パート1 17
休日申請書と書かれた紙を持って、零は緑川のデスクへとやってくる。
内容を確認すると、緑川はデスクに置いて横判を管理職の空欄へと押してデスクにしまうのだった。
休日の説明欄には大きく''有給消化の為''と書かれている。
「はい、確かに。本部に届けておくから···まぁ、ゆっくり休め」
「ですが部長、いきなり週末に続いてお休みをいただくのは···。最近結構な事案ばかりで、やることもたくさん···」
「だからって、ぶっ倒れてたやつをそのまま働かせるわけにもいかない。その結構な事案ばかりでお前も疲れてたんだろう。大丈夫だ、文句言う奴は誰もいない」
確かに、部署の中ではどちらかというと、一旦休んだほうがいいという雰囲気がひしひしと感じられ、赤西の後押しもあり、零は申請書に手を伸ばしたのだった。
緑川の言葉に、部署に残っていたメンバーの中には小さく頷く者もいた。
「引き継ぎがあるなら、それだけやって今日はもう上がれ」
「···わかりました」
自分のデスクに戻った零は、言われた通りに必要なことを赤西に伝え、帰る準備を始める。
「どこか行ってリフレッシュしてきなさいなっ。温泉とかいいわよー?たまには山奥にある小さなとことか、24時間のとこで誰もいないような時間帯に行くとかね」
「いいですねそれ、楽しそうです」
赤西が零に話しかけるが、その言葉がどこか右から左に抜けていく零だった。
今夜の待ち合わせのことがずっと頭に引っ掛かっていて、零はどこか心ここにあらずだったのだ。
一体何がわかるのか、全く予想ができずソワソワとしてしまう零。
そんな零に、赤西は少しニヤッとしながら尋ねる。
「あら、もしかしてもう誰かと待ち合わせだったりした?」
「···何言ってんすか」
「とぼけなくてもいいのよ~。青葉から聞いたわ、髪が長くてスラッとして帽子被った子でしょ~?一緒に温泉行ってきなさいな~」
赤西の思惑は全く的はずれだったが、一瞬見透かされたかと驚いた零だった。
ウフフ~と笑っている赤西に、零は少し呆れ気味になる。
「別にそういうのではないので···」
「落ち着いたら紹介して、落ち着いたらでいいから」
「ああ、まぁ···はい」
とにかく返事をしないとこの場を解放してくれなさそうだったので、零は適当に返事を返すと赤西は満足げだった。
帰る準備をして部署を出る。
装備を戻して、ロッカーで着替えて警察署を出ようとしたところで、パトロールから戻った青葉に会った。
「先輩、お疲れ様です」
「お疲れ。悪いな、週明け頼むわ」
「わかりました。本当に休んでくださいよ?俺心配したんすから」
「···ああ。じゃあな」
短く言葉を交わすと、青葉は警察署へと戻っていく。
なんだかんだ言っても、気を使ってくれる仲間がいることに少し安心する零。
この後のことで少しでも事件が進行して、市民も仲間も安心できる生活になれればと、気を引き締めて待ち合わせの場所へと向かうのだった。
──────────
言われた待ち合わせの場所で待っている零。
運行が再開された地下鉄には、帰宅ラッシュも相まって、様々な人たちがその出入口を行き交っていた。
時間を伝えずにここで待っている零だったが、本当に来るのか気になっていた。
連絡先を交換したわけでもないのにどうしてわかるのか。
そんなことを考え始めた矢先だった、目の前の道路に一台の車が停まる。
少し昔の黒いSUVだった。
停まるや否や、助手席の窓が開いて零に声がかかる。
「信じてもらえたみたいでよかった」
運転席には帽子を被った人物、デイが話しかけてきた。
「本当に教えてもらえるんですね?」
「うん。教えるのは真実だけ」
すると後ろのドアが開いて、一人降りてくる。
長くて綺麗な白い髪、黒いスーツ。
その女性···ゼロが、ドアを開いたままで零に乗るように促す。
「昨日ぶりね、無事に戻れたみたいでよかった」
「何であんなことが起きたのか俺にもわかりません。説明してもらいますよ。事によっては、対応させてもらいます」
「あなたたちにそれができればだけど。さぁ、乗って。上司が会いたがってる」
真っ直ぐに零を見つめるその瞳に、嘘はなさそうだった。
警戒しながらも、零は車に乗り込んでいく。
謎の人物たちの懐に飛び込むのだ、ある程度は覚悟しなければならない。
零が乗り込むと、続いてゼロが乗り車が発進する。
