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零の世界  作者: GT
パート1
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パート1 01

 ─問題は無い?

 ─ええ、後は成り行き。

 ─悪ではないとは言い切れる、だが敵か味方かはまだわからない。

 ─タイミング次第ね、いつ行動を起こすかどうか···この世界もだけど。

 ─···そっちの動きは?

 ─ない、でも何か企んでる。まだもう少し探ってみるわ。

 ─企んでるといえば···。

 ─何?

 ─''コール''も何か企んでる。

 ─···悪いことじゃなければいいけど。まぁいいわ、出口を教えて。

 ─···待って。

 ─何?

 ─誰か近づいてきてる、早くそこから逃げて。

 ─チッ···ムカつくわね



──────────



 鳴り響くサイレン。

 それと共に辺りの喧騒一面を照らし出している赤色灯が、眩しく彼を包み込む。

 建物から外に出た瞬間に野次馬たちのほぼ全員がスマートフォンを構えてこちらに向けている光景は、テレビでもやっていた通りまるで監視カメラのようにも思えた。


''そのまま進んで。ブルーシートで覆うから止めずに護送車まで''


 肩につけている無線機からそう指示が飛んで来ると、瞬く間に仲間たちがブルーシートを掲げて、周りが覆われていく。

 言われるがままに彼は仲間と共にその人物の腕を掴み、その中を歩いていくのだった。


「下がって下がって!はい下がって!通ります通ります!はいそこ下がって!」


 ブルーシートで覆われた中からでも、外の様子がハッキリとわかるほど、沢山の人の気配と同僚の怒号、鳴り響く警笛の音。

 スマートフォンだけじゃない、大きなカメラを構えたマスコミたちも溢れ、そのライトに当てられていることもハッキリとわかった。

 何も言葉を発することなく、項垂れるように下を向いたままのその男は抵抗することなくスタスタと歩き、微かに聞こえるのは手錠の鎖がそれに合わせてシャラシャラと擦れる音だけ。

 気がつけば目の前には大きなワゴン車が横付けされており、そのスライドドアが開かれて中には複数人警察官が座っており、一人分だけ空けられているスペースが見えたのだった。


「お疲れ様です!後は我々に任せて。渡さんたちは現場の被害者の対応をお願いします!」

「了解です。では、よろしくお願いします」


 そう言うと、その警察官は中からスライドドアを閉める。

 それと同時に赤色灯を回してワゴン車は走り出していき、それを追いかけるようにマスコミや野次馬がそれぞれ追いかけていく光景が目に焼きつくのだった。

 おそらく一生忘れられないであろう光景だと彼は思った。


「先輩っ、行きましょう」

「···そうだな、悪い」


 後ろからそう声を掛けられると、二人は出てきた建物へと戻り、未だ収まらない野次馬の喧騒を背に再び足を踏み入れていく。


 大きなガラス張りの商業施設の一階ロビー、そこの中央、ベンチが並んでいてそのフロアならどこからでも確認できるような位置に複数人が身を寄せ合うようにして縮こまっているのであった。

 一人の警察官が、身振り手振りを交えながら優しく、だがハッキリと被害者たちに声を掛ける。


「もう大丈夫です!頑張りましたね!我々がご案内しますので、ゆっくりでいいですから、ゆっくりゆっくりついてきてくださいね。大丈夫、大丈夫です」


 彼らの他にも沢山の警察官たちが一階入り口に集まってきており、その声掛けに合わせて被害者たちをなるべく過度に刺激しないようこちらもゆっくりと歩み寄っていく。


「あ、先輩。俺まずあっち行ってきます」

「頼む。必要なら他にも人連れてってくれ。俺は手前側やるから」


 怯えて震えながら座り込んでいる被害者たち。

 ただただ寄り添ってくれている警察官の人たちの手を涙ながらに掴み、諭されるようにゆっくりと立ち上がっていくのだった。


「零、零っ。こっち、こっちお願い」


 そう呼ばれた彼は、すでに介抱にまわっていたその上司に指示された通りに動く。

 床にへたり込みベンチに手を掛けて立ち上がれなくなっていた小学生くらいの男の子だった。

 その元へ駆けつけてしゃがみ込み、声を掛ける。


「頑張ったね、もう大丈夫だ。ゆっくりでいい、顔を上げられるかい?」


 男の子はゆっくりと顔を上げるが、その表情はやつれていて、目尻が下がり、その顔色はとても年相応とは思えなかった。

 相当な心身衰弱の様子が伺える。

 

