パート1 11
「あなた、クニの人?」
洗ったばかりの洗濯物を広げて、物干し竿にかけるニーラム。
洗濯物と向き合いながら、独り言のようにそう呟いた彼女だったが、そう言われた人物は、彼女の背後からその様子をジッと観察するように立ちすくんでいた。
「違う」
ニーラムの問いに、低く綺麗な声で短く返したその人物。
洗濯カゴを横によけて、ニーラムはやっとその人物と向かい合い、目を合わせるように見上げたのだった。
背後にいたのに何もしなかった。
この人物からは敵意を感じない。
肩まで伸びる綺麗な白髪が風になびいていた。
そのインナーカラーは黒色という珍しい組み合わせで、綺麗で整った女性らしい顔立ち。
上から下までスラッとしたスレンダーなスタイル。
そしてその綺麗な眼、右目が黒、左目が赤というオッドアイが、ニーラムを見下ろしていた。
しかしそんな特徴よりも、ニーラムが気になったのはその服装だった。
「あなたみたいな服って流行っているの?」
「何故?」
「朝に会った男の人も、同じ服装をしていたから」
ニーラムはその人物の服装に目を通す。
上から下まで黒一色のスーツ、腰にはカードが入れられそうなカードホルダー。
服装にはそれ以外特徴がなく、零と同じ型の、白いスマートウォッチが右腕につけられていたのだった。
ニーラムにそう言われた彼女は、スーツの上着から一枚の写真を取り出して、ニーラムに見せる。
「こんな人だった?」
そこにはどこで撮られたのか、仕事中の警察官の服装をした零の姿が写っており、写真を覗き込んだニーラムは短く頷く。
「そう、ありがとう」
写真を上着に戻した彼女は、右腕のウォッチを操作した後に、右手を耳元に持ってくると、そこから声が聞こえ始める。
''─こちらオペレーター、どうぞ''
「─手掛かりが掴めた。彼はやっぱりここに来たみたい」
''─シグナルが弱い、早く回収しないと時間切れよ。それからはどこへ行ったの?''
「クニへ行ったわ」
その会話に割り込むようにしてニーラムがそう言うと、遠くを見つめていた目線だけがニーラムへと向いた。
ニーラムは説明を続ける。
「この先の下り坂を下っていくと、クニがあるの。そこなら自分の街へ帰る手掛かりが掴めるかもって、私が教えてあげたのよ」
''─どうしたの?ゼロ?聞こえてる?''
話し相手からの声が聞こえると、彼女···ゼロと呼ばれた彼女は、また目線を戻して答える。
「─街へ向かったみたい。···そう、奴が作ったあの街···ホント最悪ね」
''─いくらなんでもタイミングが悪すぎる、見つけ次第すぐに戻って。相手も何を企んでるのかわからない。きっと懐に飛び込ませようと何かしら動いてくるハズ''
腰に手を当てて考え込むゼロ。
「─私たちとの交渉材料にする気?」
''─随分ドンパチやったもんね?ゼロ?ん?''
オペレーターからの挑発を意に介さず、淡々と答えるのだった。
「─あいつら話なんて聞きやしない。暴力で解決しようとしてくる。でも···すんなり懐に飛び込むかしら?」
''─日本人は真面目で平和ボケしてるから、結構ホイホイついてくものよ。たとえそれが警察官でもね、こういう状況に慣れてないから''
「─···わかった。まずは彼を見つける」
''─時間が無いわ、急いで''
「─コールにも困ったもんね、まったく。こうなったのもあいつのせい」
ゼロはそう言うと耳元からウォッチを離し、その画面を確認しながら左手で操作していた。
「···彼の身が危ないの?」
やり取りを聞いていたニーラムが心配そうにゼロに尋ねる。
「まだ決まったわけじゃない。教えてくれてありがとう」
ゼロはまた目線だけニーラムに向けたままそう言い放ったあと、操作に戻る。
「あなたには関係ないから気にしないで、私はもう行くから」
そしてそのまま立ち去ろうとするゼロだったが、ニーラムはその前に立ちはだかり説明を求めたのだった。
「関係あるの」
「···何故?彼はあなたの家族でもなければ、この世界の人間でもないの」
「彼がいい人だってくらいは私にもわかるわ。私の話に付き合ってくれて、獣人である私に敬意を払ってくれた。力になれるかもと言ってくれた。そんなに親切にしてくれた人だもの、そんなことになってたら気にもなるじゃない」
「そうは言ってもあなたには何もできない。時間がないの、彼は私が連れて帰るから安心して」
ニーラムの横を素通りして、坂を下っていこうとするゼロ。
通り過ぎ様に、ニーラムは尋ねる。
「あなたたちは何者なの?」
「もう何者でもない。一言では説明できない」
「···あなたは人間?」
「一言では説明できない」
