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零の世界  作者: GT
パート1
19/21

パート1 19

 一瞬で目眩と頭痛が消えた。

 まるでそんな痛みなど無かったかのように、呆然としてレイはその場に立っていた。

 さっきまで立っていた台座は無くなり、というよりは機械そのものが無くなっていた。

 それどころか、さっきまでいた場所とは全く違うところにレイは立っていたのである。

 

 無機質な鉄の壁、床、天井。

 体育館くらい広い空間だった。

 だがそこには本当に何もなく、四方八方が鉄で囲まれただだっ広い空間だけが広がっていた。


「ここは、狭間の空間。さっきの世界とは少し座標がズレた場所、だけど同軸上の世界。でも厳密には違うからゼロもデイもいなくなってる」


 レイの後ろから話しかけるチーフが説明しながらゆっくりとレイに近づいてくるのだった。

 レイが少しまわりを見渡して、チーフに尋ねる。


「じゃあ···次元を飛び越えた先ってことですか?」

「大当たり。でも異世界じゃない。だから、今あなたはスーツ無しでも消えずに済んでいるの」


 レイは自分の格好を慌てて確認すると、確かに言われた通り格好はさっきのままだった。


「来るとき酷い目眩と頭痛がしたでしょ。ごめんなさいね、次元を越える時は更に高次元を跨がないといけないから、その弊害なの。人間にはまだ理解できない領域だから、でもウォッチが最大限守ってくれるわ」


 ウォッチには心電図が表示されたままで、カウントダウンも始まっていない。


「俺が行ったあの世界は···一体何なんですか?一体なぜ、世界を飛び越えるなんて、そんなことが可能なんですか?」


 チーフの歩みが止まり、レイと向き合った。


「それはね、人類がそうすることを望んだからよ」

「人類が?」


 チーフがその場で片手を上げると、その部屋の壁、床、天井の景色が変わった。

 まるでこの部屋全体が一つのモニターのように、違う景色が映し出される。


「これがあなたたちの知る歴史の1ページ」


 そこは何もない広い草原。

 現代では見たことのないマンモスの姿と、それを追いかける原始人の姿が映し出されていた。


「あなたも一度は見たことがあると思う新生代の姿。弓と槍、洞窟。ここから人類の歴史は始まり、進化を繰り返し文明を手に入れていく。知ってる?」

「はい···教科書くらいの知識しかないですが」

「いいわね。キチンと教育されている証拠よ」


 原始人たちが協力してマンモスを打ち倒し、その肉にありつく。

 自然の摂理がそこには存在していて、人間もその一部であったことがわかる映像だった。


「そして、今の私たちの人類に繋がっていく···と。ここまではいい?」

「ええ、まぁ」

「じゃあ、実際昔はどうだったのか見せてあげる」


 チーフのその言葉にえもいわれぬ恐怖を覚えたレイは、背筋に悪寒が走る。

 チーフが再び片手を上げると、今度は人差し指をクルンと一回りさせた。

 すると部屋の中の映像が引いていき、宇宙が映し出されて地球が見えた。

 テレビ等でもよく見たことがある光景だ。

 だが再び映像が地球に迫っていき地表が迫っていくと、そこにあったものにレイは驚愕する。


「ようこそ、歴史の世界へ」


 両腕を広げながら言うチーフ。

 レイはまわりに広がる光景を唖然として眺めていた。

 二人が立っていたのは、日本よりも更に高い高層ビルが立ち並ぶ摩天楼の交差点のど真ん中だった。

 交差点では見たこともないような車たちが行き交い、上空にはドローンがいくつも飛んでいた。

 歩行者用、車用の信号は信号機が設置されてなく、先頭にホログラムのようなものが現れていて、それが大きく赤い壁となり侵入を塞き止めているのだった。

 

