パート1 15
剣先が氷へと突き刺さる。
凍った表面へ片ひざをつきながら着地し、剣の持ち手を両手で握りしめて、息を切らしながらもその自らの剣が貫いたであろう目標を眺めていた。
「はぁ···はぁ···はぁ···」
肩で息をしながら、剣を刺した先を見る。
凍りついた水面、そこに深々と突き刺さる剣身に女の口元からは笑みが溢れていた。
どこにも逃げ場はない、そのハズなのに。
女はその状況を詳しく目で追っていく度に、口元から笑みが消えていく。
剣の持ち手から手を離し、突き刺さっている剣身の周りに飛び散っていたみぞれを片手で払い、手をついてその氷の下を見る。
「···ありえない」
そう呟くと、今度は両手で剣の周りよりも外までみぞれを払い、確認する。
どれだけやっても見当たらない、そこにいるはずの奴らが見つからない。
「ジーク?」
上空からゆっくりと広場に着地したシンディは、噴水の上で膝をつきながら一心不乱に捜すジークに声をかけた。
「シンディ···何なんだよコレは」
「ちょっと待って」
そう言うとシンディは人差し指の先に赤く光る小さな玉を出現させた。
煌々と光るその小さな玉、その人差し指を噴水の氷に付けた瞬間、白い煙が一瞬で空に巻き上がり、噴水の氷が水に戻るのだった。
再び噴き出し、綺麗なアーチを描きながら広場を彩る噴水。
そんな最中、広場にいる人たちの目も気にすることなく噴水の中で足下をかき分けて捜すジークだった。
「いない···いない、いない、いない!!」
氷を貫通し、土台まで突き刺さっていた剣が倒れ広場に転がる。
そんなこともお構い無しに捜すが、どこからどうみても人の気配がしなかった。
噴水の水を浴びながら呆然とした表情でシンディを見るジーク。
広場に追い付いてきた警備官のメンバーたちも、その状況に誰も声をかけられないでいた。
「···どうなってんだ」
「···さぁ?」
ジークが噴水のなかで、膝立ちになりながら尋ねた。
誰も答えられない中、シンディが返事を返す。
「あいつら何なんだよ。どっから来たんだ、どこに行ったんだ。何であの状況で逃げられるんだ。え?」
「私に聞かれてもわからないわ。男はともかく、あの女は前にも城から突然消えたんだもの」
「なんでそんなことができる?魔法か?魔法ってやつか?瞬間移動?転移?誰か手引きしてる獣人が居やがるのか?答えてくれよシンディ、奴らそんな魔法まで隠し持ってたのか?えぇ?」
「だから聞かれてもまだ何もわからないわ。色々と調べてみる必要があるみたいだし」
「けっっっっ!!!」
苛立つジークが立ち上がって噴水の水を蹴り跳ばす。
それでもシンディはジークに近づき、広場に倒れていた剣を拾って渡すのだった。
「人目もある、ここにいてもしょうがないわ。今回の件は、アルト様も交えて検討する必要があると思う」
「はぁ!?」
シンディの言葉に噴水から飛び出ると、ジークはシンディに詰め寄る。
「王様の手を煩わせることはねぇ。アタシの手で絶対取っ捕まえてやるんだよ、絶対な。何がナンでも。今は邪魔できねぇだろ王様のよ」
「でも逃げられてるじゃない、私も居たのに。ダメね、相手の能力が不明すぎる」
「っっっっ、つー···!!」
ジークは受け取った剣を地面に突き立てて、行き場のない苛立ちを抑え込む。
腰に両手を当てて、その濡れた長髪が前に掛かるのも気にせず俯いて唸る
歯を食い縛り、耐えうるその表情にシンディは考え込むのだった。
「お前ら!!」
ジークの呼び掛けに、そのやりとりを見ていた警備官一団の背筋が伸び、揃った返事が広場にこだまする。
「···帰るぞ。ミッチリしごき直してやるからな」
顔を上げて、その垂れ下がった長髪の隙間から見えた眼光。
一団は揃って返事を返すが、口を固く結び、生唾を飲み込むのだった。
ぞろぞろと城へと向かい始める一団。
ジークも剣を背中に背負うと、帰路につき始めた。
髪の毛を後ろにまわして、手で軽く絞る。
「シンディ、行こうぜ。もう日も暮れる」
