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零の世界  作者: GT
パート1
12/20

パート1 12

「これじゃない···、違う···、これでもない···」


 まるで大聖堂のような大きなステンドグラスが二階の壁一面に張り巡らされた大きな図書館。


 誰が見ても目を引くような立派な作りの図書館だったがそんなことには目もくれず、入るや否や、中央のテーブルをすり抜けて巨大な本棚の前で手がかりを探し始める零。

 本棚にある索引を見ながら、それらしい本を引き出しては戻し、引き出しては戻し。

 大陸、民俗、歴史、どこを探してもこの街の事が大まかにしか書いておらず、詳しい文献が無い。

 しばらく探してみた零だったが、本が多すぎて途方に暮れてしまい、テーブルに肘をついて考え込む。


 その際に、左腕のウォッチのカウントダウンが見える。

 その意味すらもわからない中、零はさらに途方に暮れていた。


「···魔法」


 一冊だけ持ってきた本の表紙をめくり、その豪華な金箔のハードカバーを手で押さえながら目を通し始めた。


 本を探す途中で目についた一冊。

 魔導士やら魔力やら、聞き馴染みの無い言葉を聞いた一日だった。

 少なくともこの世界ではこれが常識として捉えられていて、ここからアプローチを仕掛けていけば何か手がかりが掴めるのではないかと手に取った一冊だった。


「瞬間移動とか無いのか···ワープとかそういうの···帰れればいいんだとにかく···」


 もしかしたらと思いページをめくるが、出てくるのは全く違うジャンルの物ばかりで、余計頭を悩ませる零だった。


 章のタイトルに''攻撃''という一文で始まるそのカテゴリーには、相手を打ち倒す為の様々な魔法や魔術といったものの術式、魔法陣、打ち出す際の体に負荷のかかりにくい構え方など、実践的なものばかりが載っていた。

 ペラペラとページをめくっていく零だったが、その中で気付いたことが一つあった。


「···ニーラムさん」


 思わずそう呟く零。


 その本に載っている魔法の使い方、魔法陣の描きかたといった説明欄にあるイラストの数々、そこに描かれていたのがニーラムたち獣人族の姿だった。

 攻撃に関係する物だけではなく、日常生活や医療、仕事などに関係する、どちらかといえば身体補助と呼ぶべき魔法にも、獣人族の姿が描かれていた。


 つまり、魔法という技術に関しては獣人族の方たちの能力が先行していて、それを人間が習って会得していったという文化だったのではなかろうか、そう考えた零だった。

 ニーラムも、近代的な技術が魔法に見えると零に言っていたほど、魔法という文化が浸透していた地域であることがわかる。


 だが、そこからの歴史が見つからない。

 わざとなのかといえるほどに、この国に関しても獣人族との繁栄が一切見つからないのだった。


「···ダメだ」


 パタンと本を閉じてテーブルに項垂れる零。

 手がかりが見つかるどころか、より謎が深まるばかりだった。

 ニーラムに教える程の情報も掴めず、零は自分の警察官という職業の経験値が揺らいでいくのを感じて更に目を閉じてしまう。


「···メシでも食おう。話は···それからにしよう。もう···」


 本の隣に置いてあるニーラムから貰った紙袋。

 中からはまだほのかにパンの香ばしい良い匂いが漂ってきて、先程から食欲をそそるのだった。

 零はコートのフードを被ると、本と紙袋を持って、図書館を後にした。

 

