パート1 07
顔をしかめながら、零は自分のパソコンに届いていた一通のメールを眺めていた。
その謎のメールのドメインを確認してみるが、見たこともない文字の羅列だった。
いつもであれば、日本のものや海外からのものであっても決まったドメインが存在するが、そのどの定型にも当てはまらない
「···コール?」
差出人の名前は読み取ることができた。
アルファベット四文字で、''CALL''と書いてある。
そんな名前、知り合いも上司も同期も後輩からも聞いたことがない。
やはり何かしらの迷惑メールかと思い閉じようと思ったが、閉じずに手を止めたのだった。
理由はそのメールの内容だった。
''こんにちは、ワタリレイ''
その一言だけが、そこに書かれていた。
何故?最初に出た感想がそれだった。
このコールという人物は、零のことを知っている。
何故だかわからないが、零のことを知る何者かが、わざわざこの警察署のパソコンにメールを送ってきた。
イタズラか?
そう思った零が返信してみようとしたが···
「あ、あれ?」
打ち込もうとキーボードを見たその一瞬の隙に、メールが消えてしまっていたのだ。
受信トレイにも、ゴミ箱フォルダを見ても、どこにもない。
「私帰るわ、零。···どうしたの?」
「···いえ、何でも」
帰り支度が済んで出ていこうとした赤西が、パソコンにかじりつく零を不思議そうに見ていた。
何かの見間違いかも、そう思った零は赤西に挨拶もそこそこに、赤西が帰ったあと自分も帰る支度をしようと思った矢先だった。
「···またか」
パソコンに一通のメールが届く。
差出人は''CALL''、同じ人物からだった。
題名は無し。
恐る恐る零はメールを開いてみる。
''真実を知ってる''
その一言だけだった。
零の心臓の鼓動が速くなる。
一連の行方不明事件のありとあらゆる情報が頭の中を真っ先に駆け巡った。
この人物は何者だ?何を知っている?犯人なのかそうでないのか。
どうアプローチを仕掛けたらいいのか、零は慎重に言葉を選びながら、返信を打ち込む。
''あなたがどういう人物かは知りませんが、どういう意味ですか?何の真実です?''
送信ボタンを押して、待つ。
心臓の鼓動が収まらない。
着信をひたすら黙って待つ零。
真実とは何か、やはり何か一連のトリックがあるのか?
その時、メールの着信が入った。
''今、キミたちが追いかけている事件について''
零はデスクを軽く叩いて、キョロキョロと辺りを見回すような動作をする。
落ち着かない、すぐにでも上司に報告するか否か、まだ冷静に判断する必要がある。
イタズラにしては出来すぎている、個人の名前でわざわざ警察署にメールだなんて普通では考えられない。
考えられない···また不思議なことが起きている。
何故零にわざわざメールなのか、犯行予告なら直接警察署に電話なりなんなりのほうが事が大きくなり、犯人の欲求が満たされるはずだ。
その時、またメールが届く。
''その事件に興味はない、それについては、一言では説明できない。私が興味あるのは、君自身だよ。ワタリレイ''
意味が分からなかった。
一文では犯人ではなさそうだが。
どこの誰なんだ?何故自分に興味があるのか、零がそう考える間にまたメールが届いた。
''プレゼントだ。ゼロによろしく''
···なんだ?分からない。
''ゼロ''ってなんだ?
