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零の世界  作者: GT
パート1
2/20

パート1 02

 ロッカールームで制服に着替え、装備の確認と点検を終えると、零は自分の部署が慌ただしく動いていることに気づいた。


 朝、まだ出勤していない同僚が数人いるにも関わらず、みんな会議の資料を抱えて慌ただしく廊下へと出ていくのだ。

 もう部署に残っている人は殆どいなかった。


「あ、零、おはよう。あなたも準備して、すぐに会議よ」


 そんな中、声を掛けられた零は咄嗟に身構えると、同じように赤西も会議の資料を持って出ていく途中だった。

 赤西が胸元で抱えていた資料を零に見せると、零もすぐに状況がわかった。


「おはようございます。こんな朝早くからですか?」

「上からの命令よ。本部から人がもう来るらしいの。青葉ももう会議室で準備にまわってるわ」


 予定を早めてまで会議に入るのには何かしらの理由があるはずだった。

 零は恐る恐る尋ねた。


「···何かあったんですか?」

「行方不明者が出たの」


 あなたも早くねと伝えると、赤西は廊下の階段を駆け上がっていってしまう。

 

 恐れていた事態が起きた。

 考えたくはなかった。

 身近で起こると途端にその事件が頭の中になだれ込んできて、現実だと思い知らされる感覚。

 何だかフワフワと体が浮かぶような、全身の感覚が鋭くなるのを感じながら、零も資料を片手に廊下を駆けていった。


 二階の会議室の前まで行くと、中から慌ただしく移動式の長机を動かしている音が聞こえてくる。

 本当に突然の予定変更だったようだ。

 まだ準備が整っていない中、みんなで協力して作っているみたいだ。


 「あ、先輩!おはようございますっ!」

 「おはよう。手伝うよ」


 中に入るとちょうど机を動かしていた青葉と鉢合わせしたので、挨拶と近況報告もそこそこに零も会場の設営にまわる。


 やはり他の同僚たちも、この街で事件が起きたことに緊張してピリピリしているようだった。

 出入口からお偉方がいつ入ってくるのかとチラチラ気にしている様子だ。

 無理もないだろう、初めての事案だ。

 

 会場の設営はテキパキと進み、それぞれが席に着いたところでちょうど役員たちが到着したようだ。

 会議室までやってくると、敬礼と共に会議が始まり、早速映像が映し出される。

 それと同時にみんなが会議資料を開き、会議は厳かに進んでいくのだった。



──────────



「資料にもある通り、この事件は特異行方不明者が大多数を占めています。関連して行方不明になったと思われた方々は一週間以内には戻ってきているケースが殆どで、それを含めても過去類を見ない数が報告されています」


 スクリーンには行方不明者の数が、10年以上前の年代からグラフで描かれているが、明らかにここ数年の数が圧倒的に多いことがグラフから読み取れた。

 資料を見ていると、横に座っていた青葉から肘で少し小突かれる。


「先輩···''特異行方不明者''ってアレっすよね、あの···事件に巻き込まれたような···」


 顔はスクリーンを見ながら、青葉がヒソヒソと聞いてくる。

 確かに普段あまり聞きなれない言葉ではあった。


「···ああ。事件かトラブルか···まだどっちかはわからないけどな」


 零も頭を捻る。

 特異行方不明者とは、なんらかの事件やトラブルなどに巻き込まれたり、誘拐などによって姿をくらましてしまう方々のことをいう。

 一般家出人という一週間程の期間で戻ってくる場合は今回は殆どなく、特異行方不明者の可能性が非常に高いと警察は踏んでいたのだった。

 一般家出人の場合、民事不介入になることも多いといえば多いが。

 それにしても件数が異常だった。


「今回の行方不明事件は特に10代など年齢の若い者が多く、何かしらの組織や団体による誘拐が考えられており、淫行や売春に加担させられる可能性が非常に高い。そこで我々は早急に捜査を進めたいと考えておりました···が」


 スクリーンの前で説明していた本部の警察官が、みんなの予想していた流れを切るような発言をしたため、零も含めその場のメンバーが資料からスクリーンへと視線を向ける。


「最近の傾向に少し変化が見られました」


 スクリーンの映像が切り替わり、ここ数年にフォーカスが当てられたものが映し出されると、確かに10代がまだまだ多いがそれとは別に件数が増えている年齢が目立っていた。


「特に30代後半から40代前半の件数が増えており、これはここ数年にかけて増加傾向であるという報告が上がっています」


 その言葉に会議室内がどよめく。

 零を含め殆どのメンバーが首を傾げており、その中で赤西が手を上げる。


「その行方不明者たちが何かしらの···事件に巻き込まれたのだとしたら、遺体のようなものは発見されてはいないのでしょうか?」

「いい質問だ、赤西」


 役員の人たちと並んで前に座っていた男性が前に出てきてマイクを持つ。

 代わりに説明していた本部の警察官は一礼すると、すぐ側の椅子へと座るのだった。


「ここからは私が説明しよう」


 低く渋くて落ち着いた声が室内に響く。

 その男性はスクリーンの前まで来ると、本部の警察官にパソコンを操作するよう指示を出す。


「突然ですまない、部長の緑川だ。ここからは通常では公開しない捜査資料を用いて説明をさせてもらう。本来なら本部の上層部でしか知り得ない情報だ。皆の中には···ついてこれない人もいるかもしれないが、これは事実として起こったことだ」