「···ええ」
考え込んでいたシンディにそう言うと、ジークの後をついていくように歩き始めた。
眉間にシワを寄せて、尚も難しそうに考え込んでいるシンディにジークは尋ねる。
「何か思い付くか?シンディ。あいつら何もんなんだ?あの女が持ってた武器も···あんなに小さな銃見たことねぇ。あのサイズの弾丸で地面に風穴開くんだぜ?あんなのがこの世にあったなんて信じられない」
「···この世のものじゃないのかも」
「ハッ、幽霊だとでも言いたいのかぁ?そりゃあいくらなんでも···」
突拍子もないシンディの発言に茶化すように言うジークだったが、そのシンディの真面目な表情に顔が曇り始める。
「おい、まさか、そんな···ことないだろ?おい」
「あらビビってるの?特攻隊長」
「ビビってねぇ!ふざっ···!ふざけんな!」
「そんなんでお妃に選ばれるのかしらね」
「それとは話が別だろ!」
やっとシンディの顔に少し笑みが浮かんだと思いきや、今度はジークが不機嫌顔だった。
シンディは言う。
「とにかく、今回の件はアルト様に報告すべき案件だと思うわ。···神を見つけられたくないでしょ?」
「···わーったよ」
──────────
視界がぼやけている。
ゆっくりと目蓋を開いていく。
太陽がすっかり昇った青空、それはおぼろげにわかった。
横たわる体、まだ上手く力が入らない。
何か柔らかいような、所々固いような、そんな物体の上に横たわっているような感覚だった。
そんな中ハッキリしていたのは、その零が倒れている場所一帯に、赤い赤色灯の光が輝いてることだった。
「···輩、···輩」
見知った声が聞こえる気がする。
目を擦りながらゆっくりと上半身を起こしていく零。
「先輩!」
そのハキハキした声に、途端に目が冴える。
声がした方に顔を向けると、青葉がとんでもなく不安げな表情でそこに立っていたのだった。
「何やってんすか先輩!もぉ~!!」
「···青葉?」
零はハッキリした目で周りを見回した。
国道から少し外れた、人通りのある裏路地。
ゴミ袋が積まれた建物の裏に横たわっていたのがわかった。
少し離れたところにはミニパトが止まっていて、野次馬が数人集まっていたのだった。
「ここ···どこだ?」
「どこだ?じゃないですよぉ~!時間になっても出勤しないし、携帯も圏外で全然通じないし!それでなんかゴミの中で寝てる人がいるって通報があって来てみたら···もぉ~!」
慌てて起き上がる零。
自分の体を見回す。
昨日帰ってくるときと同じ格好、スーツではなくなっていた。
左腕にウォッチもない。
「大丈夫ですか?怪我とか無いですかっ?」
半分呆れた雰囲気で零に聞く青葉。
そんな青葉が腰に手を当てながら待っている間に、零は再度自分の体に異常が無いか調べる。
怪我らしい怪我はない、幸いにも財布といった貴重品も無くなってはいなかった。
そう考えられるほど余裕が出てきた零は、青葉に一言大丈夫だと伝えた。
「じゃあ、とりあえず署まで行きましょう。報告書とか書かなきゃなんでっ」
「···ああ、すまない。頼むよ」
「もぉ、ホントに心配したんすよ!?先輩まで行方不明者みたいに消えちゃったんじゃないかって!」
「···ああ」
どう説明したらいいか分からず、零は大人しく一般人を装いつつも、パトカーへと乗り込んでいくのだった。
警察官の制服でなかったことが、不幸中の幸いだった。
警察署へ着くと、いつもは着替えるロッカールームを素通りし、青葉と二人、いつもの部署へと向かう。
到着するや否や、赤西が零に駆け寄るのだった。
「ちょっと、大丈夫なの?零」
「すみません。ご迷惑をおかけして···」
「一体何があったのよ···。部長にちゃんと説明なさいね」
そう言われたのも束の間、部長が奥の面談室の扉から手をこまねいてるのが見えた。
零はその様子に一礼すると、青葉と赤西の元を離れて部屋に向かう。
部署にいた他の仲間たちの視線を浴びながらも、頭を下げながら扉を開けて中に入る。
