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零の世界  作者: GT
パート1
10/20

パート1 10

「この辺り、お昼は夜みたいな怪物はいないから大丈夫よ。クニへはこの道を一直線に下っていけば着くから」

「ありがとうございます。すみません、何から何まで」

「いいのよ、私が好きでやってることなんだから。なんだか、あなたを放っておいたらいけない気がして。神様のお導きかしら」


 ニーラムの家から出て、納屋を越えた先にある下り坂の始まり。

 朝食を終えた二人は、そこで別れの挨拶を交わしていた。

 そんな二人の視線の先には、高い城壁に周囲を囲まれた''クニ''が森林のど真ん中に位置しており、中に見える近代的な建物と周りの木々とのアンバランス差が一際目立っているのだった。


 一体どんな人物がアレを作ったのか。

 果たして自分の力になってくれるのだろうか。

 そもそも友好的かどうか。

 疑問が拭えない不安な気持ちのまま零はそのクニを見つめていると、袖を引っ張られていることに気づいた。


「よかったらこれ、どうぞ」


 そう言う彼女が零に差し出していたのは、取っ手の付いた小さな紙袋だった。


「お腹が空いたら食べて。紙袋はそのままゴミ箱へ捨ててくれていいから」


 受け取った零が中を少し覗いてみると、中には朝に食べたパンがいくつか入っていたのだった。


「それと···これ。あなたのその格好は、目立ちすぎるから」


 反対の手に持っていたのは、フードの付いた薄茶色の薄手のコートだった。

 零の後ろにまわりこむ彼女に零はしゃがみ込むと、そのまま零にゆっくりと着させる。


「よかった、サイズは大体合ってるわ。ボロボロでごめんなさい」


 品質は関係なく、その心遣いが零は嬉しかった。

 上からウエストまで綺麗に隠れたお陰で、この黒スーツの怪しさを少しでも消してくれている。


「そんな、ニーラムさん。ここまで申し訳ないです···」 


 零が遠慮がちに紙袋とコートとニーラムをそれぞれ見つめていると、彼女は少し微笑みながら言うのだった。


「お話に付き合ってくれたお礼よ。レイさんも自分の···クニ?に、無事に戻れるといいわね」


 ここまで親切な人たちなのに、どうしてこの世界の人間たちはそこまで蔑むことができるのか。

 それが常識の違いだというのか。

 零は今まで積み重ねてきた常識の揺らぎに戸惑う。

 何がここでは正義なのかわからない。


 受け取った紙袋を握りしめると、零は右手の指を伸ばしてニーラムと向かい合い、その右手を自分の額に持ってくる。

 こめかみの部分に当てて、指先を揃えて伸ばしたのだった。


「何?それ」

「これは敬礼といいます。感謝や敬意を示すもので、特に私の職業上、よくこれを行うんです」

「あなたは、何のお仕事をしているの?」

「警察官をしております」


 警察官という言葉に、少し首を傾げるニーラム。

 彼女のその仕草に、零は簡単に説明したのだった。


「つまりあなたは、敵や犯罪者から世界の平和を守っているのね」

「そこまで大それたことをしているわけではないんですけどね。あはは···」


 そう誤魔化すように言う零に対して、彼女は同じように、額に右手を当てて零に敬礼したのだった。

 少し冗談めいた表情だったが、ふざけているようには見えなかった


「少なくとも、私が見てきた人間たちの中であなたは今のところ、一番まともな人間よ。これからも、自分の正義を貫いてほしいと···願っているわ」

「···ありがとうございます。もしご家族や村の方々に会ったら、ニーラムさんのことをお伝えしておきますので」

「···そうね、ありがとう。いい知らせを待ってる」


 そんな彼女に零も再び敬礼を返すと、フードを被ってクニに向かって歩き出す。

 小さく手を振って送り出していたニーラムに、零は少し頭を下げて、下り坂を歩いていくのだった。

 その先にある、見た目がちぐはぐな街に、手掛かりがあることを願って。



──────────



 クニの正門と思わしき十数メートルはある大きな鉄製の扉の前に来ると、零は自分の左腕にあるウォッチを確認する。

 相変わらずカウントダウンは続いており、残り40時間を切っていた。

 これが0になるとどうなるのかは、まだわからない。

 手掛かりを得るために、零はそのクニの中へ入ろうとするが、どこから入ればいいのかわからない。


 横には詰め所のような場所、扉の前には槍のような武器を構えた鎧姿の衛兵が二人立っていた。

 武器を持って外にいるあたり、やはり自分がいた日本とは全く別の場所なのだと思い知らされる。

 どうするわけにもいかず、零はその衛兵に尋ねる。


「すみません、おはようございます。あの···街へ入る入り口は、ここで間違いありませんか?」


 フードをとって恐る恐る話し掛けると、衛兵二人は顔を見合わせて、一人が答える。


「あなたは?どちらから参られたのですか?」

「ええっ···とですね···」


 どう答えたらいいのか迷う零。

 衛兵二人は怪しむ眼差しで零を観察しはじめる。

 