 教えてもらった噴水のある広場を目指して、道を登っていく。

 道行く人が通りすぎていくが、その中には獣人族の姿が見えず、共存しているようにはみえない。

 ここに来てからそうだが、獣人族の姿は一人たりとも見ていないのだ。

 違和感を感じながら、零は大きな噴水のある広場に着いたが、同じようにそこかしこのベンチでお昼をいただいている姿は見えるが、やはり獣人族の姿は一人も見つからない。


「よい···しょっと···」


 その辺の適当なベンチに座り、零は紙袋の中に手を入れて、パンを一つ取り出す。

 決まったリズムで噴き出しては止まる噴水を眺めながら、零は一口かじるのだった。

 冷えてはいたが、美味しさは変わらなかった。

 何よりニーラムの優しさが身に染みる。

 よりどころのある人間が一人もいない寂しさの中、それが何よりも嬉しかった。


 帰る方法はあるのか、カウントダウンが終わったらどうなるのか。

 何もかも分からないまま、刻々と時間は過ぎていくのだった。



──────────



「えっ、そうなのか?さっきの兄ちゃんが?」

「そうなんです。噂では、この前城に忍び込んだ賊に格好がそっくりだそうで、城に確認を取ってるところなんですけど···」

「何それ、こっっっわ···」

「城の警備官の奴らは何やってんだ?次こそちゃんと捕まえてくれよ···」


 ウェイトレスが食器を片付けながら、テーブルにいるハンター二人と雑談にふける。

 依頼に赴くハンターたちもすでに店を後にしており、店内の客足はまばらだった。


「やっぱし、人は見た目によらねぇな。王様の言う通り、ここ改装してもっと物騒なこと何とかしてくれる部隊とか整えたほうがいいんじゃないか?」

「あー···その話、結構着々と進んでいまして、近々ここ城の管理の元で運営されて···名前も変わるんですよ」

「マジか。名残惜しいなぁ、あー···なんてったっけ?アレだよな、アレ···」

「ギルド?」

「そう!ぎるどだよ!ぎるど!なんでそんなヘンテコリンな名前なんだ?何か意味があるのか?」


 女のハンターに向かって指を指しながら納得したと思ったら、今度はウェイトレスに絡みはじめる男だった。

 女の興味も、ウェイトレスのその話へと向いていく。


「どう?何か王様から聞いてる?」

「いやー···私はあまり詳しく聞いてなくてですね···というより、あまり情報の公開は控えるように言われてて···」

「なんだよー、じゅあアレはなんだっけか、集まりの名前···みたいなのは?なんか愉快な語呂合わせのよ···」

「パーティー?」

「そう!ぱーてぃーだよ!ぱーてぃー!どうだ?何で祭りの話になるんだ?」

「えっ····と、ですね···あはは···」


 話続ける二人に少し困り顔なウェイトレスは、二人が続けて話してる間にそそくさと受付へと戻ってくるのだった。


「ね、どうなのっ?何とか話逸らしたけど、黒服の奴って捕まったの?」


 ウェイトレスがヒソヒソとガラス越しに受付嬢へ話し掛けるが、受付嬢は首を左右に振るだけだった。


「まだわからない。城からの連絡が何もないから」

「まったく何やってんの城の女どもはっ。ハンター総動員したほうがマシなんじゃないの?ホンット」

「王様には王様の考えがあるのよ。神の見業のおかげで今の生活と安全があるのだから、信じましょう」


 そう言うと、ウェイトレスは考え込んでしまった。

 斜め上の天井を見ながら、とりあえず厨房へ繋がるカウンターにおぼんを置いて、顎に手を当てて言う。


「神って···何なんですかね?私わからないんですよ。一体誰からそんな力を授かったんですかね?そんな魔法、本当に聞いたことがなくてっ」

「私たちの想像の範囲にはきっといない存在だと思うわ。信じることで救われる、これまでもこれからもね」

「いやそれはそうですけど···昔からそうだったし。でも本当に神様ってあの城に居」


 その時、店内の会話を遮るようにスイングドアが開く音が聞こえた。

 それだけなら普段の日常の変わらない一コマだったが、今回は状況が全く違っていた。


「いらっしゃませー、ご自由にど···うぞ···」


 入り口近くにいたウェイトレスが対応に当たるが、入ってきた人物を見た瞬間に言葉の語尾が詰まり、その場を全く動けないでいた。

 男のハンターがそれに気付く。


「···おい」


 男のハンターが女のハンターに小声で話し掛けると、女もその状況を見て目が一瞬で鋭くなった。


「···ふーん」


 その態度は完全に来客に向けられたもので、途端に店内が先程の喧騒が嘘のように静まり返るのだった。

 天井から吊り下がっている照明の電気の音が聞こえてくるほど、誰も一言も喋らずその人物を凝視していた。

 そんなことを全く気にすることなく、その人物は室内の様子を軽く目で追った後に、静かにゆっくりと店内へと入ってくる。


 ギシギシと木造の床を歩く音だけが店内に響き、白くて内側は黒い肩まである綺麗な髪をなびかせて、右腕の白いウォッチで時間をサラッと確認すると、鋭い黒と赤のオッドアイでウェイトレスを見つめ、その女は黒スーツのポケットから一枚の写真を取り出す。