 緑川がレーザーポインターを使ってスクリーンを指す。

 そこには画面いっぱいにいくつも分けられて監視カメラのような映像が映し出されていた。

 白黒、カラー、スマートフォンで撮ったような映像。

 さまざまな場所、街角だったり地下鉄のホームだったり、大勢の市民が行き交うなんてことない日常を切り取った映像だった。


「この映像は全く違う県、街、場所で撮られた監視カメラの映像だ。共通の事柄は無い、映像に加工も無い。提出された物をそのまま映している」


 ありふれた光景が映し出されているが、その映像が進んでいくと、不穏な空気感が漂い始めた。

 一人の人間が歩いていたり、立っていたり、ホームで電車を待っていたりすると、''それ''が起きる予兆が見えた。


「···先輩」


 この会議室の誰もが、その瞬間に備えて息を呑む。

 そんな現場に居合わせたことのある警察官も、この会議室の中にいる。


「みんな、目を逸らさないように」


 緑川の言葉に、顔を歪ませながらも映像に目を向ける零、会議室の同僚たち。

 そして、それぞれの映像に脅威が映り込んでいく。


 車、建設現場の資材、地下鉄、電車。

 人間の力ではどうすることも出来ない脅威に、人間が巻き込まれる瞬間が生々しく映り込んでいた。


「···うっ」


 青葉も思わず顔を引く


「みんな目を逸らすな、ここからだ」


 緑川の声にみんなが映像を見続けていると、その後の共通した不思議な現象に気付いていく。

 それぞれの現場でその光景を見ていた人々が駆け寄り、全員が被害者の救助に当たろうと動いているが、違和感に気づいた人々が辺りをキョロキョロと見回していたのだ。


「···ん?」


 そう言った青葉を含むその場の殆どが、映像を隅々まで見回して''それ''を探すが、どの監視カメラにも映り込んでいなかった。

 こんなことあり得ない。

 いくら人々で見づらくなっている映像であっても、全く映り込んでいないというのは考えられない。

 

「もう一度言う、映像に加工は一切無い」


 その場にいた駅員、通報を受けた警察官、救急隊員、そういった人たちがその現場を隅々までくまなく探しても、被害者の姿が見当たらない。


 そう、死体が見つからないのだ。


「これだけの衝撃だ。被害者の一部、服装や身に付けているものも含めて何かしらの痕跡が残るはずだが、何一つ現場からは発見されていない。車や資材にはぶつかった跡は残っているが、一滴たりとも血痕等も見当たらなかった」


 零も青葉も赤西も、その場にいた全員に沈黙が走る。


 そんなことはあり得ない。

 誰も何も言わなくとも、そう考えているのがひしひしとまわりから伝わってくるのを全員が感じていた。


「実を言ってしまうと、今回の一連の行方不明事件は、殆どがこれだ」


 誰もが、この事件がいかに複雑で想像もつかないものなのか、いかに解決まで導くのか、どう答えを出したらいいものなのかどうかわからないでいた。

 質問していた赤西でさえも口を閉じて考え込む。


「ありがとう、緑川部長。ここからは私たちが説明しよう」


 説明していた緑川の横から、本部の役員が立ち上がってそう言った。

 緑川が一礼して元の席へと座ると、役員から説明が始まる。


「見てもらった通り、これはただの行方不明事件ではない。行方不明になったのは確か、だがその瞬間が押さえられているにも関わらず被害者が突然···消える。これまでにはなかった事案だった。皆が持っている資料にもそれはあえて記載しなかった」


 役員が言うにはこの街の行方不明者も、通常の捜査で見つかれば御の字だった。

 だがやはり、今回のケースもこれに該当するため、やむなくこの地域の警察にも情報を公開することを決めたそうだった。


「市民の不安を煽りたくない、この情報は関連していることが確定した場合にのみ、その地域の警察に公開してきた。勘のいいマスコミには報道規制をして抑えているが、状況がどうなるかはわからない。だから皆には、捜査に全力を注いで解決に導いてほしい」


 君たちの力が必要なのだと、そしてこの事は関係者以外には一切の口外をしないことを零たちは約束させられた。


「もしかしたら犯人が存在するのかもしれないが、目星は未だついていない。犯行の方法はもちろん犯行理由も目的も掴めない。全くもって未知の事件だ。そもそも犯人がいるのかすらもわからないのが現状で、恥ずかしながら何の証拠も掴めていない。何かわかったら、すぐに報告してほしい」


 そこからは、行方不明者についての詳しい報告が役員から行われた。

 つらつらと読み上げられる被害者の名前、年齢、職業。

 どういった人物なのかという人物像に至るまで、捜査で得られてきたありとあらゆる情報が発表されていく中、零もまわりも頭をさらに捻っていくことになる。


 先ほど役員が言っていた''犯人がいるのかわからない''という言葉。

 確かにあの事故の様子だけなら、不思議な現象という理由でその考えに至らないことが多いと思うが、事件の件数、そして被害者に多く見られる''ある共通点''から、犯人がいるのではないかという考えが生まれたのだと思う。


 しかしそれがどう犯人の利益に繋がるのか、零たちはどうしても理解できなかった。

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