「あっ、アジアという大陸のほう···から」

「''あじあ''とはなんですか?」


 咄嗟に出た答えだったが、やはり知らないようだった。

 衛兵の表情が一層険しくなっていく。

 武器を握る手に力がこもり、更に零に詰め寄る衛兵二人。

 零も少したじろぐ。


「目的は何でしょうか?商売でしょうか?それとも旅をしてまわっているのでしょうか?」


 怪しい人物に対してしっかり職務を果たそうとする衛兵二人。

 質問のしかたも高圧的になる。

 いざその矛先が自分に向けられると、咄嗟に反応できなくなってしまう。

 普段声をかけている不審者の気持ちが少しわかった零だった。


「えっと、そう。旅···をしてまわっています。日本という国から参りまして···」


 苦し紛れに出た''日本''という言葉に、衛兵二人の様子が変わった。

 一人が詰め所へと走っていき、零はこの場で待つように言われる

 

 日本と何か関わりがあるのだろうか。

 となるとやはり、このクニという街は日本人が関わっている可能性が高い。

 帰る手掛かりが掴めるかもしれない。

 少しの期待を胸に、零は成り行きを見守る。

 詰め所の中では、固定電話のようなコードの付いた受話器を耳に当てて、何かを確認しているようだった。

 やはり違和感だった、この情景とマッチしていない。

 一体この世界は何なのだろう。


「お待たせいたしました!」


 一人が詰め所から戻ってくると、再び零と向き合う。

 先程のような疑うような視線は既に消えており、武器を構えるも敵対する様子もなく楽な姿勢に直されていた。


「本部から返答がありまして、通行を許可いたします。それと、よろしければ今夜、城のほうまで訪ねていただきたいと上のほうから」

「し、城までですか?」

「はい。是非、上司が謁見したいと。場所がわからなければ、街の案内所のほうへ足を運んでいただけると、ご案内してもらえると思いますので」


 唐突すぎてよくわからない状況だった。

 その提案が上司の独断なのか、はたまた王様の一存なのか。

 一体何の意図があるのか···。

 相手の思惑が読めないまま零は衛兵たちに導かれて、扉の前まで案内される。


「そのままで少々お待ちください」


 零は言われるがままその場で待っていると、目の前の大きな扉の中から、金属の部品が動くような金属音が大きく響き渡り、空気が震える。

 それに続いて金属音が立て続けに鳴り響くと、その大きな扉がミシミシと音を立てて引き戸のように左右にゆっくりと開き始めるのだった。

 金属同士が擦れ合う金切り音を響かせながら重苦しく開く扉の先に、その街の姿が見えてくる。


 一見すると西洋風とでもいうのだろうか、素材が石やレンガに見える建物が、扉が開いたところから遥か奥に真っ直ぐ伸びるメインストリートに沿うように建ち並んでいたのだった。


「ではどうぞ、ごゆっくりお楽しみください。この道に色々なお店が揃っておりますので、案内所は少し遠いですが、突き当たりになります」

「それは···どうもご丁寧に···」


 衛兵はそれだけ言うと二人とも零に頭を下げ、左右に道を開けて中に入りやすいように動いてくれたのだった。

 

 零はそんな二人に頭を下げながら、その大きな扉をくぐり抜けて街の中へと足を踏み入れていく。


「これは···」


 後ろで大きな音を立てて閉まる扉をよそに、零は外の様子とは比べ物にならないその光景に見とれていた。


 レンガや石造りの家、道。

 行き交う人々の服装。

 それら全てが日本では見たことがないものばかりで、零は言葉を失っていた。

 日本ではまず存在しないであろう文化、その中で一際目立っていたのは、街よりも更に高いところに位置していた、大きなお城だった。

 映画やおとぎ話でしか見たことがないような圧倒的なスケールで、街を見下ろしている。

 

 そんな城に住んでいるのはいったいどんな人物なのだろう。

 ''神の見業''とは、どれほどのものなのか。

 街一つ作ることなんて造作もないことなのかもしれない。

 

 零はそのメインストリートをゆっくりと歩き出した。

 軒先の花瓶に水をやっているご婦人。

 地面に商品を並べ、道行く人に声を掛けて商売をしている露店商。

 たくさん果物を入れたカゴを片手に井戸端会議に花を咲かせている奥様方など、服装も含めて日本では普段中々見られない光景だった。

 

