パート1 06
警察署へ戻り、自分のパソコンの画面とにらめっこを進める零。
一定のタイミングでマウスを動かして、表示されている画像を送りながら眺めてはいるが手がかりになりそうなものは無く、夕方になっても零は途方に暮れていた。
やはり被害者はどこかに出掛けているだけで、この一件は単独事故だったのではないだろうか。
そんな考えが零の頭の中をよぎるのだった。
部長の期待に応えられるのだろうか?
零がそう考えていると、後ろに人の気配を感じた。
「うわっ、ナニソレ」
苦虫を噛み潰したような声で、赤西が零の背後から声を掛けた。
零が見上げると、その声色通りといってもいい歪んだ表情で、零のパソコンの画面を覗き込んでいた。
「行方不明になった被害者の自室です。俺にはちょっとわからない世界でして」
「ナニをどうしたらここまで部屋を散らかせられるの?」
抱えていた書類をデスクに置いて、赤西は首を横に振っていた。
缶コーヒーの蓋を開けて、書類をペラペラとめくり始めては、ボールペンを走らせる。
「事情聴取はどうでした?」
「それがいつもと状況が全然逆で私が困っちゃったわ。いくら単独事故で処理って言っても、運転手が人身に間違いないって引かないんだもの」
それだけ正義感が強い運転手で警察としては助かるが、被害者の痕跡もなく、ドライブレコーダーにも証拠が映っていない状況では、どうやっても人身事故で上げることが出来ない。
きっと調書も受理されないだろう。
「鑑識の結果は?」
「そっれっがっ···さぁ~」
書類の中から鑑識による結果を引きずり出してデスクに置くが、赤西は顎に手を当てて考え込んでしまう。
「トラックにも、電柱にも、被害者のDNAの反応が全く検出されなかったの。全くよ?ぶつかった痕はあるのに、そこからも全く見つからない。こんなことありえない」
その書類に差し掛かると、ボールペンが止まってしまう。
そんなやるせなさをどこにぶつけたらいいのか、赤西は書類を片付けて椅子の背もたれに深々と腰を掛けてしまっていた。
早くも事件が暗礁に乗り上げそうだった。
「そっちはどう?ご両親の様子は?」
「あまり気にしてないというか、元々そこまで関係が良くないみたいで。息子さんもずっと引きこもってたみたいですし」
「働かずに?」
「はい。体は健康みたいなんですが」
「ニートってこと?」
「···そうですね、言ってしまえば」
ふ~ん、と赤西は鼻で返事をすると、立ち上がって再び零のパソコンの画面まで戻ってくる。
画像を覗き込むと、片目を歪ませてふんっ、と短く鼻息を出して眺めていた。
「家から出たって言ってたからハニトラか何かに引っ掛かったかとも思ったけど、これじゃあ女の影は無さそうね」
「人付き合いもしなかったと言ってました」
「だから''こっちの女''に逃げたわけか。選ぶ権利無いものね、彼女たち」
画面の中のフィギュアやポスターを眺めながら、赤西はふむふむと頷き細部まで細かく指摘していた。
このポスターの、お尻を見せながら後ろに振り返り、両方の胸を見せるポージングは女性の体の構造上相当ムリをしないとありえないなど、女性目線の評価は中々に零も新鮮だった。
「うわっ、なんすかコレ」
零たちが話している後ろから、青葉がいつの間にか画面を覗き込んでいた。
赤西同様、青葉も苦い表情を浮かべる。
「あら、青葉。運転手はどうだった?今日は帰った?」
「納得してもらうの大変でしたよ。人身ってことがわかったら連絡しますって最後に言ったら、渋々帰っていきましたけど」
「そう言うしかないな、今日は」
大きくため息をつく青葉。
その様子から相当難航していたようにみえた。
事件の全貌が見えない中なら尚更だった。
「それ、行方不明になった被害者の部屋っすか?」
「ああ、母親が撮影を許可してくれた。手がかりは未だナシだな」
「すっごいすね。学生ん時住んでたアパートみたい」
その言葉に赤西が口を半開きにした呆れ顔で青葉を見ていたが、青葉は慌てて弁解し始めるのだった。