 今、現代の地球では考えられないテクノロジーがありとあらゆるところに見える。

 地面から浮いている乗り物に乗る一般人。

 お店で決済をする際も現金を出している様子がなく、自分の指をデバイスに押し当てているのだった。


「新生代が始まって2000万年頃。第二世代と呼ばれる世代にあたる人類の姿よ」

「じゃあ、これが···今から4000万年前くらいの地球の光景···ということですか?」

「そういうこと」

「そんな···信じられない」


 今まで学んできたことが根底から覆っていた。

 自分たちが誕生する遥か昔にこんな文明が栄えていたとは思わなかった。

 レイは頭がこんがらがる。

 どう反応していいのかわからないでいた。


「当時の文明の痕跡は遺跡などからオーパーツと呼ばれ、今の時代世界中で見つかってる。だけど発見した事案は即報告からも、インターネットに上げられた動画もすぐさま削除される」

「それは、なぜです?」

「知られたら都合が悪いから」


 チーフは手を動かし、映像を宇宙に戻して説明を続けた。


「猿人から進化した人類。世代ごとに文明も言葉も思想も何もかもが違った。だけど、それぞれの文明に共通していることが一つだけあった」

「···それは?」

「神の存在」


 その部屋一面が真っ白な空間に変わった。

 すると、見たこともない文字の羅列が一斉に右に左に流れ始める。

 壁や床だけでなくレイの目の前にも流れ始め、レイはホログラムというものをまじまじと眺める。


「全治全能であり、人間に知恵を授ける存在···と、どの本にもそう書かれてきた。その為、人類は世代をまたぎ、命が巡り、その時に進化という形で新しい知識を無意識のうちに繋ぐ奇跡を見つけ、それを神による恩恵だと思った。これを輪廻転生っていうの。聞いたことある?」

「りんねてんしょう···ですか?聞いたことはありますが、どれも···信じていないといえば嘘になりますけど、そうしてきたように言われても···それを外部から見て知っているような人間がいないと確認のしようが···」


 レイはそう言うが、チーフは無言で頷く。

 レイの表情が強張り、緊張で心臓が高鳴っていくのだった。


「まさか、そんな···そんなことありえない」

「ありえないと私たちはこの世に存在していない。おサルさんからやりなおしね」

「そんな、そんな···人間が人間の命を管理するなんて···そんな、それこそ魔法みたいなこと···」

「発達しすぎた科学は魔法と区別がつかない。でもこれは人間が編み出した方法だから、どちらかというと魔法ではなく、言うなら魔術の分類ね」


 チーフの言っていることが頭に入ってこなくなるレイ。

 一体この人は何を言っている?

 それなら自分のこの命は何なのか?

 訳がわからなくなりそうなレイだが、またチーフは映像を変えた。


「命というよりは魂の管理、その方法を見つけ出したのが全ての始まりだった」

「始まりって···?」

「先人たちは、人類にこれまで以上の進化を求め、観察した。そして、輪廻転生によって命が巡る度に、前世の記憶が無いにも関わらず、何かしらの成長があることをつきとめていったの。新しい知識や能力に目覚めることも。しかしそこでもう一つ、彼らは''ある存在''にも気づきはじめた」

「···それっていうのが」

「そう、こことは違う。異なる次元の世界が観測され始めた」


 映像が宇宙に切り替わり、更に引いていく。

 太陽系、銀河系、銀河団、星雲。

 地球が豆粒よりも更に小さくなっていき、遂には放射状に広がる反対の世界、パラレルワールドとも呼べる世界が見えてきた。

 この世界とパラレルワールド、対になっているその形はまるで蝶々のようだった。

 だが更に映像が引いていき、それらが丸ごと球体の中にあるような映像が映し出される。

 

「これが、私たちの住む世界。パラレルワールドの存在は、やっと最近になってこの世代の人類も観測することができるようになってきたわ。でも、まだまだ技術が足りない。私たちが見つけたのはパラレルワールドとは違う、ポータルで抜けなければ決して繋がれない世界」