ゼロは振り返ると、またその綺麗なオッドアイでニーラムを見つめる。
その表情には感情が無く、ただあったことをそのまま伝えるような声色だった。
「あなた···冷たい人ね」
思わずニーラムはそう言う。
だが、ゼロは意に介すことなく淡々と返事を返す。
「それは今重要ではない。とにかく彼のことはまかせて」
街に向き直り去っていこうとするゼロの背中に、ニーラムは言う。
「最後に一つ聞かせてほしいの」
ゼロを引き留めるように、ニーラムは続けた。
「あなたたちの言う、''時間切れ''になったら彼はどうなるの?」
その質問にゼロは淡々と、起こりうる事実だけを答えとして返したのだった。
「この世界に消されて無くなる」
──────────
「ここか···」
立派にそびえ立つ、レンガ造りの二階建ての建物。
入り口の両開きのスイングドアの隣には掲示板のようなボードが備えられており、そこに尋ね人の張り紙や、懸賞金が書いてある人物画、そして見たこともないようなおぞましい姿をした怪物の絵が張られており、その下には人間とは比べ物にならないくらいの桁数の懸賞金がデカデカと書かれていたのだった。
酒屋でもあるのか、外には樽酒の空きがいくつか置かれていて、その一つには''営業中''という札が掛けられていた。
昼間ではあるが中にはそこそこ人がいて話に花が咲いているようだった。
少し外から観察していると、西部劇のようにスイングドアが開き、中から人が出てきた。
去っていくその後ろ姿に零は思わず目を疑う。
筋骨隆々で立派な肉体を持ったその男性だったが、それよりも目についたのはその背中に背負っていた武器だった。
分厚い鉄板で出来た、人の丈ほどもある大きな剣。
それだけ大きければ重さは想像もつかず、もはや切るというよりは叩き割るという使い方の片刃のものだった。
剣道で使う竹刀でさえ、訓練しなければ構えるときに剣先がぶれるのに、あれだけ大きな武器ならどれほどの鍛練を積めば使いこなせるのだろうか。
そしてそもそも、そんな武器を使う状況というのは、やはりあの怪物と対峙するときなのだろうか。
ここの住民たちの戦闘力が計り知れない。
妙な事をしてのトラブルは避けなければならないと思いつつ、零はその案内所のスイングドアを恐る恐る開いて中に入っていった。
「あ、いらっしゃいませ~。ご自由にどうぞ~」
ちょうど目の前を歩いていくおぼんにたくさんのビールジョッキを乗せた三角巾の似合うウェイトレスにそう言われ、零は頭を下げながら奥へと向かう。
店の厨房から同じようなウェイトレスの方々が次から次へと出てきては、さっきのウェイトレスも忙しそうに戻り、お客さんのいるテーブルへと飲み物や食べ物を運んでいた。
中は二階まで吹き抜けになっている広い作りで、二階のバルコニーでも、柵によしかかりながら人が談笑にふけっている姿があった。
しかしやはり違うのは、様々な装飾が施された大きな剣、弓、杖といった漫画やテレビゲームでしか見たことがない武器を持っている人たちが多いことだった。
まわりにいるそうではない一般人の人達も、これが日常なのかまったく気にすることなく食事にありつき話に花を咲かせていた。
零はどうすることもできず、目立たないように頭を下げながらとりあえず角の辺りで伝票らしきものを書いているウェイトレスの女の子に聞いてみることにした。
「あの、すみません。今大丈夫ですか?」
「はーい、喜んでっ。ご注文をどうぞっ」
「いや、注文ではなくてですね···」
一旦伝票を書くのを止めて、ウェイトレスはニコやかに微笑みながら零の話を聞き始める。
「ここに来ればこの街の事が色々わかると伺ったものですから」
「そうですね、案内所も兼ねているのでっ。ご依頼に関してならあそこのカウンターの横と外にあるボードから、それ以外のご相談ならカウンター窓口からお願いしますっ」
そう元気に返すウェイトレスは、手で壁際にある窓口を指して零に教えるのだった。
「そうですか、ありがとうございます」
「いえいえ~、ご自由にどうぞ~。あ、はーいっ、今行きまーすっ」
すいませんっとそのウェイトレスは頭を下げて、テーブルに注文を受けに行ってしまう。
零は言われた通りに窓口へと向かった。
往来する人混みをかき分けて行く道中、零の姿がやはり珍しいのか様子を伺うお客さんも少なくなかった。
窓口へ着くと、ガラスを挟んで眼鏡の受付嬢が一人、伝票のようなものをペラペラとめくりながらペンを走らせ、怪物の絵が書かれていた紙の賞金の部分に横判を押している姿があった。
そのガラスの前にベルが置いてあったので鳴らすと、女性は零に気付いてニコっと笑みを浮かべる。