「今は違いますよ!こんなセクシーフィギュアも無かったし!ここまでオタッキーじゃないっす!···でも、これは懐かしいっすね~」
青葉は画面に複数表示されていた画像の一つに目を付けてそう言った。
拡大してみると、それは押し入れにギッシリと積み上げられた文庫本の画像だった。
「これがか?」
「ええ。俺も学生の頃よく読んでたっす。ちょっと流行ってたんですよ、ラノベが」
「''ラノベ''···って何だ?」
聞き慣れない言葉に零が首を傾げると、青葉は画像の中の文庫本を指差した。
文庫本ではないのか?と青葉に尋ねると、全然違うと青葉は言う。
「先輩知らないっすか?こういうのを''ライトノベル文庫''っていうんです。読んでみたら全然違いますよ」
「ラノベ···」
文庫本かと思いきや、これはラノベと呼ばれる文学作品らしい。
確かに一般的な文庫本と比べると、表紙が何だか漫画のようで、タイトルも特徴的とは思っていたが、新しいジャンルに零はまだピンと来ない。
「なんていうんっすかね···読みやすいんすよ。なんかゲームやってる感覚というか、小説みたいな難しい感じじゃないっていうか。キャラクターも漫画みたいで、取っつきやすいというか」
画像を拡大すると、確かに青葉の言う通り取っつきやすそうではある。
学生が好みそうな絵柄もそれなら納得がいった。
青葉は何だか懐かしいのか、話を続ける。
「作品によるんですけど、もう全然面白さが違うっす!ヘンテコリンで破綻してるような設定のやつもありますし。たとえば···転生ものとかそうっすね」
突然出てきたその言葉に、零は頭を捻る。
「···転生?」
「輪廻転生のこと?」
赤西もその言葉にピンと来てはいないようだった。
「輪廻転生は同じ世界じゃないですか、違うんっすよ。なんていうんっすか···突然別の世界に行って違う人間になるんです。地球とは全然違う、魔法とかドラゴンとかがいる異世界···っていうんすかねっ」
「パラレルワールドか?」
「それとも違うんっすよ。ホント全く違う世界なんっす。そこに、凄い能力っていうかなんかアイテム的なものを持って、もう行っちゃうんっす。主人公が」
何だかファンタジーのような世界が、零と赤西の頭の中に浮かんでくる。
青葉の言うように、ゲームのようなイメージだった。
「世の中···色んな作品があるのねぇ」
まだその内容に付いていけないのか、赤西も自分の席に戻り、書類の整理に戻った。
「主人公はその世界に行ってどうするんだ?世界を救うのか?それこそドラゴンとかから」
零は画像を拡大しながらそう言った。
「そういうわけでもないんすよ。なんかその凄い能力とかアイテム使って、こう、見直される···みたいな展開が多いっすね。''キャーッ、凄いー''って、可愛い女の子とかから。このフィギュアみたいな」
「なんだそりゃ」
青葉はパソコンの画像を指差す。
可愛い女の子にチヤホヤされたいという願望も後押ししているのかもしれない。
その、''物凄い能力''というのも、果たしてその人にとって良いものなのかどうかわからない。
技術とは10年経ってやっと一人前になるといわれている中で、そんな付け焼き刃のような能力が、その時力にはなるだろうが、身になるかどうかは少し不安だ
一日にして成らず···は、どの業界でも共通だ。
「男って···みんなそういうもんなのね。引くわー」
「いやいや、みんな一緒にしないでくださいっす赤西さん!」
「で、その世界にはどうやって行くんだ?ブラックホールに吸い込まれたりするのか?ワームホールか?」
話が段々と盛り上がってきたため、零も青葉に合わせて詳しく聞いてみることにした。
「うーん···一番多いのは事故っすね」
「事故?」
「現実世界で死んじゃうんっす。そして魂と体が別世界に転生するんです」
その言葉に、赤西が青葉のほうを見て聞き耳を立てた。
「どうやって?」
赤西が尋ねる。
「多いのは···トラックに轢かれるとかっすね」
青葉がそう言った瞬間、三人の空気が凍りついた。