 映像の中には、自分たちの世界がある球体とは別に球体が現れ始めた。

 それらがいくつも見え始め、それぞれが全く異なる大きさ、形をしていたのだった。


「私たちは何世代にも渡って、その世界を観測し続けてきた。この世界では考えられなかった環境、そこで得られるかもしれない全く新しい知識に、先人たちは歓喜した···でも」


 映像が地球に戻っていく。


「そう簡単にはいかなかった。異なる次元の観測には膨大な計算と時間が必要で、その異世界に干渉したいものなら更に時間が必要だった。そして何世代にも渡り、選ばれた人間たちは異世界を観測し、その正確な座標をつきとめ続けた。何も知らない人間たちは、時には''神の為に''と戦争を始めて、その命を散らしていった。それが彼らにとってはとても好都合だった」

「まさか···」

「そう、自らを''神''として、その魂を再び巡らせ、人間を···人類を更に''進化''させていく。車輪が回り続けるように、命は永遠と繰り返し生まれ変わる。死ぬことはあるが、死にきれない、生まれ変わり続ける。輪廻転生を繰り返し進化させていくことで、人類はいつか、その異世界にたどり着けるようになるだろうと考えた」


 映像が変化し、おびただしい数の人間たちが争う姿が見えた。

 その戦火の中で神に祈るように手を握りしめている女性や子どもの姿も見える。

 だが、その願いもむなしく炎の中に全て消えていく。


「時には起きた闘争の果てに滅亡し、それまでの知識を次の世代に託し、その者を神として、再び人類を創生させて、世界中に広め、歴史を始めた。思想に違いはあれど、その違いは''宗教''という形で、この世界に広まっていった。どの宗教にも、世界の終わりは描かれているでしょう?それまで人類が辿った道すじだったから」


