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零の世界  作者: GT
パート1
5/21

パート1 05

「こんにちは、わざわざすみません」

「いえいえ、こちらこそお昼に突然お伺いしてしまって。渡と言います、いくつかお聞きしたいことがございまして」


 玄関先で入り口の扉を挟み、警察手帳を見せて挨拶する零を迎えたのは、50歳半ば位の奥様だった。

 被害者の面影が残るその顔つきから尋ねてみると、母親で間違いなかった。


「突然のことで驚かれていると思いますが、息子さんのことでその···」

「それでしたらどうぞ、上がって調べていってください。構いませんから」

「いえいえ、ご主人もいらっしゃらないのに···」


 零は断ったが、どうぞどうぞと中へと通されてしまった。

 玄関先や奥に伸びる廊下などは綺麗に整頓されていて、奥様の性格が伺えた。


「どうぞ、こちらです」

「あ、はい。すみません、お邪魔しますね」

 

 玄関へと通されて、階段を登り、奥様に二階へと案内される零。

 家自体は二階建ての一軒家で、大きくもなく小さくもない、家族で暮らすには十分な大きさだった。

 ほのかに香る芳香剤の匂いが、風情を感じる。


「どうせなら、警察の方に調べてもらえると嬉しいと···主人とも話していまして。言ってしまうんですが、私もあまり関わりたくなくて」

「あの、込み入ったことを聞くようで申し訳ないのですが、息子さんのその···普段の様子というのは?」


 現場で警察官から内情は聞いていたが、改めて本人の口から詳しいことを尋ねてみる。

 奥様は言いずらそうにしていたが、ゆっくりと話し始めた。


「あの子は、学生の頃からまわりに馴染めずに、引きこもるような生活を続けておりまして。私も主人も意見しようものなら、物を投げたりして人の話を聞き入れようとしなくて···恐くて」


 階段を上がって二階の廊下へ出ると、白い壁の至るところに小さな穴が見える。

 よくよく目を凝らして見てみると、所々本来の壁よりも綺麗な白い補修した痕が、痛々しく残っていた。


「学校を卒業してからも、働くこともなく家に引きこもって···自分の部屋で好きなことをして、この20年以上を過ごしていました。その間一緒にご飯を食べたこともありませんし、ずっと、何ていうんですか、テレビゲーム?をやっているみたいで、叫び声がたまに···」


 廊下の壁には写真を飾っているコルクボードが掛かっていたが、どれも被害者が子どもの頃のものばかりで、最近の写真が全く無い。

 笑顔に溢れるものばかりだったが、その息子の話をしているはずなのに、奥様からはこの頃のような笑顔は微塵も感じなかった。


「ここです」


 一室の前で奥様の足が止まった。

 なんの変哲もない一枚の扉、だが奥様は扉のドアノブに手を掛けようとはしなかった。


「ご飯もこの扉の前に置いておくと、食べてここに置いてくれているので、それを片付けるという感じで」

「ご本人にお会いする機会というのは?」

「今日みたいに本当にたまに出掛ける時に見るくらいで、声も掛けてこないし掛けませんから、会話もありません」


 この家族のリアルな実情に、零は返す言葉がなかった。

 つまり被害者はこの家族にとっては異物のような存在であり、どちらかといえば取り除かれるのを望んでいる。


 いなくなっても構わない人間。

 それがハッキリそう言われなくても、言葉の節々から感じとることができた。

 だから行方不明になっても、ご主人が帰ってくるわけでもなく、騒ぎ立てることもない。

 逆に、安堵の声が聞こえるくらいに落ち着いているのが零にもわかった。


「では、ご自由に調べてもらって構いませんので。私は、下に行っていますから」

「ありがとうございます。では後ほど、何か手がかりが見つかりましたら、お伝えします」


 零がそう言うと、奥様は軽く一礼して階段を下りていってしまった。

 

 一人になった零は手袋をして、扉のドアノブに手を掛けた。


「すいません、失礼します」


 何があるかわからない、だが重要な何かがあることを信じて、部屋の中へと踏み込んだ零。


「···んっ」


 思わず零は自分の鼻を手で押さえた。


 始めに感じたのは、その匂いだった。

 汗臭く、衣類だけでなく家具などにも染み付いてしまうほどの不快な匂い。

 何日も洗わずに着回したTシャツのような匂い、それが一室を濃く支配していた。


「電気は···どこだ?」


 その部屋はカーテンが閉め切られていて、光一つ入らない暗闇だった。

 確認しようにも電気がなければどうしようもない。

 手探りで壁に手を這わせると、電気のスイッチをやっと見つけた。

 そして電気をつけてみると、部屋の様子が否が応でも目に飛び込んでくるのだった。


「これは···何だ?」


 どうやったらここまで散らかすことができるのか。

 それが零が率直に感じた感想だった

 

 棚、机、テーブル、床、全てにありとあらゆる物が散乱し、異臭を放っているものもある。

 それが何かのケーブルだったり、お菓子の袋、ペットボトル、いつ着たのかわからない上着、ジーパン、服はもうシワが目立ってしまっており、このまま着るのは躊躇ってしまうものばかりだった。

