パート1 04
「青葉、回せ」
零にそう言われると、青葉はセンターコンソールにいくつも付いている四角いボタンの一つを押す。
するとサイレンは鳴らずに赤色灯だけが回り初め、付近の建物のガラスや壁に反射して映り込んでいった。
最近導入された技術で、サイレンの光りかたに変化があり、聴覚障害者でも緊急かそうでないかがわかるようになっている。
「昼過ぎだから人の往来に気を付けろ、サイレンが鳴ってないから気付かない人もいる」
「了解っす」
昼食が終わったサラリーマン、昼から学校に行く学生、帰ってくる小学生、様々な人の中をかき分けて現場へと向かうため、最新の注意を払う。
現場に近づけば、それを見に来た野次馬たちにも気をつけなければならず、中々たどり着けないこともしばしば。
なるべくならスピーカーで注意したくないのが本音だった。
「···あれっすかね?」
「あれだ、あれの後ろに停めてくれ」
零の目線の先には、規制線が張られた現場と、同じように赤色灯が回されて停められているパトカーが数台。
おそらく一番後ろに停められているのが赤西たちが乗ってきたものだろう。
先に現場に入っていた警察官たちが、検証を行っている真っ最中だった。
「行くぞ」
「了解っす!」
パトカーの赤色灯を回したまま、零たちもパトカーを降りて現場へと乗り込んでいった。
「お疲れ様です」
「お疲れ様っす!」
「あら零、青葉。来たの」
規制線をくぐると、そこにはちょうどバインダーを片手に書類へ何やら書き込んでいる赤西がいた。
何か情報を掴んだのかと思ったが、ボールペンを顎に当てたまま赤西は目線を落として考え込んでしまっているのだった。
「現場はどうです?」
零が赤西に尋ねるが、その表情は口をへの字に曲げて、両腕を少し開くと零たちに向かって不満そうに少し唸った。
「まー~ったく証拠が出てこないの、こんなの今まで見たことない」
まったく資料通りの光景に、改めて異常さを感じとる三人だった。
赤西に案内されて、零と青葉もゴム手袋を受け取ると現場の中へと入り込む。
そこは住宅街にある何の変哲もない信号のない十字の交差点だった。
事故多発地域でもなく、見通しも悪くないごく一般的な交差点。
指摘するところといえば、住宅街ゆえに塀が多く、比べるのもアレだが見通しが悪くはないが良くもない。
カーブミラーが設置されているが、よく見て車の頭を出さないと歩行者とぶつかってしまう危険性はある。
しかし、道幅もトラックと乗用車がすれ違えるくらいは確保されていて、歩道は無いが歩行者が歩けるスペースも十分にある。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です。渡さん」
鑑識の人たちに挨拶されながら、零も現場を見ていく。
その一角、交差点の曲がり角の端の電柱。
そこに原因ともいえる車両が停まっていたのだった。
「あのダンプが?」
零の言葉に赤西が頷く。
「そう。ダンプがメインの通りから裏路地に左折、その時に被害者を確認も間に合わず電柱との間に挟み込むように···っていうのが運転手の証言。被害者と思われる人物は男性、30代後半」
赤西の言うように、交差点の端にダンプカーが電柱に突き刺さっているように停まっていた。
電柱はひしゃげていて、ダンプカーの運転席に寄りかかるようにして倒れずに止まっている。
あの間に人が挟まれたらひとたまりもないのは、遠くからでもわかった。
「運転手はそう言ってたんだけど···まぁ零も見てみて」
「わかりました」
近くまで来ると、調べていた警察官に挨拶しながら零と青葉もダンプカーのフロント部分を覗き込む。
いざその箇所を見るにあたりさすがの青葉も若干身を引いて覗き込んでいたが、零も覚悟を決めて前に乗り出して見る。
つぶれたフロントバンパーとキャビン前側、割れたヘッドライト、地面に散乱する車の細かな部品。
そして折れた電柱の根元、車に寄り掛かる電柱。
それしかない。
それしかないのだ。
被害者の姿が全く無い。
衣類の繊維なども無い、事故の痕跡はあるが被害者の痕跡が無い。
異様な光景だった。
「キャビンの下側···にもいないっす。センターのプロペラシャフトの付近にも何も無いっす。本当に被害者が見当たらないっす!」
ダンプの下に入り込んだ跡も無いようだ。
「確かに人とぶつかった痕はあるの。それじゃないとトラックのグリルのこの部分が折れ曲がってるはずがないもの」
赤西が指差すトラックの正面中央にあるプラスチックのパーツ。
そこが中に折れ込んでいるような形になり、たしかにこの状況だと人間がぶつからなければ折れ曲がらない部分だった。
「運転手はどこにいます?」
「こっちよ。別の警察官が話を聞いてるわ」
また赤西に案内されてついていくと、現場を少し離れた歩道で、運転手がまくし立てるように警察官に現場を指差しながら説明していた。
「俺は確かにぶつかったんだ!もっと確認してくれよ!俺は人を轢いちまったんだよ!早く助けてやってくれよ!」