 レイはもう何も言えなくなっていた。

 頭の中がぐちゃぐちゃになり、考えがまとまらない。

 その時映像が途端に途切れ、元の何もない部屋が広がる。


「そしてやっと、準備が整った。待ち焦がれた瞬間が来た。こちらへどうぞ、レイ」


 チーフがレイに近づき、手をレイに差しのべた。

 頭が混乱して何も考えられなくなっていたレイは、まるで救いを求めるかのようにチーフのその手を取るのだった。


「あなたに見せてあげる。先人たちから伝わる、知恵の結晶」


 手を引かれて案内されたのは、この部屋に一つだけ存在していた扉の前だった。

 何の変哲もない、捻るドアノブのついた普通の扉だ。

 チーフはそのドアノブに手をかける。


「何千万年という時間をかけて、世代を受け継ぎこれを作り上げたの」


 そしてチーフが扉を開けると、そこには果てしなく続く暗い大地の上に、不気味な紫色にラインが光る、巨大な箱形の装置が等間隔にいくつも並んでいる光景が広がっていた。

 どこまで続いているのか、肉眼では確認できなかった。


「ここがサーバールームと呼ばれている私たち管理局の心臓部。地球に存在するスパコンの何億倍の演算能力で絶えず計算を続けてる」

「これが、異世界に通じるための秘密···」

「''異世界を観測したいなら計算し続けろ''、先人はそう言った。だから、私たちはこれを作り、今も作り続けてる」

「今も?」


 チーフは扉を閉めると、再び片手を上げる。

 するとこの部屋全体が透明になり、周囲の様子が見渡せるようになった。

 その光景にレイは飲み込まれそうになる。

 さっき扉から見た光景が辺り一面に広がっていたのだ。

 どこまでも続く果てしない大地に、四角い機械がところせましと並び、地平線の彼方まで続いていたのだった。


「この惑星全体がこんな感じ。ところどころに存在するここと同じような拠点を除いて全てがこうなってる」

「この惑星が、一つの巨大なコンピューター···?」

「それだけじゃないわ、上を見て。何が見える?」


 チーフが空を指差したので、レイは上を見渡す。

 そこにはネオンに輝く夜空が広がっていて、いくつもの星が見えた。


「···星ですね」

「そうね。あの星たちも、私たちの叡智の結晶」

「じゃあ···あれも全部?」

「ほぼほぼ全て」


 さらっと言うチーフだが、レイは驚きを隠せない。

 宇宙を越えたその先の惑星、この夜空に輝く星のほとんどがここと同じ光景が広がっているのだという。

 一体どれだけの、本当に途方もない時間がかかったのか、レイは想像できなかった。


「そして、観測が終わった人類は、最初の一歩を踏み出そうと努力した。ポータルの作成。何万という失敗を重ねて、人類は協力し合い完成に漕ぎ着く。だけど裏では出し抜こうとそれぞれが各々で一歩を踏み出したけど、そこで世界のルールに気付く」

「ルール?」

「''あり得ないこと''はありえない、という絶対的なルールがあったの」


 再び部屋の中が真っ白に戻り、プロジェクターのように一つの壁に映像が映し出された。

 一人の人間の目の前に、フラフープを大きくしたような円上の空間がポツンと存在し、まわりは研究室のようにデスクやファイルというようなものが散乱しているのに、その円上の空間の先には草原が広がっていたのだった。

 そこだけ別の世界に繋がっているかのよう。


「これが実際の映像。今まさに人間が初めて異世界に足を踏み入れようとしているところ」


 まわりの白衣を来た研究者のような人たちが、その一歩を踏み出すのを今か今かと待ち構えているように見える。

 そして放射線防護服のようなものを着た一人が、その円上の空間の中へと入ってその先の草原に立つと、まわりからは拍手喝采が起こっていたのだった。


「偉大なる一歩、これが成功したかに思えた。だけど···」


 歓喜に湧く研究者一行とは裏腹に、草原に立ったその一人は自らの手を眺めるように立ち尽くしていた。

 次の瞬間だった、立ち尽くしていたその人から光の玉のようなものが現れ始め、それが次から次へと空へ昇っていくと跡形もなく消えてしまったのだった。


「あちらの世界にとって私たちは完全なイレギュラー。その世界のルールから外れているから本来そこにいるのはあり得ない。だから世界はバランスをとるためにその人間を排除した。そうしないとその世界は''あり得ない物''とされ、空間ごと消滅してしまう。そのルールに気づいた」

「矛盾してしまう···ってことですか?」

「そう。本来あってはならないことなの。この世の全てには原因と結果が付き物で、何かが起こるには必ず理由がある」


 人間の理解が及ばない領域の常識。

 映像はそこで途切れていて、研究者たちが再び何かの研究に没頭している様子が映し出される。


「そこで考えた。輪廻転生の仕組みを応用して、その魂と血肉をこの世界ではなく異世界の物として''転生''させれば、その人物はその世界のものとなり消えることはなくなる。そして運用と保護に当てて、更なる進化が期待できるのではないかと」

「保護って?」

「観測できた時点で、この世界と異世界の間にはパイプが出来てしまう。行くのはいいけど来られたらマズいの。だから転生者には上手くその''ご近所''を立ち回ってもらう。私たちはその人間の進化を観察できればそれでいい」

「転生者···それがその世界に転生させられた人たちの名前···。あとはその、転生する命はどうやって···調達するんですか?」

「いい質問ね。ここからがあなたたちの追いかけてる事件に関係してくる」


 壁の映像が切り替わり、様々な格好をした人たちの画像が表示されていった。

 この日本では日常の中でまず見ない格好ばかりだった。

 歴史の中に出てくるような軍服、ファンタジー小説に出てくるような色とりどりのインナーやジャケットといった衣装。

 だがコスプレのような安っぽい生地ではなく、本物の動物の皮や毛などの素材から作られた本物だった。


「命といっても誰かれ構わずというわけにはいかない。命の絶対数って決まっているの、その世界になければならない命の数ね。社会に必要な人物なら尚更。それ以外の、社会の円環から外れ、自ら別の世界を望む者。別の世界を求めて自ら命を絶った者···自分の意思で異世界を望む人たち。そういう人たちがここ数年で日本に爆発的に増えた」


