同じ年代の物をいただいたのだけれども、とっても美味しかったの。是非ロバート様に飲んでいただきたいわ」
家令がテイスティングを行い、まずは父に。
そしてキャスリンとロバートのグラスに注ぐ。
「凄く芳醇な匂いだ……」
少し離れていても、フワリと香る匂いが、上等なものだと物語っている。
男爵家じゃこんないい物を飲んだ事がないぞ、とロバートは密かに興奮した。
「これからの未来に、乾杯」
「「乾杯」」
グラスをあげた後、ロバートは一気にワインを飲む。
深いブドウの香りが口の中にいっぱい広がり、幸せな気分となった。
もう1杯、とねだろうとした瞬間、ワインの匂いとはまた違ったものが口の中いっぱいに広がった。
「…………え?」
一瞬自分はワインを口から零してしまったのかとロバートは思った。
だが違う。
鉄臭さと痛みを感じたのは同時くらいだったかもしれない。
「う゛うあ゛ああああああ゛ああ゛!!!!!」
痛さにのた打ち回り、椅子から転げ落ちたロバートを、キャスリンがいつもの微笑を浮かべて見下ろす。
少し経ってから、キャアアアア!とミーナの悲鳴があがった。
「ミーナはずっと私が婚約破棄しないのおかしい、って言ってたわよね」
「お嬢様、今はそんな場合じゃ!ロバート様が!!!」
「そりゃあ、私もこんなのと結婚はしたくないなあと思っていたけど、婚約破棄とか面倒じゃない?」
のた打ち回りながらあげるロバートの呻き声をBGMに、キャスリンが淡々とミーナに説明をする。
「婚約破棄なんかしたら、例えうちが悪くなくても、好き放題言われてしまう可能性があるわ。それに、ロバート様は曲りなりにも多少はうちの婿教育をされてしまったの。そうすると、簡単に放牧できないのよねえ」
いつどこで、モストロ伯爵家の情報等をロバートがポロリとこぼすか分からない。
そこまで深くも家の事を知らせていないし、ここ最近はその教育も無かったが、それでも、懸念は懸念だ。
「男爵家に再教育を、なんて、とてもじゃないけど、既にこんな愚か者に育てた家の人を信じる事なんてできないし、かと言って、彼が男爵令息のままじゃ、伯爵家が手を出せないもの」
これが王家なら話が変わってくるだろうが、伯爵家が男爵家より位が高かろうと、下位貴族の子息を勝手に殺す事などできない。
そんな事をしたら、こちらが罪を問われる形になる。
「だからね、いったん、ロバート様をモストロ伯爵家の人間にする必要があったの。そうしたら、所詮ロバート様は当主のコマ。当主がそのコマをどうしようと、誰も口出しできないわ」
でも毒杯ってこんな事になるのねえ、とキャスリンは呑気に、既に痙攣して呻く事もできないロバートを眺めながらポツリと呟く。
「絨毯を変えないといけないわね。ちょっと気に入っていたのに残念だわ」
「だが、ジャスミンの時のように外で行ったら、毒の影響が草木に出ただろ」
布に吸わせてそれを焼くだけの方が被害が少なそうだ、と父が少し思案するような表情を浮かべた。
キャスリンの母のジャスミンも、少々物事を深く考えられないタイプだった。
これで子がたくさん産めるタイプならもう少し生きていたかもしれないが、体のラインが変わるから嫌だと、キャスリンを産んだ後は、子供を成す事をしなかった。
だから、今日ロバートが飲んだ物と同じ物を、キャスリンが幼い頃に飲まされたのだが。
ガタガタと震える事しかできないミーナに、キャスリンは微笑みかける。
いつもの淑女の笑みだ。
「主君が2人いる、というのはとてもおかしな事なのよ、ミーナ」
「お、お嬢様、私は……っ!私は、お嬢様を思って……っ!」
「それで、マクセル侯爵令息に情報を?我が家の情報を、あなたの采配で勝手に?」
カリアンが休日のキャスリンの情報まで知ってるなんて、と思ったが、理由は簡単だった。
恋愛至上主義のような侍女が、当主やキャスリンにすら確認する事なく、他家の子息に情報を漏らしたというだけの事だった。