「···お兄さんは、警察官?」

「そうだよ、渡零巡査長。君を助けに来た、もう大丈夫だ」

「わたり···れい···じゅんさちょう···」


 男の子の目線が彼、零の制服、そして顔へと移動していき、零と目が合った瞬間、男の子の目からは涙が溢れ出したのであった。

 両手で目元を押さえながら泣きじゃくる男の子の肩に手を置いて、零は優しく語り掛けた。

 すると男の子は少し安心したのか、ぽつりぽつりと零に話し始めた。


「ぼく、ぼく···えいがをみにきてね···それで、みんな···おわったからみんな···かえろうってさきにでて···でも、おつかいたのまれたから···それで、ぼくだけはいって···それで···」

「本当によく頑張ったね。もう大丈夫、大丈夫だ。さぁ、帰ろう。みんなもきっと待ってる。立てるかい?」


 零の言葉に男の子は無言で何度も頷き、零に支えられながらゆっくりと立ち上がった。

 まわりを見てみると、他の被害者たちも何とか立ち上がり出口へと向かう始めたようだった。


『先ほど入りました情報によりますと···警察の突入により犯人確保、犯人は確保されたもようです。武器のようなものも押収されており、今現在、警察は人質となっていた方々の保護にあたっているとの情報です。中には怪我人が発生していると···』


 ロビーにあった大型テレビからはLIVEと銘打たれた今回の立てこもり事件の様子が、ヘリコプターからの映像と共にアナウンサーが夕方のニュースで話している番組が放送されていた。

 零たちの前に出ていった被害者たちが映し出され、それを追うようにマスコミがカメラを向け続けている。


 いつもながら、もう少し配慮というものは無いのかと零は心の中で思いつつ、男の子の手を引いてロビー出口へと向かっていく。

 すると、一際大きいサイレンの音がテレビから聞こえ、続いてマスコミの間をかき分けるようにして救急車が玄関前に横付けされた。


「救急です!通してください!この子ですか?」

「こっちです!こちらにお願いします!」


 上司の声が大きくロビー内に響くと、零もジェスチャーで上司がいる方向へと救急隊員を誘導する。

 そこでは被害者たちが避難していく中で、腕を圧迫するように押さえ座り込む女性が上司に介抱されている。

 意識もハッキリしていて出血している様子はなく、聞こえてくる説明からは容疑者に蹴られたときにできたものだとか。

 念のために病院に搬送されるようだった。


「他にも怪我をされたり気分が悪くなったりされた方はいらっしゃいませんか!?」


 救急隊員の人が声を掛け合い、協力して助けが必要な被害者を探し始めた。

 精神的な負荷から歩けない人や倒れてしまう人が出てもおかしくない状況だった。

 容疑者が残した爪痕はけっして小さくなく、大人であっても子どもであってもそれは永遠に残り続ける。

 ここから先の心のケアに長い時間がかかっていくのだ。


「···警察のお兄さん」


 商業施設から出て、被害者の人たちを乗せるバスの前で男の子は零に話しかけた。


「ぼくたちが悪かったの···?」

「···どうして?」


 予想もしてなかった言葉に零は少し驚く。

 どこからその発想が来たのか、零は男の子に尋ねた。


「犯人の男の人が···俺は悪くない、世の中が悪いんだって···言ってたから···」


 それを聞いた零は、バスに乗る列から少しだけズレて、男の子と向き合う。

 落ち込んだような表情の男の子に向かって、零はその男の子と目をしっかり合わせて言うのだった。


「誰も悪くない、君だってそうだ。誰も何もしてないだろう?何もかも他の人のせいにしたがる人間がいるだけだよ。悪いのは犯人で、あの人が一人で好き勝手叫んでいたところにたまたま君がいただけなんだよ。何も問題はないんだ」