 画像の中には捜査資料で見たことがある顔がいくつか混ざっていた。

 みんな満足げな顔で、その異世界の地に立って武器を携えている。


「これまで蓄積されてきた技術···日本のエンターテインメントがここまで発達したのは嬉しい誤算だった。行き着いた先に我々の理想とする環境が整っていた。そのおかげで···自ら異世界に行くことを望む者がとても多かったの」

「日本は···利用されているってことですか」

「敗戦後から日本は世界のいいなりよ。背けば···こんな小さな国どうなるかは何となくわかるわよね?どうなるかわからない所に行きたくない。だから転生者は日本人が圧倒的に多い」


 次から次へと表示されていく画像をレイは眺めることしか出来なかった。

 それに気になったのは、多くの画像に付けられている✕印だった。


「だけど、憧れだけで生き抜けるほど異世界って単純じゃないの。どれだけの力を手にしても、命のやり取りをしたこともない、空想の世界でしか生きていない人間が上手くいくハズがなかった。だけど利用価値はあった。そんな''失敗した''転生者をリクルートしてこの世界で再利用する」

「再利用って···」

「人間は欠落した記憶の一部を自分の都合のいい記憶で補完するようにできてる。だから異世界で経験した記憶の一部をわざと無くすことで、自分にとってとても都合のいいお話に作り替えてくれる」


 チーフが上に上げた片手を握ると映像が一斉に消えて、元の部屋へと戻る。

 

 しかしいつの間にか部屋には一つ机が用意されていて、そこには一冊の小さな本のような物が置かれていた。


「異世界とは何か?···牢獄」


 チーフはその机に歩み寄ると、その本を手にレイの目の前まで近づく。


「その牢獄の最高のパンフレットが、これよ」


 チーフがレイに見せたのは、あの被害者の部屋に山のように積まれていた書物。


「転生モノ···ふむ、聞こえのいいカテゴライズね。実験報告書にしては」


 可愛い女の子が満面の笑みを浮かべてこちらを見ているイラストが特徴的な、ライトノベルと呼ばれている文庫本だった。


「···嘘だ」

「何が?」


 チーフが首を傾げながらレイに尋ねる。

 だがレイはチーフと目を会わせることなく、うつむきながら首を横に振る。


「こんなの嘘だ。こんなもの···こんなもので命のあり方を決めつけるなんて」

「決めつけてなんていない、どうするか決めるのはその人自身よ。私たちは選ばせてあげただけ」

「選ばせるだって?」


 レイはチーフから少し距離をとるように後ずさる。

 チーフの目を睨み付けるが、全く気にする様子がない。


「このまま人生を終えるか、それとも人を超えた力を得て異世界で第二の人生を生きるのかは、自分で選んだのよ」

「言い方を変えただけだ。そんなの···実験台にするのと同じじゃないか。人の命なんだ···そんな簡単に扱っていいものじゃないハズだ」

「社会から外れて仕事もせずに親からもお荷物扱いで、いてもいなくても変わらない命だけど」


 レイの頭の中に、調べた家の母親の顔が思い浮かぶ。

 レイはそれを振り払うように頭を横に振る。


「違う···違う違う···間違ってる」

「だけど、憧れが憧れを生む。この世の中は上手くまわっているの。その中でもエンターテインメントの流れは凄まじかった。おかげで私たちの''コレ''は想像以上の文化を確立することができた」

「···文化?」


 ライトノベルを見せながら、チーフは深く頷く。


「都合良く改変されて書かれている世界。何もかもが上手くいく···その快楽のテンプレートが完成されて上手く進むと、声を生業としている人たちが命を吹き込むことで更に引き込み宣伝してくれる。そのおかげで魅力的なキャラクターたちが出来上がり、異世界に憧れを抱く人たちが増える」