零が画面を見ながらまた頭が回りだそうとしたその時だった。
「先輩」
「うおっ」
後ろから青葉に話しかけられて、思わず一瞬体を震わせてしまう零だった。
振り向くと、青葉が不思議そうな顔をして零を見ていた。
「なんかあったんすか?」
「いや···そうだな。青葉、このメールどう思う?」
「メール?」
青葉は持っていた小包を自分のデスクに置くと、零の後ろからパソコンの画面を覗く。
上司に報告するよりも、まず一旦他人の意見を聞こうと青葉に尋ねた零だったが、緑川を探して目を離した瞬間、青葉に再度話しかけられる。
「どのメールっすか?」
「どのメールって、その開いてるやつ···」
「···広報っすか?」
青葉のそんな声に零がパソコンに目線を戻すと、さっきの一連のメールが綺麗に消えていた。
代わりに署内広報が表示されている。
「えっ?あれっ、違う。これじゃない」
「先輩···疲れてるんすよ。色々ありましたからね、今日。あ、その広報にある朝稽古また行くなら俺も行くっす」
青葉が自分のデスクに戻っていった。
いくら受信トレイをもう一度探しても、ゴミ箱フォルダを探してもやはり無い。
また綺麗さっぱり消えていた。
さっきの赤西の時もそうだった。
零が頭を悩ませていると、青葉が小包を持って再びデスクにやってくる。
「それとこれ、先輩にお届けものっすよ」
「···俺に?っていうか、ここに?」
「はい、なんか車で届けに来たって。宅配っぽくなくて···長い黒髪のスラッとした人で、帽子被ってたって。知り合いっすか?」
小包を渡してくる青葉から受けとった零は、すぐさま送り主の名前を探す。
どこを探しても書いてない、あるのは''渡零様へ''と書かれた文字だけだった。
「先輩、もしかしてネットの買い物の届け先ここにしてもいい感じですか?」
少し期待の眼差しで零を見る青葉。
「ダメに決まってるだろ。仕事終わったんならもう上がっていいぞ」
そう青葉に伝えると、青葉は''はーい''と一つ返事をして、荷物をまとめて帰っていった。
一人残った零は、小包をデスクに置いて考えていた。
差出人はそのコールという人物なのだろうか?
一体俺に何をしろというのか?
疑問ばかりが浮かんでは消える零、とりあえずこの小包を開けてみることにした。
茶色の包み紙を開けると、中には白い小さな箱が入っていた。
持ってみると軽く、中に何だか小さな塊のような物が入っている気がする。
箱の蓋は簡単に開いた、デスクに箱を傾けてみると
ゴトンッ
と、それはデスクに落ちてきた。
「···腕時計?」
最初に出た感想がそれだった。
よく見ると腕時計の形はしているが、指針があるわけでもなく、ただの黒い画面にバンドが付いている。
スマートウォッチと言われている種類のものだった。
持って観察して見ると、無骨なデザインだった。
黒い画面、側面に小さなスイッチが一つ、背面はシルバー。
黒いゴムのバンド、飾りっ気のないシンプルなもの。
全体的に見たことがあるようなデザインだが、違ったのは背面のシルバー部分に書かれていた文字だった。
目を凝らして見てみるが、何と書いてあるのか読めない。
見たことがない文字が書かれていた。
こんな文字があったかと記憶を巡らせる零だったが、全くわからない。
少しでも見たことがあるような感じでもない。
まるでこの世界の文字ではないような、そんな感じだった。
「零、そろそろお前も上がっていい時間じゃないか?」
「あ、部長」
カップに入ったコーヒーを持って部署に来た緑川にそう言われた瞬間、緑川は零の持っていたスマートウォッチに視線が移った。
「なんだ、カッコいいなそれ」
「なんだか···俺宛のものをこの警察署に持ってきたんです。長い黒髪のスラッとした人らしくて」
「彼女か?警察署には止めとけって言ってやれ」
「いやいや、そんな彼女いないです」
緑川は箱の包みに書いてある零の名前を見ると、一息ついて零のデスクに戻す。
怪しんでいる零に緑川は言う。
「不特定多数を巻き込む犯罪なら、警察署宛のハズだ。個人の名前を書いてるのなら、昔の友達かもしれない」
「だからって警察署に持ってきますかね?」
「住所がわからなくて仕方なく職場を訪ねたかもしれん」