 それを聞いた男の子はキョトンとした顔で零を見る。

 零は目を逸らすことなく男の子と向き合い、無言で頷いた。


 誰も何も悪くない。

 どれだけ容疑者が叫ぼうとも、この世がなんだまわりが何だと言おうとも、事件を起こしたのはその容疑者自身の責任であり、誰のせいでもない。

 その事実が変わることはないからだ。


 大人のエゴの塊が爆発しただけだ。

 こんな子どもが何をしたというのか。

 自分の中の正義に従い、零は真っ直ぐに男の子にそう伝えたのだった。


「うん···わかったよ。警察のお兄さん」


 零の心が通じたのか、男の子の表情と声色が、さっきよりほんの少し良くなった···と思いたい零だった。


「···さぁ、バスに乗ってみんなと一緒にちょっと警察署でお話しようか。ちょっとだけ聞きたいことがあるんだよ。俺たちがお話するのはその時だけだ」

「何を話すの···?」


 警察署に行く、というワードにまた少し不安そうな表情をする男の子だったが、零は答える。


「何の映画見たのか話してあげたら喜ぶよ。きっとね」


 そう言うと、男の子は安心したのか一言''ありがとう''と言って、他の被害者の人たちとバスへと乗り込んでいくのだった。


 警察署で保護されて、家族の方々が迎えに来ると、今後の対応について説明を受けるのだろう。

 本来ならば生きていく上で必要の無かった、事件後のカウンセリングの説明をだ。

 今回のトラウマがフラッシュバックする恐怖を、あの子は一緒抱えなければならない。

 それは他の被害者も同様だった。


 理不尽極まりない事実に、零はまわりに気付かれることなくため息をつく。


''未だ被害者は一階ロビーにて警察が対応中。付近にいる警察官は手の空いた人からそちらにまわってください''