「おはよう」
「おはようございます。部長」
中に入ると、机を挟み緑川が座って零を見ていた。
零は立ち尽くしながら緑川に一礼すると、緑川は手で椅子に座るように促すのだった。
指示された通りに椅子に座り、緑川と対峙する零。
普段よりも厳しい目付きで零を見る緑川だったが、零は目線を逸らさず真っ直ぐ緑川を見る。
「···。状況はわかっているか?渡巡査長」
「はい」
大きく深呼吸した後に、緑川は零に問いかけた。
零は少し気持ちが引き気味になるが、間違いも嘘もなく返事を返すのだった。
「···自分の立場もわかってるよな?もちろん」
「···はい」
緑川の言わんとしてることが痛いほど身に染みてわかった零だった。
国民の見本となるべき立場にいる人間がこの様では、全く示しがつかない。
だが緑川の言っている言葉には、それ以外の意味合いがこもっているように感じていた。
「こんなこと言いたくないが、これじゃあ託してくれた渡さんにも申し訳が立たなくなるんだ。お互いにな、わかるだろ?」
「···重々承知しています。部長」
「こんなことでお前を失いたくないし、路頭に迷わせたくない。それはわかってくれ」
「申し訳ありません···部長」
どれだけ零が弁解しようと、起こった事実は変わらない。
一般人がゴミ袋の上で寝ているようだという通報。
他に言葉が見当たらず、零は深々と頭を下げたのだった。
「···さて、部長としての立場から言えることは全部言った。この報告書も、俺が預かる」
「···部長?」
「楽にしてくれ、少し話そう」
部長の手元に用意されていた報告書を一旦机から下ろすと、部長は改まった姿勢を崩し、背もたれに寄りかかりながら零に問い掛けるように話す。
「普通の人から見れば、ゴミ袋の上で寝てる人なんてだらしないっていう意味合いも含んで通報したんだろうが、青葉から聞いたとき、俺は何か理由があったんじゃないかって最初に思ってた」
「部長···」
「で、何があった?最初に思い付いたのは飲んだくれだが···そんなお前の姿に全く思い当たる節がない。お前がそんな人間じゃないことは一番よく知っているつもりだ」
「それは···はい」
「そうじゃないんだろ?実際。ん?」
「はい、全く。昨日の夜はお酒を飲んだ記憶はありません」
「そうだろうな。青葉からも、お前の家の冷蔵庫には缶ビール一つ無いって聞いたことがあってな」
少し笑いながらそう言う緑川に、零は苦笑いだった。
少なくとも、そっちの方向には考えられてはいないと少し安心した。
「じゃあ、喧嘩か?仲裁にでも入ったか?でもそれなら、お前ほどの奴を朝までノビさせる相手っていうのが気になるけどな」
そう言う緑川に、零は首を横に振った。
緑川の表情が曇り始める。
「それなら、急に気を失って倒れたのか?そうなると話はちょっと変わってくるぞ。どうだ?昨日の夜は何してた?」
「昨日の夜は···」
零は覚えている限りのことを思い出してみる。
怪物、獣人、クニ、銃撃、黒スーツ、謎の女。
起こったことが頭の中を堂々巡りしているが、果たしてアレは夢だったのか現実なのか。
零の頭の中では現実には思えないが、夢にしては妙にハッキリしていて、体が覚えているような感覚だった。
「昨日の夜···、なんだかよく覚えてなくて」
「···よく覚えてない?それはお前···今は大丈夫なのか?変に頭フラフラしたりとか」
「体調は今は大丈夫です。ですが···あの、部長」
「なんだ?」
「変なこと聞いてもいいですか?」
零はどう聞いていいかわからなかった。
突拍子もなさすぎる出来事、ふざけていると思われるかもしれない。
だが心によぎった疑問を、頷く緑川に尋ねる。
「部長は今まで···現実にいるのにまるで夢を見ているような感覚といいますか、そんな経験あったりしますか?これは現実なのか夢なのか、どっちなのかわからないような。そんな気持ちに···なったことは?」
「···零」