「この人を捜してる。見たことない?」

「え···っと、あの···」


 取り出したのは警察官姿の零が写った写真で、ウェイトレスから情報を聞き出そうとしたが、女を見るウェイトレスの目が写真と女を行き来するだけで、言葉を話せないでいた。

 女の目付きが更に厳しくなってきていて、この状況を少しずつ理解し始めていたのだった。


「か、か、カッ···カウンター窓口から、ど、どうぞっ···」

「そう、ありがとう」


 何とかウェイトレスは声を絞り出す。

 女は一言お礼を言うと、ウェイトレスの横を通ってカウンター窓口へと向かい始めた。


「···よう、お姉ちゃんよ」


 そんな女の前に、ハンターの男が立ち上がり、立ちふさがる。

 体格差故に、男が女を見下ろすような形になり威圧するが、女は全く動じることなく静かに見上げて、その鋭い目で男を睨み付けていた。


「そんな顔するなよ。···取って食おうってんじゃねぇんだから」


 そう静かに男は話し掛けるが、女は一言も喋らず見上げてるだけだった。

 店内に緊張が走り、女のハンターがさりげなく自分の杖に手を伸ばして、静かに触れる。


「···人を捜してるの、知らない?」


 女は写真を男のハンターに見せたが、視線を動かして確認しただけで、尚も女と向き合っていた。 


「···知らねぇな。見たこともねぇ」

「そう、ありがとう。もうあなたに用は無いわ。そこどいてくれる?」


 女は写真を上着にしまいながらそう言うが、男はそれでも退かない。

 女を睨み付けたまま立ちふさがっている男を、女はため息を一つつきながら横に避けて通り過ぎようとしたが、男はその女の肩に手を置いて引き留めた。


「まてよお姉ちゃん、急ぐことねぇじゃんか。色々聞きたいことがあってな」

「···急いでるの、また今度にして」

「どこから来た?どこの出身だ?そんな格好するやつなんてここいらで見たことねぇ。だけどな、街でちょっと···噂になってる奴に似てるからよ。興味あるのよ、お姉ちゃんに」

「···」


 女が男の顔をまた睨み付けると、自分の肩に置かれている手にその視線が落ちていった。


「···離してくれない?」

「もしかして···ニホンってところから来たんじゃねぇだろうな?綺麗な身なりだ、佇まいも···日頃鍛えたような···。貴族か?お姫様かなんかに見えるぜ、俺には」


 男がそう言った瞬間、女は再び男の顔を見上げると、肩に置かれた手を自分の手で掴み、ひとこと言った。


「そう呼ばれるのは嫌いよ」


 声が一段低くなり、女の無表情が敵対的な表情へと変わっていった。

 すると、女が掴んだ男の手がミシミシと歪み、女に握り潰されていく。


「ん···なっ···」


 男の表情が変わった。

 その様子から、想像以上の力がその手に加わっているのが分かり、男の顔が更に苦痛に歪んでいくのだった。


「離しなさい」

「がっ···なっ···あ゛···」


 すると女の肩からみるみるうちに男の手が引き剥がされていき、その痛さに男が床に膝をつく。


「あ゛っ···あ゛っ···!あ゛あ゛あ゛っ···!」


 腕がみるみる反対方向に向いていく様に、男はついに悲鳴を上げ始める。

 一回りどころか二回り近く小さい女に力で屈していく様子に、女のハンターも戸惑いの表情を浮かべていた。


 この女の力が計り知れない。

 そんな空気が店内に漂う中、ハンターの女が立ち上がり、杖を構えた。


「アンタ何なのよ!このクソ女!」


 杖が唸り先端の宝石が紫色に輝きだして、杖を持っているのとは反対側の人差し指薬指を真っ直ぐ揃えて女に構えると、その指に纏うように冷気が発生し始めた。

 それに女が気づいた瞬間だった。


「へ···」


 目の前に飛び込んでくる光景に、ハンターの女から声なのか息なのかわからないか細い音が口から漏れた。

 女が、男の腕を捻り上げている手をハンターの女に向かって素早く振り抜いたのだ。


 その瞬間、それは本当に一瞬だった。

 男の体が大きく宙を舞ったのだ。

 子供が人形やぬいぐるみを宙に放り投げるのと同じように、信じられないほどあっけなく男の体が軽々と宙を舞った。

 