若い女性独特の鼻をさらっていくような透き通る匂いの中に混じる、硝煙のほのかな香り。
それはあまりにもこの光景からは異質だった。
空気が張り詰めた車内、インパネの真ん中にある車のメーターの光だけが輝く。
零はまわりの様子に目を光らせていたが、隣にいるゼロは脚を組んで全く警戒していない様子だった。
車に揺られる中、零は尋ねる。
「あなたたちはどういう組織なんですか?テロリストか何かですか?ああいう···別の世界とでもいいますか、そこを牛耳るような···」
零の質問に''フンッ''と鼻を鳴らして答えるゼロ。
続けてデイが言う。
「その反対。どちらかというと、普段のあなた方みたいな立ち位置だよ。ワタリレイ」
「どういうことですか?行方不明者の命を···簡単に扱うような真似をしておいて、まともとは思えない」
「一言では説明できない。それに、ここで説明してもあなたに信じてはもらえない。チーフに見せてもらって」
「見せる?何をですか?でもそれは···」
零がそこまで言った瞬間に、隣からカチャッと何かの機械を操作したような小さな音が聞こえた。
零がそちらを見てみると、その目の前で小さな銃口が零の頭を狙っていた。
「少し黙って」
零は息を呑んだ。
黒く冷たい色のその拳銃の照準越しに、ゼロと目が合う。
「···脅すつもりですか?」
「いいえ、選ばせてあげる。このまま黙ってついてくるか、それとも···今すぐ車から降りて、今までの生活に戻るか。でもそうしたことで後悔することになるか、私は知らないけど」
信号が赤になり、車が止まった。
横断歩道を忙しく渡る歩行者たち。
ここで降りれば、元の生活に戻れる。
だが事件の謎は永遠に解決されないままだ。
天秤にかける物が大きかった。
零は咄嗟にドアハンドルにかけた手を離すか迷う。
「ワタリレイ、ゼロに悪意はない。あなたが信じられるニンゲンかどうか試しているだけ」
「余計なこと言わないで」
ゼロの銃口はブレない。
零は、ドアハンドルから手を離して、元の姿勢に戻る。
「···そ」
銃を収めて、ゼロも元の姿勢に戻る。
脚と、今度は腕も組んで座っていたが、表情はさっきよりは穏やかに見える。
「ちなみに、銃刀法違反ですよ。モロ現行犯です。···この日本では」
「だから?ここで私を捕まえる?」
「···いえ」
あの世界での身のこなしを考えた零は、その事については言及しないことにした。
相手の格が違う、格闘技···というよりはこの場は生物としての本能が待ったをかけていた。
車が青信号で走り出す。
それからは黙って車に揺られていく零だった。
──────────
摩天楼の中、車がその中の一つの大きなビルの前で減速し、その敷地内に入っていく。
窓に張り付いて見上げないと上が見えない程の高層ビルだった。
零も車の窓からその屋上までを眺めるが、すでに夜の闇がまわりを支配し初めて、上が見えない。
「ようこそ、到着よ」
「こんな身近なオフィス街に···そんな場所があるなんて」
ビルの窓から見える光たちがまるで星々のように、夜景を彩っていた。
車が敷地内を進み、建物の地下へ続くスロープを下っていく。
「開けて」
バーで進路が遮られていた入り口で車を止めると、運転席からデイが外に立っていた警備員にそう言う。
バーが開くと地下駐車場を進んでいき、駐車スペースへと車を停め、一行は車を降りた。
「ついてきて」
外から夜風が吹き込み少し肌寒い空気の中、デイにそう言われおとなしくゼロと共についていく零。
ゼロの歩くヒールの音が印象的に地下に響き、端にあるエレベーターに乗り込んでいく。
表示している階層から、かなりの高層ビルであることが伺えた。
エレベーターは20階のフロアで止まり、扉が開く。
開いた瞬間目に飛び込んできたのは、広いフロアに等間隔に並ぶデスクで、そこで頭にインカムのついたヘッドセットをつけた女性たちがパソコンに向かい合いどこかと連絡を取っている姿だった。
「これは、注文を扱うオペレーター室か何か?」
「かなりいいセンいってる。ワタリレイ」
「表向きは商社。電話しているように見えるけど、本当は少し違う」
三人はそのデスクの隙間を縫うように進んでいく。
零がその間見たのは少し変わった光景だった。
そのヘッドセットには片目にかかるように小さな画面が付いており、その画面に映っているであろう映像を見ながら会話を続けていたのだった。
「こ、これは?」