 そんななか目を引くのは、街の端々にある近代的な設備だった。

 電話ボックス、レストランの自動ドア、中には自動販売機といったものまで備えられているお店もある。

 ヨーロッパなどといった地域などでは別段珍しい光景ではないが、アスファルトの道路や郊外に伸びるハイウェイも無ければ信号機すらも無いこの街ではやはり異様だった。


「何なんだここは···」


 異界に踏み込んだような感覚に、零は思わず上着のフード少し深く被った。

 見られていたのは、零も同じだった。

 周りの人たちとは違う顔立ちの零は、道行く人からチラチラと視線を送られ続けながら道を歩いていく。


「おやお兄ちゃん、どこから来たんだい?」


 露店商のおじさんからも声を掛けられる容姿の零は、街の様子からも異質だった。

 異物といってもいいかもしれない。

 現に零と露店商とのやり取りに耳を傾けている人たちも少なくなかった。


「あー···、日本という国から来ました。そう、旅をしていまして···ここの案内所?というところを探しているのですが」

「ニホン?···んー、聞いたことねぇな兄ちゃん。少なくともこの大陸じゃあなぁ。案内所だっけか?それなら、こっちの裏道抜けてったほうが早いぜ。行きゃわかる」


 露店商は自分の横から奥に伸びる脇道を指差してそう言った。


「そうですか。ご丁寧にありがとうございます」


 零は思わず頭を下げる。


「変わった物言いだなぁ兄ちゃん、はっはっはっ。さっきからアンタの様子見てたら、明らかにここに慣れてないような感じだったからよ。おせっかい焼いちまった。ついでに、何か買ってかないかい?」

「えぇ···っと···」


 その提案に零は思わず困り顔だった。

 目の前には確かに綺麗な宝石があしらわれたイヤリングやネックレスといったアクセサリーが並んでいるが、いかんせんこの世界のお金がない。

 名札についている数字が高いか安いかすらもわからないのだ。

 この世界に来てからというもの、服装も変われば財布などの持ち物もいつの間にか消えている。

 用途不明なカウントダウンしかしないウォッチと腰についているカードホルダーのようなものしか持っていない状態だったのだ。


「なんだい兄ちゃん、無一文かい。もったいないね、上物揃いなんだがなぁ。じゃあこの街には出稼ぎか?」

「そんなところですね···はい」


 零ははぐらかすように答える。

 知らない街から来たならまだしも、違う世界から来たなんて言ったらどう思われるかわからない。

 よそ者のことだから、あっという間に噂は広がってしまうだろう。


「それにしても···」


 露店商は零の左腕につけているウォッチを興味津々といった様子で眺めていた。


「珍しい時計してるなぁ。ちょっと見せてもらってもいいかい?」

「ああ、これですか?」


 零が左腕を差し出すと、露店商はすみからすみまで眺めるのだった。

 バンド、画面。

 画面に表示されている数字を見ては、首を傾げる露店商。


「これは···何て書いてあるんだ?ピョコピョコ文字が入れ替わってるように見えるが、俺には何て書いてあるのかわからねぇな」

「これ···ですか?」


 ウォッチの画面には相変わらず数字がカウントダウンされているだけだった。

 露店商の商品の値札にも同じ数字が書かれているが、それでも読めないという。


「ここに書いてあるのと同じ数字が表示されていますが···。それがカウントダウンされているんです」

「兄ちゃん、いくら俺がもうおじちゃんでもよ、そこまでボケてはいないぜ~。全然違う文字だよ。ギャグか、ギャグが好きなんだな?兄ちゃんは」


 はっはっはっ、と零の話を笑い飛ばしている露店商。

 そんな傍ら、零はウォッチの数字と値札の数字を何度も見返してみたが、何度見ても日本で馴染み深い、いつもの数字にしか見えなかったのだ。

 

 ニーラムが''魔法''と言っていたが、まさにそんな術のようなものにかかってしまったかのような感覚だった。


「どした、そんな顔して」

「あ、いえ、何でも···」


 零がウォッチをしている手を後ろにまわして、何でもないように取り繕う。

 

「ま、いいや。とにかく、この路地を行けば着くぜ。あ、そうだ、その昼飯を食べる場所なら、丘を登ってった噴水の広場んとこがオススメだ。広々としてて落ち着く」

「なるほど···わかりました。色々とありがとうございます」

「いいってことよ。さ、目立たねぇうちに早く行きな」


 そう言う露店商に零は頭を下げると、言われた通りに裏路地を歩いていくのだった。


 その最中、零は左腕につけているウォッチを見つめた。

 自分以外に理解できない文字。

 そんな中カウントダウンは続いており、この先何が起こるかわからない。

 不安を抱えながら、零はプロパンガスや配管といった近代的な設備が設置されている裏路地を進み続けるのだった。

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