 ハンターの女が状況を判断し避けるよりも早く、男の体がハンターの女を巻き込み壁まで吹き飛んでいった。

 周りのイスやテーブルが弾き飛ばされ、大きな音を立てて店内に散らばり、宙に舞った杖がカランと乾いた音を立てて床に転がったのだった。


『キャアァァァッ!!』


 二階のバルコニーから聞こえる悲鳴。

 一般人数人が残っていたが、恐くて階段から降りてこられず、上で身を寄せあって必死に女から隠れる。

 吹き飛んだハンターの男は意識を失い、這い出てきたハンターの女は立ち上がることも出来ず、息も絶え絶えに床に這いつくばって苦しそうに呼吸をしていた。


「ああ···あっ···ああああ···」


 その横で言葉を失い、今起きた光景に立ち尽くして何もすることが出来なくなっていたウェイトレスに、女はゆっくりと歩み寄っていった。

 その際に、視線がゆっくりとウェイトレスの右手に持っているものに移っていく。


「あっ、これ···は違っ···。違うんです、違うんですっ、違うんです!違う違う違う違うんですっっ!!!」


 ウェイトレスの目尻に涙がみるみる溜まっていき、ついには腰を抜かして床にへたり込むとその手に持っていたT字のワインオープナーを慌てて離すのだった。

 そのワインオープナーの刃先が自分に向けて構えられていたのを女は見逃さなかった。

 女はウェイトレスの前に来るとゆっくりしゃがみ、ウェイトレスの腕を持つ。


「ごめんなさい···ごめんなさっ、···!」


 そして、立ち上がらせるのと同時に、床に転がるワインオープナーを反対の手に持つ女。

 それに気づいたウェイトレスは、自分に何が起こるのか想像が頭の中に溢れだし、大粒の涙を流して懇願する。

 

「ごめんなさい!ごめんなさい!!ごめ゛んなさいぃぃぃ゛ぃ゛!!!」

「質問に答えて、ここにあいつが来たんでしょう?」


 女がそう聞くと、ウェイトレスはもげるのではないかという勢いで首を上下に振って答えた。


「そう。それで、あいつはどこに行ったの?」


 女が腕を掴む手に力が入っていく。


「知らない!本当に知らないの!先輩なら知ってるかもしれないけどっ!先輩助けてっ!先輩ぃ゛っ!!」


 厨房へと繋がる通路に向かって叫ぶウェイトレス。


 女は店内奥を見ようとした瞬間、持っていたワインオープナーを床に向かって勢いよく放り投げた。


「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁっっっ!!!」


 床の上から声がした。

 いつの間にか女に指先を向けていたハンターの女の叫びが店内に轟く。

 ワインオープナーによって床に固定されるハンターの女の手のひら。

 その瞬間に放たれた氷のトゲがあらぬ方向へ飛んでいき、壁に設置されていたワインコーナーのボトル一つが粉々に砕け散るのだった。

 