零がデイに尋ねるが、デイはゼロを見る。
「じきにわかるわ、行きましょう」
ゼロはそれだけ言うと進むように促し、一行はフロアの奥へと進んでいく。
時折後ろを振り返り疑問を抱く零だったが、言われたとおり進むしかなかった。
部屋の奥に進むにつれて見えてくるソレ。
この現代的な高層ビルには明らかに不釣り合いな古いエレベーターが壁に一つポツンと設置されていたのだ。
格子形の扉、それが蛇腹式に折れ曲がって開く本当に古いエレベーターだった。
フロアを指し示すインジケーターが時計針で、今の時代には中々見られない形式だ
深く押し込むタイプの丸いボタンが縦に二つ並んでおり、デイが下のボタンを押すと蛇腹の扉が開く。
「なんだか···懐かしいエレベーターですね」
「ずっと前からあると言っていた」
最新式のものと比べて開放されている分、モーターの音がダイレクトに聞こえる中、三人は下へと降りていくのだった。
階層を指し示す数字が、乗った階と今向かっている地下の階しかなく、針がゆっくりと動いていく。
下るにつれてまわりの空気が肌寒くなっていき、少しずつ薄暗くなっていった。
エレベーターの天井から釣り下がるハロゲン電球の明かりか淡く照らしユラユラと揺れていた。
どこへ向かっていくのか、零は少し恐怖を感じ始めたのだった。
エレベーターの速度が徐々に遅くなっていく。
振動と機械の軋む音と共に、そこにたどり着いた。
「どうぞ」
ゼロが扉を開けたまま、促す。
そこは異質な空間だった。
エレベーターの出口から、一本の道が奥へと延びている。
コンクリート造りの灰色が目立つ、高い天井、壁、床。
妙に肌寒く、所々壁に設置されている蛍光灯がその道を不気味に照らし出していた。
そしてその奥に、ドアノブが付いた扉がポツンと備え付けられている。
それ以外全く何もない、異質という以外に表現が思い付かない空間だった。
その通路を、三人は歩いていく。
足音だけが、不気味に響く。
「まずは、あなたに見せる」
扉にたどり着くと、ゼロは扉を開けた。
しかしその先は、無造作に積まれた段ボールや資材を置いておくであろう金属棚があるだけの倉庫で、珍しい光景も何も無かったのだ。
零は思わずゼロの顔を見るが、ゼロは表情を変えず扉を閉める。
「私から言えることは一つ、これだけは守ってほしい」
代わりにデイが扉の前に立ちスーツの袖をまくると、腕につけていた黒いウォッチを何やら操作しはじめたのだった。
画面が忙しなく動いており、何かの文字が見えた。
「あの人の前では素直に話して。自分に正直に、あの人には···嘘は通じないから」
「···わかりました」
一体どんな人物なのかと零は身構える。
準備が終わったのか、デイが扉のドアノブに手をかけたのだった。
「ワタリレイ、期待してる」
デイがそう言うと、扉をゆっくりと開いていく。
入れ替わるように扉の前に立つ零。
すると、その扉の隙間から白い光が漏れ出し、前に立つ零を包み込んでいくのだった。
眩しさに思わず目を細める零。
それでも零はゆっくりと、歩を進めていく。
目が慣れてくると、その室内の様子が飛び込んでくる。
「な、なんだ?一体どうなって···」
そう言う零の声が響くくらいの広い空間。
先程の薄暗く狭い倉庫とは比べ物にならない程の大きな室内が広がる。
無機質な鉄板の壁が一面に広がる、だだっ広い空間だった。
簡単なD型ハウスくらいはあるその部屋に、書類などが整えられた灰色のデスクが数台。
片隅にはテーブルを挟んで革のソファーが並んでいた。
一番目を引くのは突き当たりの壁一面に張り巡らされたいくつものモニター。
そしてそのモニターのすぐ横には何に使うのか全く想像できない、人が数人乗れる謎の丸い台座に、謎の機械と大量の配線があしらわれている大型の機械が備えられていた。
大量のモニターの前に人が一人立っていた。
上下灰色のスーツ、赤みがかったショートボブ、その後ろ姿を見る限りスタイルの整った女性。
零に気づいたその人物はゆっくりと振り返り、零と向かい合あうのだった。
「こんばんは、渡さん」
ニコやかに微笑みながら、そう言う女性。
顔立ちが整っていて、その笑顔に一点の曇りも無い。
だがその心の内には何があるのか、その真っ直ぐな瞳は零を捉えて離さず、見透かされるような印象を受けた。
キリッとしたその声が、逆に零の恐怖心を煽るのだった。