零と赤西は顔を見合わせると、どういった感情か自分でも分からずに、乾いた笑いが次第に飛び出す。
青葉も自分の発言に気付き、そんな二人を見ながら、自然と口から言葉が出てきた。
「いや、いやいやいやいや真に受けないでくださいっす!」
青葉が手を顔の前で左右に振りながら、零と赤西に言う。
「いやいや、先輩。ラノベの話っすからね!こんな···ね?だって、ありえないっすよファンタジーっす!ファンタジー!」
零が再びパソコンの画面を見る。
大量に積まれたラノベの数。
行方不明者の数、種類。
職業と特徴の一致。
オカルトオカルトとこの事件は言われている節があるが、今の青葉の発言で、零はパソコンの画面を見ながら押し黙ってしまう。
「まったく、バカバカしっ!ダメよダメ!そんなことあるわけないじゃないっ!青葉の言う通りファンタジーよっ」
そんな空気を振り払うように赤西が立ち上がり零のパソコンまで来ると、画像の中のフィギュアを指差してそう言う。
「きっと犯人がどこかに誘拐したのよ。トリックはまだわからないけど、きっと見つかるわ!こんなのはホントにファンタジー!こんな存在しない形の偽物おっぱいに騙されちゃダメよあんたたち!」
「いやいやだから、ありえないっすって···ねぇ?先輩」
零は考え込んだままだった。
異世界。
真面目に考えれば考えるほど、赤西の言うようにバカバカしいと頭の中が警鐘を鳴らす。
ファンタジーに逃げるというのは警察官としてどうなんだと自分でもわかってる。
「···先輩?」
だが、何だか、何だか妙に引っ掛かる。
自分たちの知らない、それこそ人間の力や理解の及ばない未知の何かが身近に迫っているような、そんな気がしてならない。
被害者と''何か''が···結び付いていく感覚。
その直感を信じてもいいのかと、零は考え始める。
「何か見つかったか?」
「部長!」
緑川の声が後ろから響く。
続いた青葉の声に我に帰った零と、振り向く赤西。
零のパソコンの画面を覗き込む緑川に、少し青葉と赤西が身を引いた。
「ふむ···やっぱり、これだけじゃ分からないな」
「もうオカルト方向の話にしかいかないっす」
「盛り上がってた理由はそれか」
緑川にも少し声が筒抜けだったようで、赤西と零は申し訳なさそうに頭を下げる。
「ま、そう考えてしまうのも無理ない。やはり一日じゃ解決までは程遠い」
そう言いながら自分のデスクへと戻っていく緑川。
今日のものにならないって言ったろ?と零から視線を送られた青葉は、少し縮こまって頭を下げた。
「部長はどうお考えですか?」
赤西はいてもたってもいられない様子で、緑川にそう聞いた。
一度唸りながら考えた緑川だったが、頭を捻りながら言う。
「俺も考えたくはないが、オカルト的な力が働いているんだとしたら···俺たちの手に負えるものなのかとは、考えてしまうな」
「ちょっ、部長まで何言ってんすか!」
青葉が突っかかるが、緑川は手でまぁまぁと青葉を押さえる。
緑川も本心で言っているわけではないと、零もわかっているが口に出したくなる気持ちも何となく察する。
「でもそんなことばっかり言ってたら、進むものも進まない。ま、オカルト話はこれくらいにして、犯人の捜索に全力を注いでくれ」
緑川の言葉に、三人は返事をして頷く。
その言葉を待っていたかのように、得体の知れない仮説を振り払い、それぞれの仕事に戻る。
「···なんだ?」
その始まりは唐突だった。
零がパソコンの画像を閉じた瞬間、デスクトップでメールの着信に気付く。
パソコンには仕事のメールが届くようにはなっているが、今見ているような全くの無題というのは始めてで、警察に詐欺メールも考えにくいと、零は開いてみることにした。
それが全ての始まりだった。
零は、思い知らされることになる。
この世界の歴史、隠し通そうとされている真実。
命のあり方と、巡り合う因果。
創生と滅亡。
常識を越えたその世界に、一体何が潜んでいるのかを。
その時はまだ、知る由も無かった。
知ることになるなど、思ってもみなかった。