「じょ、情報と言うほどでは……」
「そもそも、結婚式に招待者以外を招き入れちゃダメでしょうに」
「カリアン様は、お嬢様を想って……っ!」
「違うでしょ?カリアン様はモストロ伯爵家に婿入りしたいだけじゃない。私が好きだというだけなら、結婚式で連れ去るくらいするでしょうに」
そうしたら、ちょっとはキャスリンの心も動いたかもしれないけれど。
正義のヒーローぶった欲深いだけの人間など、キャスリンは夫にも迎えたくないし、父もモストロ伯爵家に迎える事はないだろう。
けれど念のため。
「…………マクセル侯爵から縁談が入ってもお断りしてくださいね」
「当たり前だ」
キャスリンは政略結婚に抵抗は無いが、バカと接するのは嫌なのだ。
特に主人が誰かも分からなくなったようなバカ犬は。
「残念だわ、ミーナ。私、あなたの入れる紅茶が好きだったのよ?」
いつの間にか後ろに立っていた家令が、ミーナを背後から羽交い絞めにする。
「いや!やめて!お助けください!ごめんなさい!許して!お願い!嫌あああああ!!!!!」
何故毒杯を持った相手に口を開けるのかしら?と不思議に思いながら、キャスリンはミーナの口にワインを注ぐ。
家令がサッとミーナの鼻を抓んで口を閉じさせた。
暫く暴れていたが、やがて零れる赤がワインとは違う色になったので、家令も手を離した。
恨みがましい目でキャスリンを睨むミーナ。
だが仕方ない。
入り婿だって殺されるなら、使用人などもっと簡単に殺される。
それが貴族社会というものだ。
恋愛至上主義になりたかったのなら、貴族の家になんか勤めなければ、キャアキャアと言うだけ言えて楽しめただろうに。
貴族に、そんな物を求めるからいけない。
ミーナも男爵令嬢だったはずなのにねえ、と、キャスリンは小さな溜息を吐いた。
「旦那様、お嬢様。この度は、私の見る目の無さで、このような者を雇ってしまい申し訳ありませんでした」
頭を下げる家令に、頭を上げなさい、と父が声をかける。
「お前の不始末は自分でつけた。それで十分だ」
お前の忠誠心はかっているんだ、と父が笑みを見せる。
「しかし、お嬢様の手も煩わせてしまい……」
「私の侍女だったんだもの。私もそれくらいの事はしなくちゃ」
それより、早く処理をしてくれる人を呼んできて、とキャスリンは家令に頼んだ。
ただいま、と彼が出ていき、使用人が1人もいなくなったためか、父が自ら部屋の窓を開けてくれた。
流石に狭めのダイニングルームで、2人分の血液の匂いが充満しているのはキツイ。
「ロバート様のご実家の男爵家にはお見舞金を渡されるの?」
「既に婿入りで金は渡しているから、お気持ち程度だな」
「私、どれくらい喪に服していれば良いかしら?」
「2年くらいで良いだろ。5年前は幼いからと選考から外した、ジューダ子爵の所の三男が、来年には婚約を結ぶには丁度良い年齢になる。お前より一つ下だがな」
「あら、私姐さん女房になるのね」
「年上で失敗したから、今度は年下だ」
それに、マクセル侯爵令息は同級生だったから、落としどころとしては良いだろう、と父が笑う。
そんなもんかしら、なんてキャスリンは思いつつ。
ああ、明日から悲しい顔をする練習をしなければ、なんてぼんやりと考えていた。
婚約破棄がどうのこうのとか、向こうがああだこうだ言いってくるのも面倒だし、うん☆殺そう☆のノリ。
王家なら、結婚前にハイ!毒杯☆とかってできるかもだけど、伯爵家なら、いったん身内にして家族内での処理という事にしておこうかあ、くらいのふんわり設定です。
ロバート様は、結婚前に婚約者以外の人と関係を持ってしまったため、それを悔いて精神的にまいってしまったので、療養からの病死コースです。
モストロ伯爵家は、伯爵家だけどそれなりに歴史長いし、王家の覚えめでたい系の家です。ふんわり、暗部的なお仕事している家かなあと思っておりました。