 床の上は足を置くスペースを確保するのも難しく、そんな中を零は何とか進んでいく。


 匂いにも少し慣れて、部屋を見回す。

 散乱している物の次に、それと同じかそれ以上に部屋の至るところに存在している物があった。


「アニメか···漫画のキャラクター?」


 色鮮やかでビビッドな配色が特徴的な服を身に纏ったもの。

 服というよりはビキニに近く肌が占める面積が多く際どいもの。

 極端にスカートが短く、ポージングによっては下着が見えてしまっているもの。

 作品はわからないが、主に女性の可愛らしいフィギュアが部屋の至るところに並べられており、部屋にいると妙な視線を感じるほどであった。


 他にも調べてみると、フィギュアが飾られている棚の後ろにはアニメの女の子のポスター。

 あるキャラクターが飾られている目の前には、そのキャラクターが写っているカードのようなものが置かれていて、ライブにでも行ったのだろうか、アリーナ席のチケットと銀テープが置かれていた。


 おそらくこの一室が、被害者にとっての世界であり、ここが全てだったのだろう。

 外界から隔絶された空間、誰にも邪魔されることなく自分の好きなことをだけをする生活。

 零には中々理解し難い世界だった。


「こんなパソコンがあるのか···」


 部屋の片隅には、中身が丸見えで色々な色のLEDが綺麗に光っているパソコン本体と、高そうなモニターが三つも並べられているデスクがあった。

 ゲーム用とでもいうのだろうか?


「···いくらするんだこれは」


 かかったお金を考えると相当な金額が予想でき、本人の収入が無いことを考えるとご両親の負担が垣間見えた瞬間だった。

 パソコンの隣にも三段ボックスがあり、そこにはブルーレイなどのディスクケースがズラッと並び、アニメーションのタイトルごとに綺麗に整頓されている。


 趣味のことばかりで自分のことはだらしない。

 人としての優先順位の意識が心配になる零だった。


「···これは?」


 ふと、その三段ボックスの隣、この部屋の押し入れの扉が少しだけ開いているのが見えた。

 中には本のようなものがギッシリと詰まっているように見え、何か手がかりのようなものがないか、開けてみることにした。

 引き戸であったため、物に当たることなくスムーズに開いた。


 その中にあった物の数と迫力に、零も思わず息を呑む。


「文庫本···か?これは」


 押し入れの中を隅々まで埋め尽くす程の量の文庫本。

 紙のブックカバーが巻かれているものから、透明なカバーのものまで様々な作品が山積みにされていた。

 よく見てみると押し入れの奥にも本棚があり、そこに入りきらないものが手前に横にされてタワーのように積まれていた。


「···社畜···なんて?」


 よく読めなかったので、ペンライトで照らしてその背表紙に書いてあるタイトルを見てみるが、文字が小さすぎて全く読めなかった。

 それほどまでに背表紙にビッチリと書き込まれていたため、一瞬横文字かとも思ったがどうやら違うようだった。


 その本の内容が簡潔に説明されており、中身を見なくても大体がわかるようになっているみたいだが···。


「世の中の流行はわからん」


 それでは本の意味が無いような気がした零だったが、これが今の流行りなのだと深くは考えないことにした。

 その本たちの表紙にも、可愛らしく色とりどりの女の子が描かれていたため、被害者の趣味は幅広く、こういうジャンルのものが好きなことは理解できた。


 だが、事件に繋がる証拠は、どうしても見つからなかった。

 念のため部屋の様子を写真にだけ収めて、その部屋を後にする零。


「どうでした?何か手がかりはありました?」


 下に下りていくと、廊下で奥様が待っていた。

 零は首を横に振ると、頭を下げて一言お礼を言う。

 奥様の様子は落胆しているようでも何でもなく、ただそうしている零を見つめていた。


「ご協力ありがとうございました。息子さんについて何か情報が入り次第、すぐにご連絡いたしますので」

「はい、お待ちしております。···息子の部屋どうでした?あんな様でもうお恥ずかしくて」

「あぁ···いえいえ」


 零もどう返したらいいかわからず愛想笑いでごまかすが、その反応で零がどう思ったのかは奥様に筒抜けだったようだった。

 奥様も愛想笑いで返す。


「何を考えてるのかもわからなくて。人付き合いせずに、ああいうものにのめり込むってことは、いつまでたっても恋人なんて考えもつかずに···将来が不安で」

「もしかしたら、趣味の合う方を見つけたのかもしれません。今は、出会い方も様々な時代ですから」

「私と主人が生きている間はいいんですが、その先を考えると···どうしてもね。ごめんなさいねこんな話」

「あぁ···いえいえ」


 その言葉は心の底からくるものだったのだろう。

 心の内から漏れだしたその感情が嘘ではないことは、零にも痛い程伝わってきた。


 最後に深々と頭を下げた零は、奥様に見送られながらその家を後にした。

 ご主人に会えなかったことが残念だが、お仕事なのだから仕方がない。


 そこからも息子に対する関心が伺えたが、零は深く考えるのをやめて現場へと戻るのだった。

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