「落ち着いてください運転手さん。調べても被害者がどこにもいないんですよ。何か···別なものにぶつかったとかではないですか?」
「確かに見たんだよ!人がぶつかったのも覚えてる!頼むよ!早く助けてやらねぇと···ドライブレコーダーでもなんでも調べてくれよぉ!!」
「ですからドライブレコーダーにも···」
次第に頭を片手で押さえ、追い詰められた様子で取り乱しかけたところを零は間に入って落ち着かせる。
ハチマキを巻いて、ツナギの袖を腰で縛ったTシャツ姿のおじさん。
建設会社のロゴがトラックに書いてあるところを見ると、作業現場へと向かう途中だったのだと思う。
「兄ちゃん···俺もうダメだ···」
「運転手さん落ち着いて。見間違いというのもあながち間違いじゃないんです。運転手さんもお仕事でお疲れでしょう。工事現場も朝早くからやってるところもありますし」
「そりゃあ···今日もそうだったけどよぉ···」
運転手は歩道に座り込み、額に手を当てて項垂れてしまう。
「渡さん、ちょっと」
その時、対応していた警察官に話しかけられた零。
見せたいものがあると、パトカーへと案内される。
「こっちは任せて零。青葉にやらせるから」
「は、はいっす!」
赤西に言われて事情聴取の準備に取り掛かる青葉。
それぞれの役割に取り掛かり、零はパトカーに乗り込むと、警察官からモニターを見るように言われて画面を覗き込む。
「これが先ほど運転手が言っていたドライブレコーダーの映像になります」
「ありがとうございます」
フロントガラスに貼り付けられているドライブレコーダーが、車が進んでいく先を映している映像が流れる。
現場の交差点から少し離れた先からの映像で、行き交う歩行者の顔、車、信号の状態までハッキリわかる程のクオリティの映像だった。
「飲酒の可能性は?」
「アルコールチェックしてみたところ、反応無しです。勤めている会社に確認してみましたが、朝のアルコールも検出されず、パンすら食べていません。薬物使用の疑いもなさそうでしたが、それは署で改めて検査いたします」
「本人に精神的な障害は?」
「全くありません。毎年の健康診断なども問題なく、最近の通院自体ありませんでした」
ということは精神的なものからくる幻覚などを見た疑いもほぼない。
映像を見る限りふらつきもない。
室内を若干見ることができるドライブレコーダーだったが、運転中にスマートフォンを操作するなどよそ見をしている様子も無さそうだった。
「ここです、ここからです」
そう言われた零は、注意深く映像を覗き込んだ。
トラックが現場の交差点へと侵入、誰もいないと確認したのかスムーズに左折していくが···。
「···ん?」
一瞬、トラックが右に車体を振ったのだ。
まるで何かを避けるように、ドライブレコーダーには何も映っていないのに、その''何か''を避けるようにトラックが動いた。
「ん?ん?」
そしてそのまま道路に戻ることなく、一直線に角の電柱へと突っ込んでトラックは停止。
慌てた運転手がトラックの目の前に出てきたところで映像は終わっていた。
パトカーの中に沈黙が走る。
「どう···思います?」
映像が終わって呆気に取られる零。
警察官が零に尋ねてくるが、頭を捻る。
「どう···と言われましても、自分も何が何だか···」
運転手の言う、被害者の姿がドライブレコーダーには全く映っておらず、映像だけ見るとただ車が突然蛇行運転して電柱にぶつかるという単独事故にしか見えなかった。
他に被害者がいなかったことが不幸中の幸いだが、映像からは被害者の様子が全くわからない。
「ちなみに、そのぶつかったと思われた被害者の情報はどのように?」
「この付近の住宅に聞き込みを行ったところ、一件興味深い情報がありまして。普段外出なんかしない息子さんが珍しく外に出たと思ったら、一向に戻らないと言っていた奥様が一人」
零の頭に資料の行方不明者の特徴がよぎった。
「出掛けて戻っていないだけでは?」
「それはありえないと言っていました。いつもはすぐに帰ってくるのが殆どで、家出にしても、''あの子は一人で生きてはいけないと思う''と」
「···なるほど」
「それと···奥様の様子が、あまりその息子さんに関心が無いといいますか···」
「関心が無い?」
何だか気まずそうに話し出す警察官。
その内容に零は、残酷な現実を突き付けられているような気がして、心が痛み出すのだった。
「···私も、部長に許可を得ているので、任意での聞き取りに伺います。この現場はよろしくお願いします」
「わかりました。ご住所は?」
「わかっています、大丈夫です」
零がそう言うと二人は車を降りて、警察官は敬礼の後、再び運転手の元へと駆け寄っていく。
赤西と青葉も現場に戻り、更に詳しく現場の捜査に入っていた。
そんな現場を眺めた後、零は部長から渡されていた資料に目を通して行方不明になった被害者の自宅を確認する。
言われていた通りここからすぐ側の住所だった。
普通の一軒家、零はそこに向かって歩き出す。
先ほど聞いた家族関係に不安を抱きながら、捜査に進展があることを願いつつ訪ねるのだった。