改めてスマートウォッチを眺める零。
メールの件を緑川にも伝えようかと思ったが、メール自体が消滅していて証拠にならないのと、青葉が言うように疲れてる···のかもしれないこと。
見間違えることはないと思うが、その報告はまたメールが届いた時にしようと零は黙っていることにした。
「帰って思い付くやつに連絡でも取ってみろ。案外サプライズのプレゼントかもしれないぞ」
「俺誕生日でもなんでもないんですが」
「お前に気があるやつかもしれないな」
ハッハッハと笑う緑川。
埒が明かないので、零はとりあえずスマートウォッチは持って帰ることにした。
帰り支度をして、零は警察署を後にする。
明日は何か事件について進展はあるものかと、ぼちぼち帰り道を歩きながら考える零。
ポケットに手を入れると、自分宛に届いた謎のスマートウォッチに手が触れた。
取り出してみるが、やはり市販品との違いは背面の文字だけで、他は何も変わらなさそうだった。
コールという者からなら、これで何をしろというのか。
ふと零は、そのスマートウォッチを腕に着けようとしてみた。
すると、背面が腕に触れた瞬間だった。
ゴムバンドが自動で腕に巻き付き、留め金がロックされて外れなくなった。
「えっ、ちょっ、なっ、なんだ?」
留め金を力任せに外そうとしても、全く外れない。
ロック用のピンが微動だにしないのだ。
一切動かない。
「このっ···、なんなんだこれ···っ」
大通りでは目立つので裏路地に入り、外そうとする。
やはり全然ダメだった。
そうこうしているうちに、スマートウォッチの画面がうっすら点いたのがわかった。
「···なんて書いてあるんだ?」
ウォッチの背面に書いてあった文字と似たようなものが画面に次から次へと表示されていた。
出ては消えを繰り返した後に、画面端に小さな表示が出て、中央には心電図のようなグラフが現れる。
よく見てみると、その画面の右下辺りに、波紋のように円形に広がる青いグラフィックが現れ始めた。
「···」
何なのかはわからない。
しかし零は何かに導かれるように、何も考えることなく自分の指がその波紋へと吸い込まれていくように触れた。
その瞬間、ウォッチの画面が突然消えて、画面いっぱいに数字が表示される。
「···なんだ?うっ···おおっ···!?」
それとほぼ同時だった。
信じられないほどの目眩。
上下がひっくり返るような感覚、もう立っていられない。
「んっ···!うおっ···!おっ···!」
あまりの感覚に、零は路地裏の壁に寄りかかろうとしたが、そのまま体が壁をすり抜けるように体が倒れたのだった。
地面に倒れるかと思ったが、そのまま吸い込まれるように体が落ちていくような感覚。
尚も頭の中がひっくり返るような目眩が続き、零は意識を手放しかける。
何とか目を開けて辺りを見ると、先程までの景色は一変し、黒い空間に無数の光の筋が奥まで伸びていくような、不思議な空間にいることがわかった。
これが幻覚なのかそうでないのか、零は成り行きに体を任せるしかなかった。
こんな光景、今まで見たこともなかった。
流れ星のような光が、無数に伸びている。
しかし、次第に意識がハッキリしてくるような、大分目眩も治まってきた···その瞬間だった。
「んぐっ···!」
突然の衝撃に、思わず声が出る零。
地面にうつ伏せに叩きつけられたような感覚が零の体に走る。
「うっ···、んんん···うっ···」
衝撃の割には痛みはあまり感じない、次にわかったのは、そこは先程までいた路地裏のアスファルトではない感覚だった。
頬に当たる感触、地面についている両手、そこから感じるのは、芝生のようなガサガサした感触。
「なっ···何なんだ一体···」
体に響く鈍い痛みを押し殺しながら、零はゆっくりと体を起こして、周りを見渡してみることにした。
「···えっ···?」
その光景に、思わず零は声が漏れる。
「えっ?えっ?えっ!?」
さっきまでいた都市の路地裏とは到底思えない真逆の光景に、零は一人狼狽える。
周りを見渡すと、一面に広がる木々、草原。
そこは都会とはかけ離れた、どこかわからない森林の中の一角だった。