「油断も隙もない」


 女は、ハンターの女がいつの間にか触れていた杖を蹴り飛ばすと、目線がウェイトレスへと戻る。

 するとウェイトレスは涙を流しながら無言で首を左右に振り始め、言葉にならない悲鳴を上げ、泣き叫ぶ。


「殺さないで!殺さないでお願いぃぃぃ!!」


 普段の業務での張りのある声が、悲鳴となって店内に響き渡る。


 その様子を見ていた受付嬢は、カウンターの下に身を屈めながら、片隅にある電話にゆっくりと手を伸ばしていた。

 バレないようにゆっくりと···受話器を上げ、静かにボタンを押していく。

 心臓が張り裂けそうになる中、必死に押さえて深く呼吸し、一つ一つ押していくのだった。


 受話器を持つ手が震える。

 ボタンを押す手がブレて押し間違えそうになる。


 あと二つ、あと一つと頭の中で自分に言い聞かせながら、最後の一つを押してカウンターの下に隠れて壁に寄りかかる。

 呼び出し音が天使の歌声に思え、それが途切れると相手の声が聞こえ始めた。

 一筋涙が頬を伝うと、震える声で言葉を話す。


「も、もしもし···こちら案内じ」


 その瞬間、頭の上からけたたましくガラスが割れる音と、カウンターに重いものが勢いよく落ちる音が響いた。

 受付の中の床に散らばるガラス片、それを追いかけるように頭の上のカウンターから受付の床にドサッと落ちてくる、ウェイトレスの姿が見えた。


「いやあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


 受付嬢が叫び、受話器を持ったまま頭を抱えると、電話機の本体が床に落ちて転がっていく。


「うう···あ···んぐっ···う゛···」


 うめき声を上げながら必死に立ち上がろうとするウェイトレスだが、ガラスで切った腕には思ったように力が入らず、打ち付けた体の痛みで思ったように動けないでいた。

 純白の綺麗なウェイトレスのエプロンに、カウンターのガラスに突っ込んできた時に付いた血がこびりつき、不気味な存在感を放って受付嬢の恐怖を煽る。


「あ···ああ···あっ···」


 立つどころか動くことも出来ずにいる受付嬢に、ギシギシと床を歩く音が近づいてきていた。

 恐怖で上を向くことが出来ないまま、その足音はカウンター越しに止まる。


「聞きたいことがある。あいつはどこに行ったの?」


 女に自分の存在がすでにバレていると悟った受付嬢は、恐る恐る体を伸ばしてカウンターから頭を出した。


「あ、あの···く···く···く、黒い服の、おと···男の···人···ですか···?」

「そう」


 淡々と答える女に受付嬢は必死に言葉を振り絞るのだった。


「こ、こここ···こ、この···こ、この···」


 ガクガク震える足のまま受付嬢はゆっくりと立ち上がる。

 受話器を持ったまま動いたため本体がコードで突っ張り床の上でカラカラと動く。

 受話器をカウンターに置いたら、コードの反動で床に吹っ飛んでいった。

 そんな乾いた音すらハッキリ聞こえる程の緊迫した状況の中、カウンターの横に置いてある街のパンフレットを取ろうとするが、指が震えて立ててある小さな棚を倒してしまい、パンフレットがカウンターに散らばってしまう。

 そんなことを気にしてる余裕もなく、受付嬢はパンフレットを開いて必死に指をさすのだった


「えっと···こ、この···やどや、この宿屋にい、い、行ったと思われます···!」

「そう、ありがとう」


 女は指をさされた場所を確認すると、無表情のまま一言お礼を言ってきびすを返すのだった。

 ギシギシとした床を歩く音だけが店内に響き、それが段々と離れていくのと遠ざかっていく女の背中。

 それに安心した受付嬢の呼吸が落ち着いていき、胸から安堵の感情が溢れ出し始めたその瞬間だった。


『もしもし?どうしたの?何かあったの?もしもし?』


 受付嬢の後ろから、電話の相手が必死に呼び掛けていた。

 凛々しい女性の声が受付に響く。

 受付嬢にとって待ちに待った声だったが、今は全くそれが裏目に出ていたのだった。

 

 出口に向かっていた女の足音が止まった。

 受付嬢の額から冷や汗が溢れだし、また動悸が止まらなくなっていく。

 受付嬢の目線だけが、声の聞こえる受話器に向き、止めに行きたいが体が動かなかった。


 その時、それは一瞬だった。

 女の黒い上着がぶわっと広がり、一瞬だけ下の白い肌着が見えた瞬間、それは既に電話機の方向へ構えられていた。

 黒光りする冷たい印象のその武器は女の片手に収められ、指先程の太さの発射口が電話機を覗く。

 その女の指は躊躇なくその武器の引き金を絞ると、同時に店内に凄まじい爆裂音が響き、武器の上半分が後ろにスライドして戻る。


「いやぁっ!!!」


 耳をつんざくような激しい爆裂音に、叫び声と共に耳を塞ぐ受付嬢。

 その時に目に映ったのは、爆裂音と同時に吹き飛んで粉々になっていった電話機本体だった。

 店内の床に、空の薬莢が落ちる小さな音がすると、受付嬢はその場にへたり込んでしまう。

 電話機があった場所の床には、大きくえぐれた弾丸の丸い痕が残されていたのだった。


 女は上着の内側のホルスターに銃をしまうと、スタスタと歩いて出口に向かい、スイングドアを開けて出ていった。

 

「ん···んん···、な、何だったんだ一体···なっ、何なんだこりゃあ!?あの女は?っておい!大丈夫か!!」

「痛い···痛いぃ···」


 気がついたハンターの男は、下じきにしていたハンターの女に気付いてよけるが、その姿に絶句する。

 手のひらがT字のワインオープナーによって床に縫い付けられており、そこからドクドクと血が流れて床に滴っていたのだった。

 キリのように真っ直ぐな刃先とは違い螺旋を描くような形のため、手の中の肉がえぐれるようにねじ込まれて貫通しており、簡単には取り外せない。

 

「何だってこんな···。おい!警備官と医者に連絡しろ!デンワってのがあるんだろ!ここには···!な、なんだ···、これ···」


 受付に駆け寄る男だったが、そこから見えた受付の中の状況に再び言葉を失うのだった。

 粉々にくだけ散っているカウンターのガラス。

 血塗れのエプロンのウェイトレスが床で倒れてうめいている姿。

 そして床でへたり込んで放心している受付嬢がいたのだった。

 男に気づいた受付嬢は言う。


「そ、それが···電話機があの賊の女に壊されてしまって···」


 その時見えたのは、丸くえぐれた床と、その周囲に散らばっている電話機だったものとその受話器だった。


「だったら人集めて呼んでくるしかねぇ!おい、そこの姉ちゃん!上の奴らも!今すぐ動け!近くの店からもデンワを捜してこい!泣いてる場合じゃねぇぞ!」

「は、はいっ···!!」


 厨房へと繋がる通路から、震えてこちらを覗き込んでいたウェイトレスと、二階のバルコニーにいた数人のお客は、男の指示のもと店を飛び出していったのだった。

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