「こんにちは、いらっしゃいませ。ご用件をどうぞ」
「こんにちは、えっとですね···何から話したらいいのか···」
「はい?」
零は困ってしまった。
いざ事情を話すとしても、いきなり別の世界から来たかもしれないなんて言ったらどういう反応をされるのか。
受付嬢は少し首を傾げながら、零の言葉を待つ。
零は少し受付のデスクを見回すと、やはり目につく怪物の紙。
とりあえずこの街について尋ねてみることにした。
「この辺りには、その···怪物がいるんですか?」
「怪物···あ、魔物のことですね?もしかして、関係したお仕事を探していらっしゃいますか?それともご依頼でしょうか?」
「あ、いえそういうことでもないんです」
はぁ···とまた首を傾げてしまう受付嬢。
零が言い淀んでいると、声を掛けてくる。
「それでしたら···観光でしょうか?」
「そうっ、それです!」
零の返事に納得したのか受付嬢は''あぁっ''と笑顔で頷き、カウンターの横に何枚も置いてある縦長の冊子を一枚取り出して、ガラスの下側の隙間からこちらに差し出してきた。
「ようこそ、いらっしゃいました。こちらこの国のパンフレットとなっておりますので、どうぞご活用ください」
「これはどうも、ありがとうございます。助かります」
「いえいえ~、早とちりしてしまい申し訳ありません。ここはそういうお客様が多いものですから」
「そう···ですよね。俺もびっくりです」
改めて案内所の中を見回してみると、零のような武器も持たない人達は少数で、ほとんどが何かしらの装備を身に纏っているものばかりだった。
店内を見回していると、零は受付嬢が自分の格好を観察していることに気づいた。
「お客様···観光とおっしゃいましたが、ということはその装備で外からおいでになられたのでしょうか?」
「そうですが···何か?そ、装備?」
零は今一度手を広げながら自分の姿を確認する。
慣れない言葉が受付嬢から出たものの、零と受付嬢は顔を見合せる。
「いえ、国の外を歩くにはいささか軽装すぎるような気がしまして」
受付嬢が憲兵のように疑いの目を向けてくる。
零はとっさに答えた。
「あっ、えっと、そう。連れが···一緒だったので、大丈夫だったんです。先にこの街をまわっているんですよ。情報収集をしてこいなんて言われて···」
「あ、はぁ···。それならいいんですが、武器も持っていなさそうだったので、あまりにも危険だなと思ってて。もしかして···魔導士のようなご職業をなさっているとか?」
「まどうし···魔導士?それって職業なんですか?」
受付嬢が言った言葉に零はピンとこず、頭を悩ませた。
いきなり''魔導士''なんていう現実離れしたファンタジーのようなことを言われて困惑する零だったが、受付嬢はさも当たり前のような表情でキョトンとしていた。
それが仕事として存在しているのも意味がイマイチわからなかった。
「ともかく、また外に出る予定がございましたら、装備を整えることをオススメ致します。それと、夜には絶対に外には出ないでください。危険な魔物がウヨウヨしていますから」
「それって、あの···コンコンコン···みたいな鳴き声のやつですかね?」
「そうよっ、お客さんっ!あいつはヤバイから気を付けてねっ!」
さっきテーブルに行ったウェイトレスが戻りざまに、零と受付嬢の話に入ってくる。
ウェイトレスの言うことが正しいのか、受付嬢も静かに頷いていた。
「なんだなんだ?奴の話かぁ?」
さっきまでウェイトレスがいたテーブルから、ガタイのいいおじさんが話し掛けてきた。
「あっ!よかったらあの人たちに聞いてみてくださいっ。この辺りでハンターやってる人達ですから!」
「ハンター···」
それだけ言うと、ウェイトレスは厨房の中へと下がっていく。
零が見た先のテーブルに座っていた、その立派な髭の威勢のいいスキンヘッドのおじさんとその御一行。
その人たちが呼んでいたので、零は受付嬢に一礼すると、そのテーブルへと向かった。
「兄ちゃん大丈夫だよ、はっはっは。取って食おうってんじゃないんだからそんな顔すんなっ」
「あ、はぁ···」
零はその御一行の様子と格好にギクシャクし、苦笑いを浮かべながら立ちすくんでいた。
肩や胸、膝や足に付けられていた、銀色に光る頑丈そうな防具。
そのおじさんの横に置いてある大きなハンマー。
「ちょっと、恐がってるー」
その横の席に座ってそう言っているのは、まるで修道女のようなシスターベールを被った若い女性だった。
すぐそばには杖がテーブルに立て掛けられていて、その先端には見たこともない大きな紫色の丸い宝石のようなものが輝いていたのだった。