緑川は零の質問に少し考え込む。
何を思っているのか、少し驚いているような表情にも見えた。
しばらく沈黙が続く。
不安そうに返答を待つ零に、緑川は答えた。
「長く生きてると、そういうことはしょっちゅうだ、零。何でそう思ったかにもよる。こういう仕事をしていると、夢であってほしいと思うことがあるのも、しょっちゅうだ」
「ですがそれが、現実としか思えない夢を見たときはどうでしょうか?信じたくないけど、それがもう、そう思うしかない状況だったとしたら」
「なんだか···思い当たることがあるのか?それが、昨日の夜と関係しているのか?どうだ?」
緑川には見抜かれているような気がした零だった。
零の心の内を、伊達に長年警察をやっている人間じゃない。
だが、説明できなかった。
説明のしようがなかった。
何が起きたのかは知ってる、だが説明できない。
証拠もない。
零は未だ、口を閉ざすことしかできなかった。
「···そうか、何があったのかはお前にもわからない。突然意識が途切れて、気付いたらあそこにいたと」
「そう···ですね」
「···ふむ」
顎に手を当てて少し考えた緑川は、用意していたファイルを取り出した。
そこには夜勤の警察官が、あの辺りをパトロールした報告書が入っており、机に取り出して並べる。
「パトロールに出ていた警官からは、あの辺りでは特に事件も、事故も、何も無かったと報告があった。何もだ。通報もない。通行人はいたが、妙な人だかりも何もなかった」
「はい」
「人通りもそこそこあったあの裏路地でも、何もなかったんだ、零。何もだ」
緑川がそこを力説するが、零にはイマイチ意味がわからなかった。
首を傾げている零に、緑川は告げる。
「つまり、お前が意識を失ったとされる時刻から朝のあの時まで、お前の倒れている姿を見ても誰も何も言わなかったことになる。パトロールしていた警官もだ」
その言葉に零は息を呑んだ。
そんな状況で警官が声をかけないはずがない。
再び零の頭の中に昨日の夜の状況が巡ってきた。
「倒れている人物に声をかけないほどその警官が無能だったかあるいは···お前がそこに存在していなかったか」
零の体に緊張が走る。
途端に心臓が脈打ち、静まり返る室内の何てことない物音がいやに耳に入ってくる。
そんな零の様子を知ってか知らずか、緑川は鼻から大きく息を吐くと、報告書をまとめてファイルにしまうのだった。
「でも、証拠もない今の状況じゃ、あくまで俺の妄想だけどな。今は···それについては考えないことにしよう。歯止めが利かなくなる」
「···はい」
「お前と今日こうやって、警察署で無事に会えたことだけで十分だ」
零は自分が、行方不明者になっていた可能性あると悟った。
緑川もそう言いたいのだろうと思っていたが、確実な証拠が無かった。
「だから今回は、証拠不十分で不問だ。不摂生って可能性は0に近い。体調不良ってことにする。念のため病院に行ってこい」
「しかし部長、俺は今日は何とも···」
「こいつを書くのに診断書が必要なんだ。それに、みんなの中であらぬ噂が広がるのも避けられるだろう。今回の件はこれで終わりにする」
「···わかりました」
「午前中に行ってこい。いいな?」
零が頷くと、緑川は席を立ったのだった。
零もそれに続いて立ち上がると、先に戻っていてくれと諭される。
「零」
零が扉を開けて出ていこうとする直前に、緑川が話し掛けた。
「他に何か、言っておきたいことはないか?」
零は少し考えて言う。
「ありません。何も」
「···そうか」
それだけ言うと、零は部屋を出ていきデスクへと戻っていった。
戻るや否や、青葉や赤西、他のメンバーに囲まれて事情を説明する零。
みんなの疑惑の視線が、心配するそれに変わっていくのを小窓から見て、緑川は奥の部屋で一人、また椅子に座って考え込むのだった。
「渡さん···。なんであなたがた親子はそこまでソックリなんですかねぇ···」
一人残る緑川は、再び頭を悩ませる。