 だが息つく暇もなく零の無線に指示が入ると、それに従い再び施設の中へと足を踏み入れていく。

 巻き込まれた人々の日常を取り戻していく、そのとてつもなく非日常な環境下に置かれている自分自身に、零は更に気合いを入れて被害者に寄り添う。


 この世界には踏み越えてはいけない領域があることを、そしてそれを犯した罪に犯人が気付いてくれるように、零は心から神に祈るのだった。



──────────



「はぁ···」


 自分のデスクに報告書を置くと、零は椅子に深く座り込み、本日何度目かわからないため息をついて、PCのデスクトップ画面をぼうっと見つめるのだった。


 事件の騒動が収まり、引き上げて警察署に帰ってこれたのは、もう時計の針が日付を跨ぐ直前の時刻だった。

 部署には零以外いつものメンツは誰もいない。

 隅のほうでパソコンをいじっている人がチラホラいるくらいだった。

 これだけはまとめて帰らないと···と、隣の他の事件の書類を隣によけて、その下に埋もれていたボールペンを取り出してペン先を走らせる。


「お疲れさんっ」


 そんな零の後ろから、そう言いながら缶コーヒーを零のデスクに置いて、隣のデスクについて同じようにため息をつく女性。

 椅子に座るや否や、ロッカーから持ってきたであろう肩掛けの小さなバッグと水筒をデスクの上に置いて、バタバタと帰る準備を始めていた。


「お疲れ様です。赤西さん」

「零は今日それ書くの?もう私ヘトヘトで明日の朝に書くわ。どうせ部長の手に渡るのも明日なんだし、青葉にも今日は帰るように言っておいたから」

「それは···ありがとうございます」


 確かに、後輩のデスクはすでに片付けられていて、もう戻ってくる様子は無さそうだった。

 零よりも一回りも上の女性···赤西は、普段の整った顔立ちとはまるで真逆の、激務による疲れと焦りでやつれているように見えた。


「明日は明日でやることがあるので···これの会議もありますし」


 横によけた書類を手に取って見せるが、赤西は全く意に介さず書類どころか自分のスマートフォンを手にとってニュースを確認しているようだった。


「真面目ねぇ~。私はもう後回し、帰ってやること考えてたらもー、おっくうになっちゃって」


 いつもは綺麗にしてくるそのショートヘアーが今、頭をかきむしったおかげでボサボサになってしまっていた。


「帰ったら洗濯機···はもうダメか、化粧落として、今日は湯船に浸かりたいわぁ~。洗い物して···やること多すぎ!」


 赤西があれよこれよと自分のデスクのものを片付けて、書類から何からデスクにあるラックに並べると、バッグと水筒を持って立ち上がるのだった。

 

「さて、私帰るわ。あんたも早く帰りなさいね」

「はい。お疲れ様です、赤西さん」


 そう言ってまたボールペンを持って黙々と報告書に戻る零を、赤西は立ち止まり少し神妙な面持ちで見た。


「零」

「はい?」


 ボールペンを止めて、零は振り返って赤西を見上げる。

 

「あまり、考えすぎちゃダメよ。被害者たちもそうだけど、私たちも···対応に関しては何も不備は無かったのだから、考えすぎちゃダメ。私たちは出来ることを最大限やったの、ねっ?」


 その赤西の言葉に零は、無言で頷く。

 零に声を掛けたのは、良くも悪くもその真面目な性格から、気負いすぎているのではないかと思ったからだった。


「この街じゃ頻繁にあるような事件ではなかったし、あなたも訓練じゃなくて現場は初めてでしょう?もう犯人も逮捕されたし、あまり···とにかく、今日はもうゆっくり休みなさい」


 その言葉に零は、''そうですね''と一言返してボールペンを置いた。

 そのかわりに缶コーヒーを掴むと、赤西に見えるようにして会釈する。


「それじゃあ、これ飲んで···こっちの書類に少し目を通したら帰ります」

「ホンット真面目ねぇ~、ホドホドにするのよ?じゃあ私もパトカーのカギ確認したら帰るわ~」

「はい、お疲れ様です。それとこれ、ご馳走さまです」

「いえいえ、また明日ね」


 そう言うと赤西は、零に軽く手を振ると部署を後にするのだった。

 

 また一人になった零は、缶コーヒーの蓋を開けて一口飲む。

 疲れた体に微糖の甘さが染み渡り、少しだけ心が安らいだように感じた。

 ほぼ誰もいない部署を少し占領している解放感もあったのかもしれない。

 零はおもむろに、デスクの横によけたその書類を取って、パラパラと軽く目を通す。

 そしてその表紙に書いてある今まで嫌と言うほど見たタイトルを改めて眺める。


 ''連続行方不明事件に関する対策''


 A4の表紙にそれだけ書かれた数ページの会議資料だった。


 10年以上前から捜査が進められているこの事件。

 自分が配属になる前から全国で起きているというこの事件のことを、零は赤西や部長からよく聞かされていた。

 初めて会議というものに出席したときもこの議題だった。


 雲を掴むような話といわれてきた。

 まさに言葉通り人が煙のように消える。

 跡形もなく、布切れ一枚何の痕跡もなく、途端に人が消える。

 そんな難事件に、全国の警察が動いて捜査が進められているが、未だ犯人どころか証拠すら何も掴めていない。


 監視カメラ等にも一切その瞬間が映されていないのだ。

 明らかに異常ともいえる現象に報道規制がなされ、国民には広まらないようにはしているが、SNS等では日夜噂が飛び交っているのだった。


 誘拐か、拉致か。

 はたまたテロリストが何か企んでいるのか。

 神隠し、宇宙人によるアブダクションなど突拍子もないことまで数えたらキリがなかった。

 未だこの辺りでこれに絡むような行方不明者が出ていないことが幸いだった。

 だが、いつ起こるかはわからない。


 もう零は考えるのをやめた。

 明日の会議で何かしらの進展があることを願うしかなかった。

 パソコンの電源を落とし、零は自分の荷物を持って警察署を出る。


 自分がいつかこの事件について何か力になれればと、そう願う毎日だった。

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