「俺たちの装備がそんなに珍しいかい?そりゃそうか、兄ちゃんの珍妙な格好じゃなぁ」
「少なくともこの辺りじゃ見たことない格好ね。どこの出身なの?」
「えっと、ですね···日本という国から···」
「聞いたことねぇなぁ、それなら奴を見たことないのも無理はないか!」
その時、そんな零たちの話を聞いていた受付嬢の手が止まった。
「···ニホン?」
耳に入ったその単語が思わず口から漏れると、受付嬢は再び零に目を向ける。
「なんじゃこりゃ?兄ちゃん、このコート穴だらけじゃないか。こんなんじゃ攻撃どころか風も防げないぜ?こんなヒョロい体して、防具もない」
「親切な人から頂いたんです。あいにく持ち合わせが無くて···」
「だったら···ちょっとパンフレット見せて。ここ、この宿屋に行ったら、そういう人に融通効かせてくれるから、困ったら行きなよ」
コートを取られた零のその姿。
上から下まで黒一色のスーツ。
そして、左腕に付けられた不思議な時計。
その姿を見た受付嬢は、カウンターの片隅に置かれてある電話の受話器を取り、静かにボタンを押して電話をかけ始めた。
「···シンディ様をお願いします。···はい、そうですか、では伝言を。···案内所に来るかもしれないというニホン人男性の特徴が、あの女性と一致します。もしかしたら、仲間なのかもしれませんがいかがいたしましょうかと、お伝えください」
そう伝えた後、受付嬢は何回か頷いて電話を切った。
「兄ちゃん、そういやよ。名前は何てんだい」
「はい、渡零といいます」
「ワタリレイか!名前まで聞き馴染み無いな。じゃあレイ、いいか?この国出た後、夜に奴に会ったら、逃げて隠れた後は一切動くな。奴は生きてる獲物には興味ねぇ、死肉を食らうのが生き甲斐でさぁ」
「あの声を響かせて、恐くて必死こいて逃げ惑う獲物の体力を奪って動けなくさせて···いたぶって死んだ後に巣に持ち帰って···ガブッとね。柔らかいところから食らうって噂だよ」
笑顔が引きつる零。
そして、メモ帳に情報を書き込んでいく受付嬢。
「ワタリ···レイ」
それだけ書くと、一枚ちぎって細かい特徴を気付かれないように観察しながら書き込んでいくのだった。
「奴は動く獲物は見えるが、止まると見えなくなる。だが···死んでたら話は別だ」
「死臭に敏感なんだよ。あと、死んだ後の魔力の拡散にもね」
「ま、ま、マリョク···?」
「そ。この世界に生まれた者は、多からず少なからず、魔力が体の中を駆け巡っているの。···知らない?ホントに?」
ここの常識が未だに理解できない零。
自分が完全に場違いだと察した零は、頭を抱えながら、二人に尋ねる。
「あの···すみません。何かこの国とかこの大陸?の情報をもっと詳しく知ることができる場所はありますか?」
「あるぜ、図書館がな。なぁ?」
「ええ。道を城のほうに登ってく途中にある。行ったらわかるよ」
「わかりました···ありがとうございます」
少しフラフラしながら、この案内所を後にしていく零。
そんな様子を受付嬢とウェイトレス、そしてそのハンター二人は、静かに見送っていたのだった。
「···アレ大丈夫かぁ?おう、ありがとう」
「いえいえ、あのお兄さんどうでした?」
飲み物を持ってきたウェイトレスが尋ねてみたが、ハンター二人は首を左右に振るのだった。
「どうもこうもないわ。この人の防具とか武器とか、私の杖とか見て目がギンギンだったもの。まるでこの世のものとは思えないみたいなカンジで。初めてよ、あんな人」
「なるほど···あ、今行きますっ」
呼ばれたウェイトレスが向かったのは、受付嬢のところだった。
着いて早々、ウェイトレスはガラスに詰め寄り、ヒソヒソと受付嬢とやり取りを始めていた。
「なんか変な人でしたね。街に慣れてないっていうより。この空間っていうか···あぁ、何て言ったらいいか、この俗世に慣れてないっていうかっ」
「···そうね」
一言だけ返事を返す受付嬢。
そんな様子を不思議そうにガラス越しから眺めるウェイトレスだったが、その手元に書き留められている零の様子に、思わず尋ねる。
「なんであのお兄さんの事メモってるんですか?もしかしてハンターにスカウト?あの人、言い方悪いけどあんまり強くなさそうだし···」
そう言ったウェイトレスに向かって受付嬢はクスッと一つ笑う。
「···いいえ」
一言呟くその様子に口をへの字に曲げて、首を傾げるウェイトレス。
受付嬢が、ウェイトレスに向かって言った。
「ヘタしたらこの案内所の中の人たち、全員皆殺しにされてたかもね」