「そんな···そんな漫画みたいな絵で、関係ないの人たちまで利用して···、こんなの客引きみたいなものじゃないか···!」


 レイがチーフの持っているライトノベルを指差すと、チーフはその表紙を見る。


「可愛いでしょう?この女の子。好きになってしまうのもわかる。一方的な恋愛感情···これ以上に人間の中で利用しやすい感情はないわ。だってこの子はずっと···読者に笑顔でいてくれるんだもの。そしていずれ···可愛らしい声で話してくれる彼女を見られる」


 ライトノベルの表紙に大きく描かれている、肌の面積が多い際どい衣装の女の子。

 それを指差しながらチーフは笑顔でレイにそう言うのだった。


「こんなお人形さんみたいな子に、会いに行きたいって思うわけね。相手はただ···台本の台詞という入力を、出力してるだけなのに。声優さんって···尊敬しちゃう」


 レイは途端に気分が悪くなりはじめ、更にチーフから離れていく。

 頭に片手を当てて、呼吸が次第に乱れていき、膝をついてしまう。


「嘘だ···俺は信じない···そんなハズない···!みんな···利用されてるだなんて···!」

「確かに信じがたい事だと思う。だけど真実なの」


 壁一面に、チーフが持っているライトノベルのようなイラストが次から次へと現れて、壁を笑顔を浮かべていく。

 床も天井も、その笑顔で埋め尽くされていくのだった。


 レイはたまらず目元を手で覆い隠す。


「やめろっ···!戻せ···!ここから戻してくれっ···!ここから出せ!出すんだ!!」


 レイが腹の底から叫ぶと、また激しい頭痛と目眩に教われる。

 体が引き伸ばされるような感覚がした瞬間に、冷たい金属のような床の上に投げ出されたのだった。

 機械の作動音、そして頭上で回転している円上の機械。

 そして誰かが言い合うような声が聞こえてきた。


「ちょっと、デイっ」


 モニターの前で、ゼロの前に割り込むように入り込み操作していたデイが、レイの存在に気付いて駆け寄ってくる。

 何とか立ち上がろうとしているレイの肩を倒れないように手を添えるのだった。


「落ち着いてレイ。大丈夫、大丈夫だから」

「やめろっ、俺に構うなっ、触るなっ!」


 機械の作動音が響く中、レイの顔を覗き込むようにしゃがんで声をかけるデイ。

 だがレイはそんなデイを手を振り払い、転びそうになりながらその金属の台座から降りると、背中を見せないようにデイやゼロと向き合うのだった。


「俺に近づくな!こんなっ···!こんなものっ!」


 レイは自分の腕についていたウォッチを外すと、デイがいる台座のほうに放り投げた。

 台座に当たって跳ね返ると、モニターの前にいたゼロの足元に転がっていく。

 落ち着かせようと近寄るデイと、それを見てウォッチを拾いゼロも歩み寄るが、レイは距離をとるように後ずさっていくのだった。


「あっちへ行け!俺は信じない!絶対に信じない···!」


 その時、機械の台座の上が光る。

 台座の後ろの扉が閉まるのと同時にチーフの姿が現れると、状況を探っているのかまわりを見渡してゼロとデイの二人と目を合わせる。

 チーフに向かって首を横に振るゼロが、持っていたレイのウォッチを見せていた。

 デイはどうしたらいいかわからないという表情で、チーフの出方を伺う。


「信じない···!絶対に···」


 フラフラしながら今にも倒れそうなレイ。

 目の前がチカチカして、色が判別出来なくなっていた。

 チーフは台座から降りてデイに歩み寄ると、持っていたライトノベルを預ける。


「うぅ···」


 遂には全身に力が入らなくなり、後ろに倒れ込むレイ。

 意識を手放しかけたその時、デイの側にいたチーフの姿が一瞬で消えたのが見えた。

 何が起きたのかわからないまま後ろに倒れていくレイだったが、何かに上半身がもたれ掛かり、倒れることなくそのまま意識が消えていく。


「今は休んで、レイ。また話しましょう」


 そんなチーフの声が聞こえると同時に、レイは目蓋を閉じるのだった。

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